開かれる扉


 お嬢様の部屋の前に張り込み三日目。

 今日もお嬢様は出てくる気がないようだ。

 

 それは昼になっても変わらない。

 洞窟の扉に背中を預けて大きく息を吐く…さすがに疲れたな。

 もし、扉を開いてくれた時に僕がいないじゃ信頼もがた落ちだ。だから、この場所から離れるのもトイレなどの最低限にしている。それを、この固い地面の上でずっとだ…疲れるのも無理はなかった。

 

 いい形の姿勢を探しながら体をくねくねさせているところに声がかかる。

 

「君は…何をしているんだ?」

「あれ?ワシワシさん?ご飯はさっきタカタカさん持ってきてくれましたよ?」


 そこにいたのは髪を後ろに一つでくくっている鳥さんシスターズの姉の方、ワシワシさんだった。

 

「いや…こういう床では君が疲れるから毛布を持ってきたんだが…そんなに元気そうなら必要なかったか?」

「ああ…これはお尻がいたくなっちゃったんでいい姿勢を探してたんですよ」

「そういうことか…ならこの毛布は置いていこう…くれぐれも自分を追い詰めすぎないようにな…すまないが私は仕事があるから頼むぞ」


 そういって、ワシワシさんはすぐに去って行ってしまった。

 忙しい仕事の合間にこうやって来てくれてるのは、それほどお嬢様を慕っている忠誠心の裏返しとも言えた。

 

「しかし、毛布か…これがあればまだ頑張れるぞ」


 毛布からは少しワシワシさんの匂いがした。

 

 ………

 

 ……

 

 夜ご飯を持ってきてもらったが、タカタカさんに状況は変わらないと伝えると残念そうな顔をされた。

 何か手を打たないとダメかな?それに僕自身も暇だ。

 

「お嬢様?何か話をしてもいいですか?嫌なら扉をたたいてください…」


 返答は無言だ。OKととらえてもいいだろう。

 まあ、扉をたたくのが面倒くさいだけという理由も考えられるが、ここでは無視しよう。


「僕ね…冒険者になる前は貴族だったんですよ…」


 僕の昔話だ。隠したい話ではあるが、仕方がない…これぐらいしかする話はないのだ。僕は面白い話をするなんて高等技術を持ち合わせていない。

 

「それで…ずっと箱入りで本を読んで過ごしていたんですけど、ある日家庭教師をつけてくれたんですよ…。その人が冒険者だったんですけどこれまた破天荒な人でね。調理室から勝手につまみ食いするわ、僕のお風呂覗こうとするわで…それを問い詰めても『私は興味があるものにどん欲なだけだ、普通のことだ』って言ってました、あはは…」


「……」


「それでね…ある日思っちゃったんですよ、この人が生きてきた世界ってどんなんだろうって、この人は何を感じてこういう考え方をするようになったんだろうね、そうしたらもう一直線ですよ、準備をして家出して遠く離れた街で冒険者になりました」


「……」


 反応はなかった。だがそれでもいい、これは僕の暇つぶしなのだから。

 暇も潰せて、少し眠たくなってきた。瞼が重たくなってくる。それに久しぶりの毛布もある。体が寝る準備をしているのだ。

 

「あはは…面白くなかったですか…それじゃ、僕は寝ま…」

「……続き、、」


 ん?重たくなった瞼が一瞬で軽くなる。

 

「……続き話しなさいよ」

「え、え?」


 眠気は吹き飛ばされているが脳の処理は追いついていない。

 

「もっと昔の話をしなさいって言ってるの!!」

「……はい!!」


 ここから朝になるまで僕の昔の話をずっとしていた。

 何が面白いのか分からないけどお嬢様も黙って聞いていた。


 …………


 ……

 

 それからどれほど話しただろうか…。

 気付いたら毛布にくるまって眠ってしまっていた。

 タカタカさんがお昼ごはんを持ってきてくれたのは覚えている。その次の夜ご飯は…なんとなく記憶にあるな…。実際、頭の横に焼き魚がおいてあったし、あたりも暗くなっている。

 すると扉の中から声が聞こえる。

 

「…ねえ…ねえったら!なんか話しなさいよ!」


 まだ眠たい…、ただでさえ昨日は語りつくして徹夜なのだ。

 

「ねえ!いないの!いるんでしょ…そこに!」

「……」

「ねえ!…ねえ!…え?…いないの?」

「……」

「本当にいないの…?」


 ガチャリ、ギィイーイ、大きな扉がゆっくり開いた。

 そして、扉にもたれかかっていた僕はそのまま倒れこんでしまう。

 

「わわゎあああ!!」


 そこで見えたのは真っ白な肌に白い髪、純白の翼に極めつけは真紅の瞳だ。この世のものとは思えないほど儚く、美しい存在がそこにはあった。

 

「なんだ…いるじゃない!!いるんだったら返事しなさ……っておとこぉお!?そっそういうことは先に言いなさいよ!!ばかああ!!」

「あはは…ずっと言ってましたよ…」

「そんなの信じられるわけないじゃない!!」


 真っ白な少女から出ている声は間違いなく今まで聞いていたお嬢様の声だった。

 それを見ても思うことは一つ…元気そうでよかった。

 しかし、反対にお嬢様の感情は収まらないようでさらに詰めよってくる

 

「それで、あんた男ってことは…うぅ!?」


 顔を近づけた瞬間、顔をしかめてきた。

 

「あんた、すごい臭い…」

「もう四日もお風呂入ってませんからね」

「私の部屋に備え付けの水浴び所があるから浴びて来なさい…」



▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 お嬢様の部屋には洞窟の岩肌から水が湧き出る水浴び所があり、他にもトイレなど一人が生活できる空間になっていた。物珍しくいろんなところを見ているとお嬢様から「はやく水浴びなさい!!」と言われた。

 

 言われた通りありがたく水浴び所を使わせてもらったが、四日ぶりにさっぱりした気分だ。まあ、結局服がこの一着しかないからあんまり意味無いかもしれないけどね。そして、少し奥まった水浴び所から出て、お嬢様にお礼を言う。

 

「ありがとうございます、さっぱりしました」

「いや、それはいいんだけど…あんた服それ一着しかないの?」

「ごめんなさい、これしかないんです…やっぱり、その…臭いますか?」

「臭うけど…まあいいわ。あ…し、だ…じょう…かな」


 お嬢様がさらにいっそう顔をしかめる。やっぱりきつい臭いなのか…ごめんなさい。しかし、そんな僕を見てお嬢様が少し優し気な態度を見せる。

 

「臭いは気にしないであげるから、そこに座りなさいよ」

「あ、はい…」


 しかし、優し気な態度は束の間…すぐに真面目な顔に戻る。

 

「それで本題に入るけど、あんた男ってことでいいのね…」

「ええ、そうですが…」


「あんたが天嵐狼が出た日に森を裸で走ってた男で間違いないのね?ていうか、顔似てるしあんたで間違いないわ!!」

「あ!あぁ!はい!!たぶんそうです」


 心を開いてもらうために初めに言ったのを完全に忘れていた。

 お嬢様の心は怒りだろう、自分をこの生活に追い込んだ張本人がそこにいるのだから。

 

「すみませんでした!!お嬢様、怒っていらっしゃいますよね?」

「え、え??怒り…なんで?」

「いや…それはお嬢様をこんな生活に追い込んだから…です」

「え?ああー、そういうことね…別に怒ってはいな……いや!!怒っているわ!!イカリシントウニハッスルってこういうことを言うのね!!!あーあ、ハッスルしちゃうわほんと!!ほんとにぷんぷんだわ!!」


 お嬢様は怒っていることをしきりにアピールしてきた。

 僕としてもこのまま性奴隷ルートは避けたい。どうにか、許してもらえないか…。

 

「ごめんなさい!!許してください!!」

「ふーん、ただで許してもらおうってわけ?」


 やばいこれ、なんか本で見たことある流れだ。その本では「何でもするので許してください」「なんでも?なんでもって言ったよね」…ズッポシ(はあと)って流れだったな…それは性奴隷ルートと一緒じゃないか!!


「じゃあ何したら許してもらえるんですか?」


 彼女は僕の裸のせいで翼を怪我してしまった。多少の覚悟はせねばなるまい。

 しかし、お嬢様から返ってきた言葉は予想と違ったものだった。

 

「とりあえず私の翼の治療と、飛べるようになるまでの補助をしなさい!!」

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