決戦2


 泣きながら、森の中を走る。レイさんの覚悟をした目を見れば、切ったはったに疎い僕でもわかる。


「死ぬ気だ…あの人…」


 助けたい。あのエッチだけど、生真面目で高潔なあの戦士を。僕のことを何度も助けてくれたあの女性を!!

 

「僕は無力だ…もし僕にレイさんほどの実力があれば…わああぁあ!!!」


 急ぐあまり木の根につまずいて転げる。くそお、僕は急いで走ることもできないのか。

 考えずにはいられない。自分の無力さを。走っても、走っても街は遠い。時間が流れるのが残酷だ。

 あの様子じゃ街につく頃にレイさんの命が絶たれるだろう。

 

「そんなことは絶対にさせない。あの人は…あの人は…僕の…」

 

 考えろ…考えろ…考えろ、僕にできる最善手を…。救うことのできる方法を。頭の中を浮かんでは消えていく考えを…。つなげろ、細い勝ち筋を…繋げるんだ!!!!

 

 

 ………

 

 ……

 

 

 気が付くと、僕は双子岩の前まで来ていた。あのゴブリン四人衆の巣だ。岩の前に小さな扉がついていて、『オヤビン,長老、セッコー,クフ子』と四人の名前が書かれていた。レイさんはここに突っ込んでゴブリンを殴り飛ばしたのか…なかなかバイオレンスだな。

 

「いや、そんなことを考えてる暇はない早く入らないと…」


 もし今ゴブリンに四対一で襲われれば間違いなく逃げ切る手段はない。しかし、迷っている暇はない。こうしている間にもレイさんは刻一刻と死に近づいている。頭の中ではもう『レイさんは死んでるよ、街に戻って安全に立て直そう』と悪魔の僕が囁く。

 

「そんなことは…ない!!」


 僕はレイさんもゴブリンも信じることにする。ここが男の見せ所だ。

 

 …ガチャリ

 

「いらっしゃーーい、誰だあ?」

「僕です…アルノーです」


「「「「うぇええええぇぇええ」」」」


 四人の声が一致する。しかし、荷物もなく沈痛な面持ちの僕を見て、何かやばい状況であることを察した長老が話を進める。

 

「それで、どういったご用件かの?」

「助けて…欲しいです…」

「なにから?」

「天嵐狼から……」


 オヤビン含め三人はなんだそりゃ?って顔をしてたが、長老はああやっぱりかといった顔をしていた。長老は他のゴブリンよりも長く生きているお姉さん的ポジションだ。知っていても不思議はないだろう。

 

「何なんだ?天嵐狼って?」

「オヤビン…わしらの遊び場じゃよ…。あそこが元々天嵐狼の住処だったんじゃ」

「何すか?でかい魔物ってことっすか?」

「そうじゃ…森の昔からの言い伝えにある。森の王とも呼ばれる魔物じゃ…ほらお主らも聞いたことがあるじゃろう。悪い子をさらって食べてしまう狼の童話を…」


 敵の強大さを知ったセッコーは顔を青ざめ


「無理っすよ!うちらゴブリンっすよ!」

「死ぬって、絶対に死ぬ。あの女冒険者のこと見捨てろよう」


 それを聞いたオヤビンとセッコーは目を見開いて反対しだした。長老もそれを見てさもありなんという顔をしている。しかし、その話を後ろでずっと聞いていたクフ子が口を開く。

 

「私は…助けあげたい…」

「本気かお主…」

「本気も本気!!私はお兄さんに遊んでもらって楽しかった。でも、あの女冒険者もいないとダメ!!!みんなが行かないなら、私一人でも行くもん!!!!」


 いつも無口なクフ子の珍しい主張であった。それを聞いたオヤビンがクフ子の頭に手を置き答える。

 

「家族を一人で行かせるわけにはいかねえ。みんなで行くぞ…」

「オヤビン!?」

「オヤビン…」

「ただ!!報酬は必要だお前何が出せる?出し惜しみはなしだぞ。家族の命がかかるなら当然だ」


 オヤビンは大まじめな顔をして言う。少しでも要求に達さなかったら断ってやるというような顔だ。他の三人も固唾をのんで見守っている。レイさんも死を覚悟したんだ。僕も覚悟しなければならない。

 

「僕の…生脱ぎパンツでいかがですか…?」

 

「「「「乗ったあああああ!!!行くぞおおおおおおあ!!!」」」」


 思ったより単純だった。

 でも、まだだ!まだゴブリン達だけで勝てるとは言えない…まだ行くぞ!

 

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 

 窪地のど真ん中に倒れこむ。このくそ狼にやられた右腕の傷がじくじく痛む。右腕だけじゃない、左足も、左肩も、体の至る所が悲鳴を上げている。体力などもうずっと前に気を付ける。もう一ミリたりとも体が動く気はしなかった。


「このくそ犬が…」


 天嵐狼は私をまだ警戒しているようだ。このまま息絶えるまで、私を監視するつもりだろう。

 血が流れすぎた…回復も見込めない。


「万が一もないな…」


 こうしていると走馬灯のように今までの冒険者人生が流れていく。初めて冒険者試験に受かってD級の冒険者になった時には思いもしなかったな。でも、やっぱり最後に思い浮かんでくるのは、あの少年のこと…。人懐っこくて、美形で、優しくて…。もし、アルノー君じゃなかったら相棒なんて呼ばなかっただろうな…。それほど彼は私が夢見ている男そのものだったのだ。


「まさか…私がA級になって、男と一緒に冒険するとはな…最後に良い夢を見させてもらった。ああ、ほんとにありがたい。死に際には天使が迎えに来るといったが本当だったんだな。」

 

 

 向こうから、葉っぱを下半身にのみまとった。黒髪の天使が走ってくる。


「ああ、姿まで相棒に似せてくれているのか…」


 なんてサービスの聞いた神様か…。相棒が天国まで連れて行ってくれるのか…。いや、地獄かもしれないな。いままで、真面目に生きてきたんだ。天国でお願いしたいかな…。

 少しずつ、自分の体温が下がっていくのが理解できる。


「レイさーーーーーん!!!レイさあああああん!!!」

 

「私の名前を呼ぶその声まで…相棒…そっくりだ…」


 ふふふ、ほとんど裸じゃないか?死にゆく私に対する最後のご褒美か…

 

「レイさーーーん!!レイさん!!大丈夫ですか!」


 本当にそっくり…ん?

 ドドッドドドドドドドオオオと足音が聞こえる。なんだ、この音。しかし、この音はとどまることを知らない。

 

 ドドドド!!!

 

 ドドドドドドドオオオオ!!!!


「おらあああああ!!!どこだあああ!!」

「いたぞおおおおお!あの女冒険者だあああああ!!」

「あの兄ちゃんに続けええええ!!」


 なんだ、あいつら…あいつらも天使なのか?認めたくなかった。あの後ろの無数のガサツなモンスター娘達が天使などと。

 ということは…あの相棒は…本物?体中の熱が戻る。生きたいと叫び始める。


「あいぼおおおおおおおおお!!!ここだあああああ!!!!」

「レイさん!!レイさん!!」


 別れた二人はまた出会う。心が揺れる。自然と涙が出る。それは相棒も一緒のようだった。

 ………しかし、そんな状況をあの天嵐狼が見逃すはずもない。油断した二人にその爪が伸びる。

 

「てめえの相手はこっちだああああ」

「くそ狼が森を荒らしてんじゃねええええ!!!」


 その爪が届くことはない。なんのために相棒がモンスター娘の援軍を呼んで来たのか?このためだ。私を助けるために連れてきたのだ。


「ヴァアアオオオオオオ!!!」

「このおお!おとなしくしろ!!!」

「あたしの針を食らいなあああ!!!」


 連れてきたのは十数人やそんなものではない。恐らく五十人は近い。ゴブリンだけじゃない。蜂娘、狼娘、植人娘、様々な種族が集まってその群をなしている。


「相棒…どうやって、こんな人数…ってそれよりも裸!??」

「静かにしてください。大丈夫ですよ。レイさん…」

 

 こんなことバカな私にもわかる。売ったのだ、モンスター娘にその衣服すべてを。それで葉っぱなんかつけてるんだ。

 そんなことを考えているとふと相棒が正座をしだす。

 

「よいしょっと…レイさん静かにしてくださいね」

「ちょっと、相棒!これって膝枕…ちょっとちょ!見える葉っぱが…ずれそうだって!!」

「レイさん暴れないでくださいって!!」

「見え!見え!ブホオオオオォ」


 暴れるのを押さえつけてくるその手、太ももの柔らかさ…、見えそうで見えそうなチラリズム、私の精神が壊れちゃひゅううう。

 

「あ!?レイさん!?なんで鼻血!?血を失ったら危ないです!!」

「いや、相棒の…相棒が…その…」

「今、癒しますからね…ヒール!!」


 相棒の右手が淡く光り輝く。その手を私の患部に当てるとみるみるとケガが治っていくではないか。超高位の回復魔法だ。こんなレベルの魔法なんて覚えている者など世界に数人もいるまい。

 

「相棒?これ超高位魔法…どうやって…それより相棒は…」


 疑問がいくらでも出てくるが、相棒はお母さん指を私の唇にあてる。こうされたら顔を赤くする以外私にはない。


「良いじゃないですか、僕がこうやってレイさんを支えてあげられる…それだけで」


 優しい光が私をいやす。今だけは少しこの優しさに浸っていたい。

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