飛行訓練

やると決めたら、サクヤの熱意はすごかった。

痛みを伴う筋肉ほぐしには文句一ついわないし、むしろさっさとやれと言わんばかりの剣幕で攻めよって来た。

そのお陰で、大会まで5日というタイミングで、ストレッチや体力トレーニングなどの基礎訓練を全て終えることができた。


しかし、問題はその飛行訓練だ。


「んあぁ!!なんでまっすぐ飛べないのよ!!」


サクヤは右翼をかばうあまり体幹が傾くという癖がでていたのだ。また危うく右翼から地面に落ちかける。筋肉をさわった限りでは、問題なく飛べていてもおかしくはない状況だ。


「サクヤ、怪我はもうほとんど治ってる!あとは頑張るのみだよ!」

「わ…分かってるわよ…」


 上手く飛べないことに関してはサクヤも気にしているようで頬をぷくっと膨らませて反論してくる。

 そしてまた…サクヤは飛び出そうと羽根をばたつかせ始める。


「もっかい!もっかい挑戦するから見てて!!」


 サクヤの体は1メートル、2メートルと浮上するがそこまでだ。

 そこからはいつも通り2メートル、1メートルと高度を落としていく。もうサクヤが飛ぶのは無理なんじゃ無いかと不安が過る。いや…僕が諦めちゃだめだな…。


「頑張って!!サクヤ!!翼を振って!!もっと大きく」

「ん…ふぬぅうぅうう!!」


 地上から1メートルくらいのところで必死に耐えたまま移動を繰り返すが、ドタン!と落ちてしまう。これだけ落ちるとさすがにサクヤの体にも少しずつ傷ができ始める。


「サクヤ!大丈夫!?傷痛んでない!!」

「まだまだ!!!もう一回飛ばせて!!このままじゃ終われないわ!!」


 サクヤはその身に走る傷は何のその、諦めるの「あ」の文字さえ出てきていない。

 これだけやる気になっているのだ、僕にできることは何かを考える…精一杯サクヤを支えてあげるそれだけだ。


「サクヤ!一旦簡単な傷は全部直すからちょっと待ってね」

「そんなのは後でいいわ!今はとにかく飛ばせて!」

「ダメだって…どんな小さな傷でも大きな傷につながる可能性があるんだから…」


 サクヤの否定を否定で返して、薄く光る手を傷に手をかざし始める。傷跡を触られたサクヤは苦悶の声を上げる。


「ん……」

「サクヤ痛いけど我慢してね…ごめんね、でも必要なことだから」

 

 サクヤの切り傷を治すために中級魔法をかけ続ける。こんなにいっぱいの傷をして…今日何回サクヤに回復魔法を使っただろうか…?本当にサクヤは頑張っている…僕も頑張らなきゃ…。

 しかし、そんな思いも空回り…魔力切れを起こしてサクヤの胸の中に倒れてしまう。


「アル!?大丈夫?どうしたの!?」

「ご…ごめん…魔力切れ起こしたみたい、でも絞り出したら後2回くらいは魔法打てると思うからもう少し頑張るよ…」


 サクヤの胸の中から起き上がろうとするがうまく力が入らない。もう一度サクヤの胸の中に倒れこんでしまう。サクヤは僕を抱きとめてくれるが、その腕は震えているようだった。

 その、後は堰を切ったように感情があふれ出す。今日一日気丈に頑張っていたのであろう。


「アル…ごめんね…あたしが飛べないばっかりに…、アルをこんなに酷使しちゃってる、私に関わってから…アルに辛い事ばっかりさせちゃってる…」


 僕を抱きしめて頭に顔を埋めてくる。頭に僅かの湿り気を感じる。


「あたし、アルにこんなにしてもらって…何も返せてない!、してもらうばっかで、治療もクラモトの時も…何時も助けてもらってばっかり!あたしからは何も…何も」


 頭の上から慟哭が届く。サクヤの思いの丈をしっかりと噛みしめる。それと同時に僕がサクヤをここまで追い詰めちゃってたんだなとも後悔もする。

 ごめんね、サクヤって頭をポンポンと撫でる。


「サクヤと居ると楽しいよ…それにクラモトから僕を守ってくれた。大丈夫…大丈夫だよ、すぐ飛べるようになる」


 頭を撫で続けるとサクヤの震えも少しは落ち着いてきている。


「大丈夫…大丈夫だよ…サクヤ、僕を信じて!」

「ほんとに…?」

「ほんとだよ!僕の目を見て!僕が今までに嘘ついたことある?」

「ほんとにほんとに…ほんとのほんとう?」

「心配性だな…サクヤは!本当だよ!」


 サクヤは「分かった…信じる」とだけ言って僕を胸から解放してくれた。

 サクヤが心配そうに見つめてくるから、僕も精一杯見つめる。


 そのまま、1…2……10秒ほど?変な空気が流れ始める。あれ?


「アル…?」


 サクヤが目をつぶって唇を突き出してくる。

 あれ?あれ?これまじ?まあ、サクヤなら多少は…思わなくもないが、まだ会って二週間もたってないよ!え、こんなに早いものなの?


「アル…」


 サクヤの顔が近づいてくる。

 え?え?するのホントに?え?まじ?

 あと数センチほどだろうか、心臓の音がバクバクとなり始める。これは僕の心音だろうか…それともサクヤの?もう分からなくなってくる。


「アル…いただきます…」


 触れる…そう思った瞬間…バサァバサバサァアア!!


 二人の間を小さな蝙蝠が飛びぬけていく!!

 

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