第十二話(二)
事実は
吾輩はどうやら真の勇者猫であると
これが事実である。
しかしこの無体な仕打ちは一体どこの馬の骨の仕業であろうか。
古代の神は全智全能と
天地万有は神が作ったそうな、して見れば人間も神の御製作であろう。現に聖書とか云うものにはその通りと明記してあるそうだ。さてこの人間について、人間自身が数千年来の観察を積んで、
しかし猫の立場から云うと同一の事実がかえって神の無能力を証明しているとも解釈が出来る。もし全然無能でなくとも人間以上の能力は決してない者であると断定が出来るだろうと思う。神が人間の数だけそれだけ多くの顔を製造したと云うが、当初から胸中に成算があってかほどの変化を示したものか、または猫も
彼等人間の眼は平面の上に二つ並んでいるので左右を一時に見る事が出来んから事物の半面だけしか視線内に
人間の用うる国語は全然模傚主義で伝習するものである。彼等人間が母から、乳母から、他人から実用上の言語を習う時には、ただ聞いた通りを繰り返すよりほかに毛頭の野心はないのである。出来るだけの能力で人真似をするのである。かように人真似から成立する国語が十年二十年と立つうち、発音に自然と変化を生じてくるのは、彼等に完全なる模傚の能力がないと云う事を証明している。純粋の模傚はかくのごとく至難なものである。従って神が彼等人間を区別の出来ぬよう作り得たならばますます神の全能を表明し得るもので、同時に今日のごとく勝手次第な顔を天日に
吾輩は何の必要があってこんな議論をしたか忘れてしまった。元を忘却するのは人間にさえありがちの事であるから猫には当然の事さと大目に見て貰いたい。とにかく吾輩は肩を落として歩くトジュロー君の背中を視界の端に置きながら、神官宿へ戻る道すがら稽古場の窓枠から顔を覗かせるキャリコに偶然出喰わしたのである。
「あら勇者様、どうしましたの。随分と
「やあキャリコさん。参ったな、そんな
「立派な
キャリコは先日見た鈴を鳴らして吾輩の
「そうかな。そうかもしれんが――」
「ウフフ。そうですとも。勇者様の事なら横丁の占者より当てて見せましょう」
キャリコは立てた尻尾を滑らかに右廻りに廻し、吾輩の周りを右廻りに廻って
この時、とある感想が自然と胸中に湧き出でたのである。なぜ湧いた?――なぜと云う質問が出れば、今一応考え直して見なければならん。――ええと、その訳はこうである。
――やはり吾輩はキャリコを
吾輩は覚悟する。吾輩が勇者猫と云うのが事実とあれば、それに
「キャリコさん、
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