決戦1
もしかしたら、もしかしたら、もしかするのかもしれない。銀狼の噂、大きい窪地、毛先の白い金色の髪の毛、木のへこみ、見つからない痕跡。僕の中に一つの疑念が生まれてしまった。はやくレイさんに伝えないと。
『銀狼の噂は本当に銀狼がいたことを示している』
『大きい窪地は、銀狼にしては大きすぎるがおそらく巣であろう。』
『それに毛先の白い金色の髪の毛を合わせると、銀狼が金色の毛に変化していることが推測される』
『この推測は木のへこみが裏付ける。変毛期の狼が木にこすりつけて古い毛を抜いていたのだ』
この仮設なら見つからない痕跡もうなずける、生体が銀狼から変わりつつあるのだから。
銀狼が進化をするなど聞いたこともない。しかし、もしそんなことがあり得るのならば…?自分の中で不安が渦巻く。
あの巣の大きさ…毛の長さ…今あのテントを張っている現役の巣ならば、レイさんが危ない!!
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現在、火の番をしている。魔法の効果はとっくに切れている。本当に時間かけて魔法を編むよりも、薪をくべた方がはやいな。あのばあさんに便利だからって大金払って教わったのが、本当にもったいないと思った。
「でも、覚えてて良かった。覗かないといった手前申し訳ないが…いや私は覗いてない。あれはただの連れションだ」
こんなことを相棒にきかれたら「そう思うんならそうなんだろう、お前の中ではな」などと言われそうだ。しかし、いいのだ。私の中では連れションなのだ。いくらでも言い訳できる。
「それにしても、思い出すだけで涎出る。」
思い出しながら、思わず寝転んで手が秘所に伸びそうになる。しかし、すんでのところで思いとどまる。あれはただの連れションなのだ。それで思い出してしようものならそれは相棒への裏切りだ。変なところで生真面目なのだ私は、自分の正義を裏切ることは絶対にしない。
「しかも、どうせすぐに戻ってくるしな。私の恥部を見られるわけにはいかない。まだ相棒は私のことを頼れるお姉さんだと思っているからな。フフフっ」
処女歴二十一年 = 年齢の想像力は伊達ではないのだ。などと、思っていると茂みの奥からガササッと音がする。やっぱりしなくて正解だったな。昨日の夜は少しギスギスしてたけど、今日はそうではない。楽しい夜になりそうだ。
ガササッという音が近づく。
「いや?なんだこいつは?こっちは相棒がくる方向じゃない…僅かに違う」
音はテントの回りを円形状に左へ左へとこちらを伺うように動く。これは相棒じゃないな。しかも殺気を感じる。この感じは昔、恐鳥類の魔物を狩ったときに近いな。
「大物だな。こいつは銀狼か?気を張らないとな」
武器はこの拳のみ、それで今まで生きてきたのだ。自分の武器を信じて丹田に力を込める。音に細心の注意を払う。虫の音がする。今は虫の音がうるさく感じるほどの静寂。
しかし、その静寂を破るように別方向からテントに向かって一直線にガサガサガササササッと向かってくる。
「レイさん!レイさん!レイさん!大丈夫ですかあああああ!!」
緊迫した様子の相棒だ。驚いてる顔もまた可愛いなと性欲が疼くが今は鋼の意思で抑え込む。
「相棒、そんなにあわててどうした?」
「そりゃ、慌てますよ!っここ危ないです!逃げましょう!」
「相棒も気付いたか。もうそこまで殺気が来ている。逃げるのは無理かもな…」
相棒は驚いた顔をしてこちらを見てくる。うっそんなに顔を近付けるな!我慢できなくなる!ってそんなことよりも…
「なんだ気付いてないのか…そこまで来てるぞ?逆に相棒はなんでここが危ないって気付いたんだ?」
「それが、銀狼が進化してる痕跡を見つけました!おそらくこの窪地が巣だと思って」
相棒…戦闘能力はからっきしだが、この頭の回転はピカ一だな。伊達に男冒険者としてやっていこうとしていない。
「進化先はおそらくですけど金色の毛を持つ
「上級魔物か…魔物の中でも強い魔法を有するやつだな…まかせろ!!」
気合を入れなおした瞬間、茂みから大きな咆哮とともに飛び掛かってくる。
「ヴァボオオオオオオオ!!!」
その大きさはゆうに五メートルはある。その牙は三十センチはあろうか?体をひねって何とかかわす。
その爪によってつけられた地面の傷はクレーターみたいになっていた。
金色の毛皮にまとわれて、体中からバヂッバチッ!という音を立てていた。威厳は十分。
「正真正銘の化け物だな、一撃でも貰えば致命傷だろうな。相棒!前線は任せろ後陣の援護は任せた。」
「分かりました。気を付けてください」
数瞬で相棒との談合を計る。そんなのも束の間、天嵐狼はすぐさま追撃を仕掛けてくる。
二合目だ。
「ぐぎぃい!!くそ!おらぁ!!!」
右肩が軽く切り裂かれ、熱を持つ。放ったカウンターも掠るだけにとどまる。当たらなかったことを悔やむべきか?否、拳を当てにいっていたら、間違いなく右半身ごと持っていかれていた。
「さすがに、やばいかもな…この大きさ…」
ぼやかずにはいられない。いままで数々の魔物を屠ってきたこの両腕だが当たらなければ意味がない。リスクを冒してでも利を取るべきか?それとも、相手にポカが出るまでじり貧に耐えるか…そんな時に相棒が口を開く。
「罠を張ります。時間をください。ドラゴンでも動きを止めるような罠です」
「男にそんなこと言われて、頑張らない女はいない」
体高は二メートルになる大狼だ。一撃でも食らえば最低でも半死。体の大きさは膂力を表している。
「うらあぁ!!」
渾身の右ストレートは敵にかすりもしない。ここにきて、相手の体も温まってきたのだろうか。間違いなくそのスピードを増している。天嵐狼はその体重を感じさせないように土の上を飛び回る。
「私の体もちょうど温まってきたとこだよ!!舐めんな犬ころ!!!」
ついに狼の鼻っ柱をとらえる!!
「ヴァアアアアアオオオオ!!!!!」
返答は咆哮で返される。効いてはいないぞという意思表示だ。しかし、私に対して警戒心を強めたようだ。
「膠着状態か…罠を張っている私達には好都合だな」
数秒の息を飲む均衡状態だ。次に奴との呼吸が合った瞬間がブレイクの時間だろう。
スウゥハァァァ…スゥ…来た!!!!!!!!!!
「ぐあああらあっらああああああああ!!!」
インファイトで殴り合う。一発ももらえない。頭を回せ、相棒のように…時間を稼げ!!!先ほど頭があった場所を爪牙が通過していく。しかし、そんなものに気を使っている暇はない。次の一撃、そしてその次の一撃、連綿と続くその攻撃をよけなければならないのだ。
まだか……
まだか…
まだか……
まだかあああああ!!!
「できましたレイさん!!!こっちに来てください」
「でかしたあああ!!相棒!!!」
すぐさま後ろに飛びのく。それを好機と見た天嵐狼は追撃を加えに来る。しかし、その追撃は届くことはなかった。
ガシンと鉄の罠が後ろ脚をとらえる。その先を鎖で数本の木に括り付けて身動きが取れなくなっている。
「こうなっちゃえばただの犬だな、私にとっては…とどめを刺しに行く」
「気を付けてくださいね」
「相棒もご苦労だったな、これで仕事も終わりだ…」
寂しそうな目でつぶやく。そのまま、天嵐狼に飛び掛かる。後ろ脚のとらえられた天嵐狼に避ける術はない。
しかし、天嵐狼の体が黄金に輝き、バチッバチという音が響き始める。
「もうおせええんだよおおおおお!!」
拳が額に重なる瞬間にゴオオオオオオオオオオオオーーーーーーン!!!という爆音が響き渡る。
……
…
眩いフラッシュが消えた視界に広がるのは傷だらけの自身の体だ。向こうの天嵐狼を見ると額と右後ろ脚に傷を負っているが、歯ぎしりをあげながらこちらを睨んでいる。
ギリギリで間に合わなかったか…油断したとは言わない。私に持てる最大の力で放った一撃が届かなかっただけだ。そんなことを考えて落ち着こうとするが状況は絶望的。
「これは私の方が不利だな…さっきのタイミングで逃げるのが正解だったか…」
もう、二人そろって逃げ切ることは不可能だろう。そうなれば誰に希望を託すかという話になる。そんなことは決まっている、相棒しかいないだろう。
「託すとするか…この残酷な希望を……」
最高の相棒をこのくそ犬のご飯にするわけには行かない。震える手を押さえつけて相棒に叫ぶ。
「相棒!!!街まで行って援軍を呼んできてくれないか!!!」
相棒は答えるのを一瞬ためらったのち目頭を押さえ「分かりました…死なないでください」とだけ告げてくれた。
森の中にあの可愛い後ろ姿が小さく消えていく……
彼は彼で私の命の行く末を分かったうえで、意思をくみ取ってそう返してくれたのだろう。聡明な少年だ。
本当に命を懸けるに値する男だ。
恐ろしい殺気を飛ばしてくる狼に向き直って独りごちる…
「あーーあ、最後に一回くらいえっちしたかったなあ…」
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