第四話(二)
吾輩はすでに十分寝た。
「さあ来い。鼠どもめ」
距離は五尺。
その中に月の光りが、
「ああ勇者様!」
キャリコの悲痛なる叫びが遠くに響く。
「かくなれば――」
棚板を爪で掻きむしる音ががりがりと聞える。これではならぬと左の前足を抜き易える拍子に、爪を見事に懸け損じたので吾輩は右の爪一本で棚からぶら下った。自分と尻尾に喰いつくものの重みで吾輩のからだがぎりぎりと廻わる。この時まで身動きもせずに
「
すべてが深夜にただならぬ物音を立てて死物狂いの吾輩の魂をさえ寒からしめた。
ニュートンの運動律第一に
――否、そうではなかったと見える。
そろりと閉じた眼を開き見ると吾輩の尻尾に食いついつくものは
「はて一体どうなったんです?」
「いやだ! あたしの方が聞きたいくらいですわ!」
吾輩は余程間抜けた面をしていたのだろう、見るなりキャリコはひそやかに声を荒立てた。しかしだ。
「そりゃもう驚きましたわ!」
キャリコは薄闇から出て来て吾輩の鼻の先にぴたりと坐る。
「勇者様がなにやら御題目を唱えた途端、あの鼠共がすっ飛んで行きましたのよ。ぴかり、どん、ってな具合に。ねえあなた、まるで覚えがございませんの?」
「うーむ。それがまったくもって」
「ああ、さすがは勇者様ですわ。ほら鼠共が慌てて退散していくじゃありませんか。これぞまさしく勇者様たるあなたに授けられし御力に相違ありません。ええそうですとも」
「うーむ」
判然としないながらも
「ともかく吾輩は帰るとするよ。そろそろ寝る時分かと思うから」
「そうなさいまし。さようなら勇者様。ありがとうございました」
かくして御師匠様の稽古場にて毎夜繰り広げられていた大騒動は幕を閉じたのである。
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