裸の男性、着込んだ少女

 

 案内された洞窟の中をワシワシ、僕、ファウラン、タカタカの順番に歩いていく。

 中はかなり入り組んでおり、正直ここまでの道のりを覚えることはできていない。いや、ワシワシさんが覚えさせないように入り組んだ道を選んでいるのだろうか?

 どちらにせよ、もうここから逃げるという選択肢はとれなさそうである。

 

「着きました…ここが、お嬢の部屋です」


 通された先にあったのは豪奢な扉であった。

 ワシワシさんが扉に近付き優しく話しかける。

 

「お嬢…医者を連れてきて参りました」

「ワシワシ?あたし誰にも会いたくないって言ったわよね」


 中からは怒気を孕んだ声が返ってきた。触れるものすべてを傷つけるようなそんな声である。聞いた話の通り、言ったことを誰にも信じてもらえず人間不信になっているのだろうか?


「それでも、一人はお気を病みましょう」

「知らないわよ!会いたくない会いたくない!」

「お嬢…お願いいたします、族長も私ども一同もお嬢の一刻も早い回復を願っております…」

「そんなこと言っても、また今度の医者もあたしの頭をおかしいとかふざけたこと言うのよ!!」

「お嬢…」

「知らない!!帰って!!!」

 

 お嬢様の精神状態はなかなか荒んでいるようだった。これほどお嬢様を慕っているワシワシさんの言葉ですら突っぱねる程なのだから。

 これが全部僕のせいだと思うと少し心苦しいものがある。

 

「アルノー君悪いな…ご機嫌がすぐれない様だ…出直そう」

「あの…お嬢様っていつもこんな感じなんですか?」

「いや…前の医者がやぶ医者でな、お嬢に好き放題言うだけ言って何も解決しなくてな…それ以降さらにふさぎ込んでしまって…」


 そうか、医者にも恵まれなかったのか…。僕が原因でもある…。そして、次の医者は僕。そう考えると責任感は生まれざるを得ない。

 

「分かりました…。みなさんは戻っていてください」

「アルノー君!?何をするつもりだ?」

「ここからは専任の医者である僕の仕事です、僕自身で説得します」

「な…なるほど、しかし、大丈夫なのか?」

「大丈夫です!色々腹を割って話したいこともあるのでみなさんは戻っていて欲しいんです」


 僕の真剣な表情を見て、ワシワシさんは僕の本気具合を悟ってくれたようだった。そこで、いままで静観していたタカタカさんが口を開く。

 

「君の本気は分かったが、約束してくれ…絶対にお嬢を傷つけないと…」

「分かりました、絶対に傷つけません!任せてください」


「オオーあとは少年に任せればいいネ!私たちはお邪魔虫だからどっか行くヨ」

 

 いきなり口を開いたファウランさんに鳥さんシスターズはシラーとした表情を向けるが、まあ言ってることに間違いはない。三人は僕に「任せた」「飯の時間にまた来る」「頑張ってネ~」と三者三様の言葉を告げ、洞窟の向こうに消えて行ってしまった。


 そして、僕は大きな扉の前に立ち深呼吸をする。

 

「お嬢様!!お目通り願います!!」

「あなた…タカタカ?…じゃないわね、だ…誰?」

「僕は新任のお嬢様の医者です!」

「い…医者!!?あなたたちまたあたしを笑いものにするつもりね!!」

「そんなことありません…僕はお嬢様の言うことを正しいと思っております」


 お嬢様が正しいと思う。そりゃそーだ。張本人なのだから。

 しかし、お嬢様は聞く耳を持たない。僕を突き放すような言葉を放つ。

 

「そんなこと口では何とでも言えるわよ!!」

「お嬢様!!僕のことを信じてください!!」

「……」

「お嬢様!!お嬢様!!」

「……」


 それ以降、お嬢様は口を開くことが無くなってしまった。


 

 ………

 

 ……

 

 …


 

「お嬢様~?お願いですから扉を一度だけでも開けてください…」

「……」


 あれから何時間経っただろうか?たまに話しかけてみても返答が得られることはなかった。

 そんな時、タカタカさんがご飯を持って訪ねてきてくれた。

 

「調子はどうだ、ほらご飯持ってきてやったぞ…こっちがお嬢の分だ」


 そういうと、翼にくるんでいる木の実と袋に包んでいる香ばしいにおいのするお肉を見せてくれた。

 

「申し訳ないです…特に進展はありません…」

「そうか…疲れたら私か姉者を呼んでくれ、休憩できる場所に案内しよう」

「ええ、ありがとうございます…でももう少し頑張ってみようかな、冒険者稼業で根性は鍛えられてるので!」


 そう言ってタカタカさんに力こぶを見せ、ハハハと笑って見せる。

 

「そうか…?疲れたらすぐ呼ぶんだぞ…」

「ありがとうございます…すぐに呼びますね」



 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 夜も更け洞窟の中は真っ暗だ。

 すると部屋の中からはすすり泣く声が聞こえる。

 

「ううぅ…んく…なんであたしばっかり…」

「……」

「ん…うぅ…一人にしないで…さみしい…」


 あんなに気丈そうな声をここまで弱らせてすすり泣いている。

 ここまでふさぎ込んでいる人を初めて見た。しかも原因の一端は僕にある。そう思うと僕の心がどうしようもなく握りつぶされてしまうような感じがした。ああ…僕はこの人を助けたいって思ってるんだ。

 こうなっては僕も意地だ、絶対に癒してから帰ることを強く決意する。

 

「…お嬢様?」

「ぅぅ…!?…なに!?あんたまだいたの!?」

「ええ、この扉を開けてもらうまではここから離れません」

「…なによ、ぐすっ…どっか行きなさいよ…」

「いえ、どこにも行きません」

「あっそ!!勝手にしなさいよ!!」


 そう言い捨て。また黙り込んでしまった。しかし、すすり泣く声は依然として扉から漏れてくる。

 僕にできること…色々考えるけど一つしかない。それは僕が張本人だとばらすことだ。しかし、これは最後の手であり効果がなければ終わりである。それに、お嬢様から恨みを買う恐れもある完全最終手段だ。

 本当は治療を通してもっと仲良くなってから打ち明けたかったけど仕方がない。

 

「あの…お嬢様?僕の話をしてもよろしいでしょうか?」

「……」

「あの…いいですかね?」

「……」


 返答が返ってくることはない。もう知らない。だんまりをOKサインだと捉えることにした。

 

「じゃあ、話しますね!僕、冒険者をやっているんです……」


 本題を話すためにもいろんなことを思うがままに話していく。

 男で冒険者を初めていろいろ苦労したこと。冒険者組合の役員ビイプに誘われて一緒に住んだこと。ゴブリンに襲われたこと。それを助けてくれたレイさんとペアを組んだ話。一緒に狼の探索に出かけた話。

 

 そして、天嵐狼と出会い相棒であるレイさんを殺しかけた話。

 

「…僕に命を託してくれたレイさんを僕は絶対に見捨てられなかった。レイさんはそうは思っていなかったでしょうけどね」


「……」


「僕はモンスター娘を頼ることにしたんです。もちろん彼女たちはただでは動きません。命がかかってるんですから。だから、着ている衣服を売ることにしました」


「…!?」


「ほぼ裸になりましたが…多くのモンスター娘が助けてくれて…急いでレイさんを救うために走りました、そして天嵐狼を倒すことができたんです、これで僕の話は終わりです…」


 話は終わった…。どうだ…?この場を静寂が包む。今、お嬢様の気持ちがグルグルと渦巻いて迷っているのだろう。もう僕ができる最後の手も打った。あとは待つだけだ。

 静寂はお嬢様の方から破られた。

 

「なに?そのバカみたいな話?明らかに作り話じゃない?あなたが私が見た裸の男神だとでも言いたいの?そもそもこんなハーピィの里に男が来るわけないじゃない!!!あたしをバカにしないで!!!ほんとに最悪!!!」


 突っぱねられた。

 受け入れられるも恨まれるもなかった。信じてもらえなかったのだ。

 最後の手も潰えてしまった。

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