第十四話(二)



 あちらはあちらで令嬢の前に陣取ったウインドが熱心にやっている容子ようすである。


「ようやっと御目通おめどおりが叶いました。わたくしめはウインドと申す者でございまして」

「あら左様さようですか」と令嬢はさして面白くもなさそうに合槌あいづちを打つ。


「ちとうかがいたい事があって、参ったんですが」とウインドは再び話の口を切る。「はあ」と令嬢がきわめて冷淡に受ける。これではならぬとウインドは、「実は私は吟遊詩人なぞをやっておりまして――ほれ、このとおり洋琵琶リュートを掻き鳴らし奏でて浮世の有象無象を歌語りしております」「それが洋琵琶ですのね、道理で瀟洒しょうしゃ風采ふうさいをしていらっしゃるのね」と令嬢はようやくウインド何者たるやを認識したようだがウインドに対する関心の度合は前と同様である。

「そしてこの者が吾が友コルドーにございます。ほら、君も御挨拶申し上げたまえ」

「おいちょっと。……此度こたびはご拝顔の栄に浴しまして幸いに存じますエギスタ姫」

 無闇に引合いに出されたコルドーはおおいに慌てふためくも苦心して丁重なことばを申し上げると、ウインドの脇腹を小突きまわして云う。

「なんだい出し抜けに、驚くじゃないか。私はこういったのが不得手なんだ」

「アハハハしかし今日は王様主催の宴だ、仏頂面で通す訳にもいくまいよ。そうそうこないだ依頼の時も喉枯れた僕に代わって演説をちたまえと云ったら大弱りだったっけ」

「あの時の罰の悪さったら実になかった。私が云うとおりに大声で話せと云うから渋々承知したのにウインド先生途中から残りは君自身が思うように云ったら宜しいと来た」

「その時の君の風采はなかったぜ、ああでもないこうでもないとうんうん唸って……」

「そこを君がすました顔で問質といただすんだからひどい。私はあまり腹を立てた事のない男だが、あの時ばかりは失敬だと心から思ったよ。あの時の君の言草いいぐさをまだ覚えているが君は知ってるか」

「一と月昔しの言草なんか誰が覚えているものか、しかし報奨金がたんまりあったのだけはいまだに記憶している。あの演説は御見事だったよ。書残して洋琵琶に乗せたかったくらいだ。実に美学上の原理に叶って、天球音楽的な演説だった」

あたしは御邪魔かしら」とエギスタは冷かし半分に両人ふたりの止めどない話しを揶揄からかう。すかさずウインドお道化どうけた仕草でうやうやしく一礼を返した。「これは失敬。見てのとおりの無粋な冒険者風情ふぜい共ですのでひらに御容赦を」

「冒険者風情だなんて、憧れますわ。こうして城に閉じ込められてばかりだと息苦しくてよ」

 ウインドの語に今更ながら令嬢は目の前の者たちが冒険者であることを思い出したようだ。

「たまには外に出られておるのでしょう」

「出た所で供や小姓が付いて廻るじゃない。紐を結わえ付けられた鷹のようなもんです」

「そんなもんですかなあ」

「すくなくとも不自由じゃないでしょう、違って?」

「真に自由と云うものは時に不自由なものですよ、姫」

「エギスタで結構」知らずの内に令嬢の口調は動もすれば砕けたものになっておる。

「では想像してご覧なさい」

 コルドーはいよいよ真面目に切り出した。重ねて何か云おうとして云わぬ先に、令嬢は急に向き直ってウインドの方を見る。ウインドは洋琵琶を外套の裾で磨きながらすましている。

「吾等に与えられし自由とは一切合切残らずを自らの手で成し遂げなければならぬと云う事です。腹が減れば狩りをして肉を食い、銭が欲しければ冒険宿で仕事を見つけ汗水垂らす。眠たくなれば宿を探すかその銭が無ければ森で野宿だ。火焚きを怠ければたちまち寝るどころじゃなくなる。湯浴みもそうそう出来ますまい。ひげは伸びるし身体は少々どころか臭います」

「妾しは女ですもの髯は伸びないわ」とエギスタは面白がって合いの手を入れた。

「城を遠く離れれば魔物にも出喰わします。武術か魔術か何か会得してなければ己が身も守れません」

「こう見えて剣術は得意ですの、御転婆者でしょう」

「冬は寒さに、夏は羽虫に悩まされます」

「自然が相手だもの仕方ない事よ」

「遠出するには馬も必要です」

裸馬はだかうまにだって乗れますわ」

 遂にコルドー粗方あらかた言尽くして次なる語が出てこんかった。令嬢はぷっと噴き出した。

「もう降参かしら」

「いやいや、なんの。まだまだもってありますぞ。たとえばこのように――」

 そこで選手交代したウインドが唐突に席を立ち、洋琵琶を抱いて朗々と歌い上げた。






「世に伝うるメッツナーの

    ながき旅路のの果てに 

       辿着たどりつきしは常若とこわかの国


 百、二百、むらがる万夫ばんぷは数尽くし

    されども道は険しく狭く

       立っては倒れ、しては起きつ進み行く


 よべ見し夢の、

    夢の内なるひびき名残なごり

  

  ありのままなる浮世を見ずに、

    鏡に写りし浮世のみを見る


  あゝ哀れなるは穢れも知らず、

    夢から醒めぬ人のの身なり」






 ウインドの爪弾く洋琵琶の響がやがて収まり寂寞じゃくまくもとに帰ると、一同やんやと喝采した。


「いかがなものです、エギスタ嬢?」

「ふん、悪かないわね」

「こりゃ参った、まだ精進が足らぬと仰りますか。私もまだまだですなあ」


 令嬢より素気無すげない返答をたまわってもウインドなお懲りぬものと見える。滑稽者のていでアハハハと笑い立てるがますますもっていきおいづいた容子ようすである。居並ぶ王族貴族御偉方はウインドの朗々たる声の響が大層お気に召したらしく、もっとやれとしきりはやし立てた。


「では次なるは私の洋琵琶に乗せて、これなるコルドーめが一つ披露させていただきます」

「おいおい。愚を申すものではないよ。私は不得手なのだから」

「そう不粋な輩じゃきょうめるぞ。ほら、早くしたまえ」




 仕方なしに渋面を表にしたコルドーが重い腰を上げる。洋琵琶が鳴る――。



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