勝ちたい…勝ちたい!!_1

 サクヤ地面に落ちるように荒野に着陸する。その衝撃に体が振り落とされそうになるが、力一杯腰を抱く。振り落とされたら、大けがの可能性もある。

 

「んぅぉおおおおおお!!」

「っっ!!」


 サクヤの足が砂煙を上げなら地面を滑る。

 轟音をまき散らしながら少しずつスピードは落ちていき、頬に切り裂くような豪風もそよ風に変わる。

 

「アル、もう大丈夫よ」

「ふひぃい…死ぬかと思った…」

 

 死ぬかと思ったは比喩表現ではない。サクヤの背に乗って飛び去った背後から、追手の魔術やそれに対する剣閃、雷が落ちたような轟音が鳴り響いていたし、あたりは半分更地になりかけていた。

 だからこそ、サクヤも安全に気を遣わずに全力で飛んだのだ。

 

「確かに…本当に世の中にはあんなに強い奴らがいるのね…母上より強い奴なんて初めて見た……」

「あはは…あれはまあ特別だと思うけどね…僕もあんな戦い初めて見たよ」


 生を感じる。クロスアルメカは僕を殺す気は無かったとしても、格の違う力というものは否応なしに弱者に恐怖をもたらす。それはサクヤも同じようだった。いや、むしろ殺気を向けられた分サクヤの方が怖かったろう。

 

「何よ…そんな顔して…」

「いや…助けに来てくれてありがとうって思って」

「ふん!当たり前よ!アルにはなんども助けてもらったし…」


 サクヤは照れ臭そうにそっぽを向く。本当に良く助けてくれたものだ。わざわざこんな山奥まで…。

 

 

「山奥…?………そうだ!!」


 大切なことを忘れていた。クロスアルメカとツバルクさんの戦いが苛烈を極めていたため、サクヤがここにいるその事実を、話さなければいけない事を忘れていた。

 

 

「サクヤ?鳥人レースはどうしたの?」



 サクヤは項垂れ、僕と目を合わせようとしない。

 

「サクヤ…?なんで…?その…諦めたわけじゃないよね?」

「……」

「え、だってあんなに練習して、あんなに泣いて…あんなに頑張って」

「……」

「その…ここってコースからかなり離れてる?」

「……」

 

 サクヤの無言にすべてを察してしまった。急に心が宙づりになったような気分になる。

 

「もしかして…もしかして…そういうこと?」

「……」

「僕が…僕を助けに来てくれたからってそういうこと…?」


 風の音がうるさいほどの静寂が場を包む。

 サクヤが少しずつ僕へ、一歩ずつ、一歩ずつ…。ポフンと僕の胸に顔をうずめる。

 左手は頭を撫で、右手では逃げ去る際に羽織ったローブを握りしめる。

 

「アル……アル…あたしね…」


 サクヤは震える声を漏らしながら僕のローブを掻き抱く。

 ゆっくり、顔を上げ僕の目を見て一言放った。

 

「アル…あたし、アルもレースも何一つ諦める気無いから!手伝ってほしい!!」


 その眼は闘志に燃えていた。

 サクヤはてきぱきと飛ぶ準備をするために羽根を手櫛で梳き、軽く試しに何度か羽ばたき風を起こす。

 

「アル…他のハーピィ達…特にクラモトが先に行ってるの、間に合うかどうかは分からない…でもね、あたしは飛ぶの!だからさっさとあたしの勝利の道を作りなさい」


 サクヤの言葉はただ震えていたのではない。闘いへの高揚がそうさせていただけだ。そんなサクヤの成長に心が跳ね上がる。サクヤの姿が輝いて見える。

 こんな子の頼みを断れるものか。

 

「サクヤ?僕は何をすればいい?」


 ……


 …



 僕の体はサクヤの背中に固定されロープでぐるぐる巻きにされていた。

 

「サクヤ?これってどういう状況?」

「簡単よ…これはね、アルがあたしに指示できるようしたフォーメーションなの」

「指示?」

「そうよ!ここからはあたしとアルのチームワークがものを言うの、その場所は”岩鬼の渓谷”。」


 そういうサクヤの顔は真剣そのものだった。

 

「岩鬼の…渓谷?」

「そうよ、ハーピィの里への近道、あたしが逆転できる唯一の方法よ。ただね、つむじ風が酷く、道幅がものすごく狭い…しかも、魔物の住処よ」


 唾をゴクリと飲む。岩鬼?Bランクに分類される魔物。その集団性、凶暴性から冒険者に忌み嫌われる魔物だ。その住処を飛び去る、その行為の危険性に戦慄が走る。

 

「サクヤ、僕がどれだけファウランと飛び方の勉強したと思ってるの?ルーティングは全部僕に任せて、飛ぶことに集中してよ」


 だからこそ胸を張る。サクヤに不安を感じさせないために。

 もう、やるしかないのだ。僕は冒険者だ、魔物のエキスパートなのだと自分に言い聞かせる。

 

「アル…ありがとう…任せるわ」


 僕の熱意を感じ取ったのか、サクヤの目も一層鋭くなる。

 そして、サクヤが徐にロープを取り出して自分の口元に巻き始めた。

 2度3度くるりくるり、そのロープの端っこを僕の手に握らせる。

 

「アル…これは手綱よ、馬の乗り方とほとんど同じ。叩けば速度アップ、引けば停止、方向転換は左右のロープでその他の細かい指示は言葉で話してね…じゃあ行くわよ…3…2…1…」


 バヒュン!!

 その軽い音と共にサクヤと僕の体が空へ溶けていく。

 

 

 

 

 

 

 サクヤの体は空を切り、空をウサギのように跳ねていく。

 止まれと言われてもすぐには止まれないような速度。

 当たる風が痛いから精一杯姿勢を低くしてサクヤの体にぴったりとくっつける。

 

「ア…アル……当たってる…当たってるからぁ!!」

「何がぁ!?」


 風の音がうるさくサクヤの言葉が聞き取りづらい。

 それでも、速度を上げるためにサクヤの姿勢にぴったりと寄り添い風の抵抗を減らす。

 

「ん、んひぃ!?ロープでアルとあたしの腰が…ん…んふぅ…」

「え!?何聞こえない!?」


 轟音が耳をつんざくためサクヤの声が聞こえない。

 サクヤの速度もさらに上がるため風の音も強くなる。

 

「だから、当たってるってアルの下腹部の!あれが!ん…え?これ、本物?えぇ?絶対そうじゃん…んんふぅ…おほぉ!?」


 サクヤの体はさらに加速する。

 周りの風景が一瞬ぐるりと揺れる。急加速による弊害だろう。それに振り落とされる恐怖によって、サクヤの体に深く体を預ける。それと同時にまた加速する。

 

 その直後、渓谷への入り口がギリギリ視界の端に映る。

 

「や…やばい…このままじゃ…絶対どっかにぶつかる…ええと…ええと…」


 両手に握る手綱を思い出し、力の限り引っ張る。

 当然、それにつながっているサクヤの口も引っ張られる訳で…。

 

「ん…んほぉぉおお!?綱が…綱が…!?これがアルの愛…」

「サクヤストップ!!ストップ!!」


 大声でサクヤに呼びかけ、減速を指示するが全くの逆効果。

 なぜかサクヤの体が加速する。加速…加速…加速ぅ!!

 

 

 そのまま、二人の体は渓谷へ…

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