第九話(二)
トジュロー君出し抜けに声を張上げこう云った。
「昔しある所に
「よべの
それを聞きつけてか、トジュロー君の前に
「うまいですね、感心します、話せるじゃありませんか」
「話せますかな」
「ええこれなら
「洋琵琶に乗りゃ本望ですね。こりゃ有難い」
気さくに話しかけてきた男は金色の髪をした男か女か判じ得ない様相をしておった。手に今しがた口にしたばかりの洋琵琶を掻き
「おい、御婦人連れに無粋な真似をするんじゃないウインド。お邪魔だろうが」
「おっと、こいつは失礼」
「いえいえ、構いませんとも。もしや貴方たちも冒険者なのですか」
「いかにも」
答えた二人目の男は
「私はコルドーと申す者。魔術師なぞをやっております。こっちはウインド。見ての通りの吟遊詩人でして。冒険者とは云いますれど一人前には程遠く、何しろこの通り妙な組合せですからね、世間へ対して肩身が狭くて
「たしかにそうあまりない組合せですなぁ」とトジュロー君。
「とは云え
「あらまあ」クシュンが相の手を入れた。「こちらも
「ほう奇遇ですな」
「私はクシュンと申す神官です。こちらは鍛冶師で剣士のトジュロー。幼馴染で魔法学校にも共に通いし付合いでございます」
「魔法学校と云いますと」
「エピクタス、御存知?」
「これはこれは。ひょっとすると私の先輩に当るのではないでしょうか」
「十七期ね」
「十九期です。これは参った失礼致しました」
生真面目なコルドー某は額の汗を拭ぐい不安の
「
「いやー珍客じゃないかね。私のような
と立机の上の蜂蜜酒の持主を明かにせぬまま無雑作にあおる。トジュロー君は居心地悪そげにもじもじしている。クシュンは苦笑している。ラビリス嬢は口を湿らせ活き活きしている。吾輩はこの瞬時の光景を一同の中心から拝見して無言劇と云うものは優に成立し得ると思った。禅家で無言の問答をやるのが以心伝心であるなら、この無言の芝居も明かに以心伝心の幕である。すこぶる短かいけれどもすこぶる鋭どい幕である。
「君は一生穴掘
「どうしてここに来たのだい、ラビリス」
「なあに虫の報せと云う奴だ。
「浮かれてなんかいませんよ、もう!」クシュンは怒っている容子である。
「君ら勇者猫様の事について聞いたかね」ラビリス嬢は突然コルドーに対して奇問を発する。
「いやまだですが――この猫が勇者猫様なのですか?」
「馬鹿にしたもんじゃないぜ。私も御活躍を拝見しに同行したい所だが、惜しい事に魔法書研究に追い立てられてしまって暇がなくってね。もう少し早くトジュローがナインスから戻ってくれば、参加する所だったが惜しい事をした」
ラビリス嬢が今盗聞きした内容から掻い
「そうだ君らだって聞く所に寄れば冒険者なんだろう。私の代わりに同行して見定めてくるというのはどうだろうか。トジュローの戦士たる腕前はぬかりのない当世の才だが、そこへ行くとクシュンは実に頼りないものだ。君らが行くんなら彼らも固辞はせんだろうさ。どうかね」
とまた蜂蜜酒をあおってトジュロー君の方を見ると、トジュロー君もラビリス嬢の食い気が伝染して自ずから蜂蜜酒の方へ手が出る。世の中では万事積極的のものが人から真似らるる権利を有しているらしい。
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