身を守るための無言

 

 気づいたら扉に寄りかかって寝てしまっていた。周囲は洞窟の中でもしっかり見える程に明るくなっていた。


「お嬢様、お怪我のご加減如何でしょうか?」

「……」


 朝になって声をかけても帰ってくるのは無言。

 昨日の夜に自分のことを話したのは早計だったか?などと不安が渦巻く。

 

「お嬢様…僕はずっとここにいますから、決心がついたら扉を開けてください…」

「……」


 もうこうなれば根気の勝負だ。絶対にここから動くものか…。

 しかし、お嬢様は扉を開けることもなく、言葉を発することもなく時間は経過する…。

 

 そして今日の昼ご飯もタカタカさんが持ってきてくれた。

 

「よう、調子はどうだ…ってみりゃ分かるか」

「いや…ほんとごめんなさい…色々話してるんですけど、男って事さえ信じてもらえない状況で…」

「そうなのか…それはひでー状況だな…おーいお嬢!!今度の医者は男ですよ~!!」


 そう言って冗談交じりにお嬢様に話しかけるが関係はない。

 お嬢様が返す言葉は変わらない。

 

「タカタカまで私をからかって!!!もう嫌い!!!」


 全く信じる様子は見られなかった。

 そういう言葉が返ってきて、今日はもう無理だという顔をするタカタカさん。

 僕の方に向き直って翼を広げた。


「これが今日の飯だ、お嬢の分も一緒だから全部食うなよ…なんてな」

「あはは…ありがとうございます」


 お嬢様の分と合わせてたくさんの木の実やお肉を持ってきてくれている。


「しかし、あれだなこうも扉の前でガン待ちをしてるとお嬢もご飯に手を出さないな…まあ、怪我してからはいつもそんなに食べるわけじゃないから、一日二日くらいなら大丈夫だろうが…」

「ごめんなさい…はやく説得しろってことですよね」


 催促されたと思った僕は謝るが、タカタカさんはいーや違う…とばかりに首をフルフルと横に動かす。

 

「いーや…連れてきた手前説得できていない私たちも申し訳ない…それよりも君が疲れていないかと思ってな、部屋の準備もできてるし…」

「いえ、大丈夫です!!まだ頑張ります!!」


 遮るようにタカタカさんの提案を断る。

 ここで、退いてしまっては絶対にお嬢様と仲良くなれない。そんな直観が働いたからである。

 まだ頑張るぞ…



 …………


 ………


 ……


 …



 しかし待てども状況は変わらない。

 あたりはすっかり暗くなってきている。タカタカさんが夜ご飯も持ってきてくれたがお嬢様はそれに手をつける気もないらしい。

 今日も何も進まなかったか…。

 

「お嬢様…ご飯少しだけでも食べないとお体に触りますよ」

「……」


 お嬢様は全く僕に心を開こうとしないみたいだ…いやいや!!弱気になっちゃだめだ。あとちょっとだ!!…たぶん。

 

 そんな感じで気を引き締め直していると、向こうからツカツカという足音が聞こえてくる。

 

「この足音…タカタカさんかな?いや…違う」


 足音の数が明らかに三人以上だ…それにワイワイガヤガヤと明らかに鳥さんシスターズではない。

 その音はもうすぐそこまで来ている。

 

「おーい!お嬢様ぁぁ!!早く出て来いよ!!!」

「クラモトさん~あの嘘つきが出てくるわけないですよ…」

「飛べない腰抜けって本当に無能ですよね」


 そこにいたのは壮年のハーピィと、それに従う二人の取り巻きだった。ハーピィは基本的に薄着だがクラモトと呼ばれる壮年のハーピィは豪奢なアクセサリーを付けていることから、立場が高いことが伺われる。

 そして、その三人は暗がりで僕に気付くこともなくドアをたたき出した。

 

「おい!出て来いよ!!腰抜け!!」

「お前の母親に言われて呼びに来てんだよ!会合にくらい顔出せよ!!」

「まあ、飛べないやつが来ても発言権は無いけどな!ギャハハ!!」


 この三人はどうやら、お嬢様をいびっているようだった。

 そして、ドンドンとドアをたたき続ける。

 お嬢様は声を潜めてそれに耐えているらしい。

 

「おい出て来いよ~!!」

「いやいや、男の裸を見たとかいう嘘つきは出て来ませんよ!」


 そう言って三人でギャハギャハと下卑た笑いを浮かべあう。

 正直僕に気付いていないのはありがたい。もし見つかっていたら、もうここで襲われているだろう。

 

「あれ?森を裸で走ってる男がいたんでしたっけ!!」

「もう見間違いとかじゃなくて脳がイってんじゃーん!!ギャハハ」


 いやあ、本当に見つからなくてよかった。

 

「こんな女が死ぬまで男の裸を見れるわけないだろう!!」

「妄想に決まってんじゃん!!」

「「「ギャハハハハ!!!」」」


 ああー本当に見つからなくて良かった……なんて思えないよなあ。

 こいつら、ムカつくし、絶対に許せない。

 

「ねえ、<<おばさん>>たち!!やめなよ!!」

「あん?なんだ?」


 暗がりから出ていく、僕に対して三人は訝しげな表情を浮かべていた。

 しかし、僕が男だとわかるや否や満面喜色の下卑た笑みを向けてきた。

 

「へぇ~男じゃん!?ってかなんでこんなとこいんの?」

「僕のことはどうでもいい!!お前らいつもこんなことをしているの!!?」

「ああん?これは私たちのし・ご・となんだよ!!」

「お前ら最低だよ!!はやくお嬢様謝って!!」


 相手が複数人、しかも屈強なハーピィだということも忘れて食ってかかる。

 こんなやつらそのままにしておけるかという、簡単な気持ちを抑えきれない。

 

「さっさと腰抜け嘘つきって言ったこと謝って!!お嬢様は今も戦ってるんだよ!!」

「あああん?生意気だな、この坊や…外面はいいのにな」

「クラモトさん!!いまここでやっちゃいますか!!」


 三人は翼を大きく広げて威嚇行動をとってくる。

 

「おい、てめえ!!!選べよ!!今ここで謝って部屋で私に可愛がられるか?断ってここで三人がかりでやられるか?どっちがいい?」

「私ら的には断ってくれた方がありがたいけどな!」


 なんだこいつら、謝るとでも思ってるのか?

 僕の中でふつふつと怒りがたまっていく。

 

「どっちも選ぶか!!!!」

「なら、答えは一つだお前の子供絶対孕んでやるからなああああ!!!」

「絶対お前を食ってやる!」


 三人は翼を広げてじりじり近寄り、逃げ場をなくしてから飛び掛かってきた!!

 それに対し、すぐさま奥の手でポケットに入れている臭い球をブン投げる。

 

「ふざけんな!!この臭いでも食らっとけ!!」


「わ、なんだこれ!!」

「くっさ!これっくっさい!!!」

「うわ涙出てきた!最悪!!」


 三人に爆効きだった。動物全般に効くと言われている臭い球。道具屋のおばちゃんは間違えて人に使わない様にってしつこく言ってくれたけど確かにその通りだ。一回街中で襲ってきたレイさんに使おうとしてしまったが危なかった。…てかレイさんごめん。

 

「なんだこれ前が見えない!!」

「つか…いったん退くぞ!!」

「覚えとけよ!!絶対犯してやるからな!!」


「もう二度と来るな!!」



 三人はそう言って逃げ帰ってしまった。

 

 この場は再び静寂に包まれる。

 

「お嬢様…もう大丈夫ですよ」

「……」


 依然として、お嬢様から返答が返ってくることはなかった。

 しかし、今日は夜泣きが聞こえることはなかった。

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