第十話(一)
元来クシュンは平常
そんな女が何故
さて、クシュン、トジュロー君の
「ねえ、トジュロー? これからどちらに参るのでしょう」
「一番近い洞窟が手頃だと思ってね。そちらに」
「となるとラクーンでしょうか」とコルドーが手にした杖を
「そうなるな。それにしても
「おっと。そいつは先程の御婦人の一件ですかね」と今度はウインドが面白がって質問した。
「うん。あれは実にずうずうしい女だ。吾輩は暇がないが興味だけはあると剛情を張るのさ」
「同行したいと
「いやいや。あれに――ラビリスに騙されてはいけないよ。端っからそんな気は毛頭ないのだから。昔からまるで変わっておらんからね」
「昔から、ですか」
「そうとも。約束なんか
「何とか理窟をつけたのよね」とクシュンが相の手を入れる。
「それで? 一回も行ったことがないのですか?」
「無論さ、その時あれはこう云ったとも。吾輩は意志の一点においてはあえて何人にも一歩も譲らん。しかし残念な事には記憶が人一倍無い。蛮勇なる冒険行に同行しようとする意志は充分あったのだがその意志を君に発表した翌日から忘れてしまった。それだから禊萩の散るまでにしかる準備が出来なかったのは記憶の罪で意志の罪ではない。意志の罪でない以上は蜂蜜酒などを奢る理由がないと
「なるほど一流の特色を発揮して面白いですな」
ウインドはなぜだか面白がっている。これが利口な人の特色かも知れない。
「何が面白いものか」とトジュロー君は今でも怒っている
「はいはい御気の毒様、それだからその埋合せをするために私とマダナイさんがいるじゃありませんか。まあそう怒らずに参りましょう。ラビリスの
「ラビリスはくるたびに珍報を
「可哀そうに、そんなに嫌うものでもないわよ」
クシュンは当らず障らずの返事はしたが、何となく落ちつきかねて、吾輩の
やがて一行は山肌にぽかりと口を開けた洞窟の入口へと
「随分と寂しい所ね、ここは」
「そう馬鹿にしたものでもないよクシュン」とトジュロー君は柳に受けて、
「はぁそんなものですかね」
「中に巣食う怪物共は皆一様に低級ですからね。御心配なさらずとも宜しいかと」
「そうですとも。僕の有望な友人が連中の
「まったく
「ともあれ早速
トジュロー君が先陣切って薄暗がりに足を
北方の神々について書かれた「詩のエッダ」や「古エッダ」と呼び習わされる古書物によれば、神々に災いをもたらす者たる予言を受けし怪物狼フェンリルを戒め
「君何か云ったかい」とトジュロー君は突然コルドーに対して奇問を発する。
「いいえ何も」
「じゃあ君等か」
「云ってないわ」「云いやしませんよ」と後列のクシュンとウインドが答える。
さもありなん、何か申したのは吾輩である。
何故か?――と問われれば吾輩の自慢の髭がちりちり震えておったからに他ならなかった。
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