第十七話(一)
それから
「だが不審だとは思わんかね。北へ向こうておると云うのに一向寒さが増しやせん」
「ふうむ。不可思議ですな」と一行の内でも遠目の利くウインドはしきり目を
「
「
しかしこう暑くては猫といえどもやり切れない。皮を脱いで、肉を脱いで骨だけで涼みたいものだと
人間から見たら猫などは年が年中同じ顔をして、春夏秋冬一枚看板で押し通す、至って単純な無事な銭のかからない生涯を送っているように思われるかも知れないが、いくら猫だって相応に暑さ寒さの感じはある。たまには
それを思うと人間は贅沢なものだ。猫のように一年中同じ物を着通せと云うのは、不完全に生れついた彼等にとって、ちと無理かも知れんが、なにもあんなに雑多なものを皮膚の上へ載せて暮さなくてもの事だ。羊の御厄介になったり、
「そこを行くと猫様は宜しいですなあ、毛だらけでも涼しい顔をしてらっしゃる」
「
まったくだ。いっそ喜多床でも行ってさっぱりしたいくらいである。
そもそも毛などと云うものは自然に生えるものだから、放っておく方がもっとも簡便で当人のためになるだろうと思うのに、人間共は入らぬ算段をして種々雑多な恰好をこしらえて得意である。坊主とか自称するものはいつ見ても頭を青くしている。暑いとその上へ日傘をかぶる。寒いと
しばしばウインドの
――とは云うものの少々熱い。
毛衣では全く熱つ過ぎる。これでは一手専売の昼寝も出来ないではないか。
瞬間、吾輩の敏感な鼻が何やら嫌な臭いを嗅ぎ取った。固茹での玉子をほったらかしにし過ぎて腐乱させてしまったかのごとき刺激的臭いである。これは堪らんと鼻の穴の奥まで侵入した臭いを勢良く吹飛ばしてやろうと息を深々吸い込んだらこれが良くなかった。余計に
「一体どうしたってえのかね、猫様は。妙なもんでも拾って食いなさったか」
「いいや、違う。この臭い……確かに
「なるほど硫黄ですか。術式で用いた事はありますが、善く御存知ですね」コルドーが感心するとトジュロー君は姿勢を低くして何やらざらついた地面を熱心に撫でては拾い捨ててはまた拾う。「伊達に
「じき馬は駄目になってしまうだろうよ。さてどうしたものか」
永き道中で荷は大分減ったものの、それでも結構な数がある。たかだか四人と
「手間にはなろうが、今しばらく南へ戻った所で見つけた朽ちた陋屋に馬車を留めおこう」
「それしかないでしょうね。帰りの足が惜しいもの」とクシュンは応じる。
「持って行く分はここに残しておこう。なあに、盗る奴なぞ誰れもおらんだろうからな」
馬車を御するのはトジュロー君以外に出来る者がおらんかった。さりとてここまでにも大小強弱さまざまあれど、怪物化物の類には幾度も出食わしているのだから一人ぎり行かせて無事戻ってこられるとも思われぬ。仕方なく全員馬車に乗り込んで戻ることにする。無論吾輩もだ。これ以上げえげえやると
しばし揺られて陋屋へと戻り、残りの荷を朽ちかけた壁の裏側に隠してから馬を外して繋ぎおく。紐は長めにして枯草と水桶を置いてやる。しかしこれは願掛けのようなもので、吾等が戻るまで無事なら御の字だろう。
ようやっと
「……当てが外れたようですね」とコルドーは王より
「やれやれ、どうやらそうらしいね」とトジュロー君。「一戦交えるしかなさそうだ」
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