第五話(二)
さて吾輩は今まで自ら進んで城内へ足を踏み込んだ事はない。ゴルジアスターゼ城の城主たる鼻王ゴルトンとは、どんな人物かは一度見かけたぎりでよくは知らぬ。クシュンの家で鼻王が話頭に上った事は
すわ出掛けようと勇猛精進の大決心を起して窓枠まで飛んで出たが「待てよ」と考えた。吾輩は猫として進化の極度に達しているのみならず、脳力の発達においてはあえて中学の三年生に劣らざるつもりであるが、悲しいかな咽喉の構造だけはどこまでも猫なので人間の言語が
しかし一度思い立った事を中途でやめるのは、
街の中心へ来て見ると、聞いた通りの城壁が吾物顔に屹立している。鼻王の奴めさぞやこの城壁のごとく傲慢に構えているんだろうと、厳めしい顔付の門番共の傍を素知らぬ顔ですり抜け、門を這入ってその建築を眺めて見たがただ人を威圧しようと、三階作りが無意味に突っ立っているほかに何等の能もない構造であった。直に二階へと続く石段を右に見て、植込の中を通り抜けて、勝手口へ廻る。さすがに勝手は広い、クシュンたちの住まう神官宿舎の台所の二十倍はたしかにある。「模範勝手だな」と這入り込む。見ると例の神官長が立ちながら、御飯焚きを相手にしきりに何か弁じている。こいつは剣呑だと水桶の裏へかくれる。
「にしても困ったものだ」
「何がお困りでしょうね、神官長様?」
「無論例の儀式についてだよ。元より準備で一と年掛かっておる。最早時間がないのだ」
「そりゃ大層なことですね。あたしら飯炊にはとんと見当もつきませんわ」
「勇者英雄を招かねばならぬと云うのに、来たのは只の野良じゃないか。とんだ当外れだよ」
吾輩にはもうマダナイと云う立派な名前があると云うのに、神官長は野良野良と繰り返し吾輩を呼ぶ。失敬な奴だ。吾輩はその後野良が何百遍繰り返されたかを知らぬ。吾輩はこの際限なき談話を中途で聞き棄てて、水桶の裏から這出て台所から忍び出た時、八万八千八百八十本の毛髪を一度にたてて身震いをした。
猫の足はあれども無きがごとし、どこを歩いても不器用な音のした試しがない。空を踏むがごとく、雲を行くがごとく、水中に
この時吾輩は我ながら、わが力量に感服して、これも普段大事にする尻尾の御蔭だなと気が付いて見るとただ置かれない。吾輩の尊敬する尻尾大明神を礼拝してニャン運長久を祈らばやと、ちょっと低頭して見たが、どうも少し見当が違うようである。なるべく尻尾の方を見て三拝しなければならん。尻尾の方を見ようと身体を廻すと尻尾も自然と廻る。追付こうと思って首をねじると、尻尾も同じ間隔をとって、先へ馳け出す。なるほど天地玄黄を三寸裏に収めるほどの霊物だけあって、到底吾輩の手に合わない、尻尾を環る事七度び半にして
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