勝ちたい…勝ちたい!!_2
「なぁ…風が変わったと思わねーか?」
玉座で足を組む人一倍大きなハーピィが呟く。サクヤの母親でありこの里のハーピィを統べる女…アイシャである。
だが、周りの従者達は無言を貫く。端的に言えばこのアイシャが怖いのである。傍若無人であり冷静沈着なこのアイシャというハーピィを畏敬しているのである。
「おいおい…無反応かよ…、ったく!お前ら世代交代してから俺にビビりすぎだっての…、まぁいいや…」
アイシャはそんな無言に嘆く。
そして、僅かに鼻をスンスンと鳴らす。
「匂いも変わってるな…蝙蝠臭さが消えている。ふん、やるじゃねえか…サクヤ」
今頃空を飛んでいる自分の娘に思いを馳せる。
可愛い可愛い自分の娘。だが、族長として、親としてひいきはできない。できることと言ったら少し心配してやることだけ。
だから、一言だけ口から外に漏れないように呟く。
「きばれよ…女の見せ所だ…」
……
…
「んんあんあああああああ!!!んああああ!!」
サクヤがおおよそ女の子の上げるような声では無いうめき声をあげながら渓谷を飛んでいく。
「っちょ…サクヤ!!このスピードじゃぶつかる!!ぶつかるって!!次のカーブで突っ込むって!!まじで洒落にならないって…うひゃああ!?」
僕はサクヤの背中にぴったりと体を付けて突き出している岩を何とか避ける。今の当たってたらかすり傷じゃ済まなかったって!!
「アルゥ!?もっと抱きしめる様に!!そうじゃないと振り落とすから!!そんなフェザータッチじゃ気持ちよく飛べないから!!」
「そ、そんなこと言われても!!うわぁ!?…あぶな!また、ぶつかりそうだったし」
綱を緩めれば加速、右向きに引っ張れば加速、左向きに引っ張れば加速、何もしなければ文句。僕にどうしろというのだ。綱で固定されているとはいえ危ないものは危ない。このスピードになるとサクヤしがみつくことしか出来ないのだ。
そんな中何とか僕でもできることを考える。何か…何か…一つの事が思い浮かぶ。回復魔法だ。疲労を取る回復魔法を肩の付け根の筋肉にかけてあげることだ。
「んっはああああ!!あたし史上最速!!最高速!!んはああああああ!!」
矯正をあげながら翼を振るう、サクヤの肩は大きく激しく振るわれている。飛ぶ上で一番疲労が溜まるところだ。
だが、どうする…僕の手はサクヤのお腹に回していて離す事はできない。
だからこうするのだ。
「サクヤごめんね!癒したまえ…キュア…んちゅぅ…」
サクヤの肩甲骨に唇を這わせる。僅かに酸っぱくて、でも小麦の様な優しい味がした。
「え、あ、えあ、えひゃ、ありゅ!?アルさん!?いみゃ何を!?」
「気にしないで…キュア…んちゅ…」
「柔らかくって、湿ってて…これって…もしかして?」
「ん…ちゅうぅう…」
「あああああああ!!!!!これ絶対あれだ!!欲しかった奴だ!!あああ、振り向きたい!!今がレースじゃなかったら!!あたしの首が180度回ったら!!振り向いて!!それで、それで、その後は…んはあああああ!!!」
羽ばたきは大きくなり、その速度はべき乗で速くなっていく。もはや僕には周りの風景がちゃんと見えない。
その時だ…
ドゴォオオオ!!!
爆音とともにサクヤの体が僅かに揺れた。
周りを確認できない僕はサクヤに尋ねる。
「うわぁああ!?今の何!?サクヤ!?」
「大丈夫気にしなくていい!!岩鬼ぶつかって来ただけ!!弾き飛ばしたから!!大丈夫!!」
「うえええ!?岩鬼!?大丈夫なの!?」
「大丈夫!!もう今はあたしの感覚が肩の付け根にしかないのよね!!痛みとかなに?ってかんじ!!」
額から血を流しながらそんなわけのわからないことを言う。
ドゴォ!!ドゴォ!!
不意に左右から黒い影が飛び出してくるがサクヤがその速度ではじき返していく。
そのたびにサクヤの額からは血が流れて行く。
「サクヤ!?本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だから、アルはどっしりと構えてあたしの背中に乗ってなさい!!それでもっとキスしてなさい!!」
「いや…でも、血が…」
「大丈夫ったら!!大丈夫なの!!アルが心配とか生意気よ!!あたしは飛ぶことに関してならプロなんだから!!心配しないで!!!」
その時にやっと気づく。これはサクヤなりの虚勢なのかもしれない。僕を怖がらせないために、自分はまだまだ飛べると安心させるために…。
「それで、しがみつくところはもう少し上に柔らかい二つの出っ張りがあるからそこを揉むように掴みなさい!!それで、腰遣いはもっと激しく…げへへぇ…」
やっぱり違うのかもしれない…。
だが、違ってもいい!!僕はサクヤを応援すると決めたのだ!!だから、精一杯回復魔法を唱え続ける。
断崖から飛びついてくる黒い影を躱し、時には弾き返し。そのたびに傷ついていく。
「サクヤ…無理しないで…」
心配になり、怪我をしていた肩に頬を付ける。
サクヤがふさぎ込むきっかけになった古傷。今なお懸念事項が残るサクヤの体にさらに不安材料が上乗せされていく。
だが、そんな状況でサクヤは諭すように話し始める。
「アル…あたしね。怪我は痛いし、またあんなことになるの怖いよ」
あんなこととは部屋に引きこもり毎日泣いたあの日々の事だろう。
「心臓が早鐘打ってるし、血もいっぱい出てるし…、岩鬼だってぶつかり方ひとつ間違えたら大けがじゃ済まない。あたしの心の中のアルはサクヤが心配だって言ってくれてるわ」
「なら…」
「でもね、あたしの心の中のアルよりも、本物のアルの方がよっぽど魅力的なの。あたしはそんなアルの横に並びたいから、いつまでも一緒に飛んでいきたいから。」
サクヤの漏らすような本音。はっとする。僕は応援しようと思ってて知らず知らずのうちにサクヤの限界を決めつけていた。
そうか、ごめんねサクヤ…
「サクヤ…もっと飛べるよね!!このまま一位でぶっちぎろう!!」
「当たり前よ!!!スピードォオオオアアアアアアアアップ!!!」
気付けば、渓谷の先に光が見えた…。
男がモン娘と普通の女の子に襲われるこの世界で冒険者としてやってみよう しんたろう @sintarou_0306
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