第十五話(一)
――かくして宴は終焉を迎え、今日に至った。爽やかな朝である。
しかしおよそ人間において何が見苦しいと云って口を開けて寝るほどの不体裁はあるまいと思う。猫などは生涯こんな恥をかいた事がない。元来口は音を出すため鼻は空気を
物音がしたのでそろそろ誰か起きたかものと窺ってみると、若い
「来たかトジュロー」
「昨晩は大層な御歓待いただき一同に成り代わり感謝します」
「
「コルドーとウインドでしょうか」とトジュロー君は真面目な返事をする。
「そう身構えんでも宜しかろう。たしか冒険宿で
「
「両人は全体どんな風な人だね」
「両人の事を聞いて、何にするんです」とトジュロー君は思わず身構えた。「今
「そうではない。そう
「ただ、何でしょう」
トジュロー君は戸惑うばかりである。鼻王は仕方なしに告白した。
「儂の娘がだな、その――なんだ、どうも
「それは乙な話しで」トジュロー君はほっと安堵する。「それじゃ、御令嬢をおやりになりたいとおっしゃるんで?」
「やりたいなんてえんじゃ無い」と鼻王は急にトジュロー君を参らせる。「ほかにもだんだん口が有るんだからな、無理に貰っていただかんでも困りゃせん」
「それじゃ両人の事なんか聞かんでも好いでしょう」とトジュロー君も躍起となる。
「さりとて隠す必要もあるまい」と鼻王も少々喧嘩腰になる。
吾輩はいつもの如く石窓の
「じゃあ両人から是非貰いたいとでも云ったのですか」
トジュロー君が正面から鉄砲を喰わせる。
「貰いたいと云ったんじゃないが……」
「貰いたいだろうと思っていらっしゃるんですか」
トジュロー君はここが攻め時と
「あれは吾が娘ながら大層な美人だ――両人だって満更嬉しくない事もないだろう」
おっと、鼻王土俵際で持ち直す。
「両人からも何かその御令嬢に恋着したというような事でありますか」
あるなら云って見ろと云う権幕でトジュロー君は詰め寄った。
「まあ、そんな見当だ」
今度はトジュロー君の鉄砲が少しも功を奏しない。今まで面白気に行司気取りで見物していた吾輩も鼻王の一言に好奇心を
「連中が御嬢さんに付け文でもしたんですか、こりゃ愉快だ」
「付け文じゃない、もっとこう――御前も承知であろうが」と鼻王は乙にからまって来る。
「ははあ」とトジュロー君は感じ入る。
「忘れておるなら儂から話をしよう。昨晩の宴の折、
鼻王は
「あれですか、なるほどおっしゃる通りだ。……もう隠したってしようがないですな」
「本当に隠し立てするのはいかん、ちゃんと種は上ってる」と鼻王はまた得意になる。
「仕方がない。何でも両人に関する事実は御参考のために陳述しましょう」遂にトジュロー君は降参した。鼻王の粘り勝ちである。「実に秘密というものは恐ろしいものですな。いくら隠しても、どこからか露見する。――しかし不思議と云えば不思議です、王はどうしてこの秘密を御探知になったんです?」
「儂とてぬかりはない」と鼻王はしたり顔をする。
「一体誰に御聞きになったんです」
「方々から大分いろいろな事を聞いておるさ」
「両人の事をですか」
「両人の事ばかりではない、無論御前達の事も散々聞いておる」と少し凄い事を云う。さしものトジュロー君も及び腰になった。「それは少々……
鼻王は俄然
「儂とてそこまで無粋ではない。御前とクシュンの事は
「では、御令嬢の方はそうは行かぬと」
「左様」鼻王は急に身を乗り出して声を潜める。「
「魔王討伐を果たした一行ともなれば違ってきましょうか」
「それならな。そこまで野暮じゃなかろうと周りにも示しが付く」
始めの目的と大差ないのだからとトジュロー君が安堵するのも束の間、鼻王こう云った。
「だがトジュロー、
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