愛しのあの子を助けに行くぞ!!_2

「ようやく二人きりになれたな…」


 目の前に立つのはクロスアルメカその人。

 多くの人を…多くのモン娘を恐怖に陥れることのできる真祖の吸血鬼。

 その吸血鬼はゆっくりと僕の目の前に腰を下ろし手を合わせる。

 

「まずは今日も得られるこの食事に感謝をしなければ…我が夫よ…ここに感謝の意を…」


 傲岸不遜な吸血鬼が恭しく頭を下げゆっくりと僕の首筋に顔を近づける。

 知っている…、吸血鬼は男の血をすすり干からびさせしまうのだ。だからこそ、この大地で恐怖の象徴と成りえたのだ。

 牙が僕の肌にかかる。牙からは吸血鬼の唾液が僕の肌に流れ出し、ピリピリと甘くしびれさせる。この痺れは牙が肌を切り裂くための麻酔である。

 恐怖が僕の体を支配する。

 

「や…やめ…てください…」


 なんとか、声を絞り出す。かすれたような声しか出ない。

 今一度…ペロリと柔らかい舌が僕の首筋を撫でる。甘いしびれが首筋を駆け巡る。

 

「え?おいし…」


 いきなり顔を離し目をパチクリとするクロスアルメカ。

 そして今度は喉元に舌を這わせる。ペロリペロリとあっちにきたりこっちに来たり。

 そのたびに恐怖のあまり僕は目を瞑る。

 しかし、いつまでたっても牙が僕の肌を突き破ることは無かった。

 

「うま!うま…!!」


 一心不乱に僕の首筋を舐め続ける。

 え?これはこれで怖いんですけど?

 

「え…ええと…?」

「ペロ!ぺろりん!ぺろりんちょ!!」


「ちょ…ちょちょちょっと!!やめてください!!」

「ぺろり…ぺろり…ん?ああ、すまんな…」


 何とか体をよじるようにして逃げる。

 そしてそのまま、心の中にある疑問をぶつける。

 

「な…なんでこんなことするんですか?ていうか血を飲むんじゃなかったんですか?」

「え…?血…?」


 しかしクロスアルメカはとぼけた顔をするのみ。

 

「いや!吸血鬼ってその名の通り血を吸い男を干からびさせるって聞きましたよ!!僕知ってるんですから!!」


「え…いや…?ああ…なるほど…そういう事か…」


 少し思案顔をしたもののすぐに納得したような顔をしてマントをばさりと翻す。

 マントの下は何も着ていないので丸見えだ。

 

「我らは誇り高き吸血鬼!!命などは奪わん!!…というか血も好きだけど…男の体液ならぶっちゃけなんでも良い!!まだお前の汗しか飲んだこと無いから分かんないけどたぶんそう!!」


 どや顔で恥ずかしい事を赤裸々に自慢。

 

「全然かっこよくないです!!なんにせよやめてください!!」

「良いではないか…我らはこれから結婚するのだぞ…ほぉら…」


 否定をしても、抵抗をしても、その端正な顔をニヤリと歪めて僕にべたべたと触れてくる。そして今度は…!!

 今度は…僕の口の中に指を突っ込んできた。そして今度は指で内頬を撫でたり…舌に沿わせたり…好き勝手だ。

 

「ほう…暖かいではないか…それに、ぬるぬると…はちみつを取ろうと右手を突っ込んでいるクマの気持ちとはこのようなものなのかもしれんな…どれ…一つここで味見をしてやらんとな…」


 ぐちょぐちょと口内をなぜ回した人差し指を掲げ…そのまま…ぱくりっ!!

 

「ぉほっ!!」


 人差し指を加えたまま小さく声を漏らす。ビクン!ビクン!と二跳ねした後にもう一度人差し指を僕の口元に持ってくる。

 

「何だこれは…もう一度だ♡美味すぎる…」


 そうはさせるかと思いっきり唇を引き結ぶ。絶対に侵入はさせるかと口に力を入れる。


「なんだ…そんなにいっぱい力を入れて…我が夫は愛くるしいなぁ…」


 僕の唇を一回くるりとなでる。

 

「そぉら…力を抜いて…」


 上唇をススゥ!

 

「すべすべだな、このエッチさんめ!」


 下唇をススゥ…人差し指でちょろちょろくすぐってくる。

 僕の抵抗はクロスアルメカの嗜虐心をくすぐるのみ、焼け石に水だった。

 

 いやむしろ…焼け石に油か?

 

「駄目だ、もう我慢ならん!!交尾だ!!交尾するぞ!!」

「え…は?ちょ…え?待って!!待ってよ!!いきなりすぎない?まずはお互いの趣味からとか!他にも!…ええと…」


 時間稼ぎをしようとするが聞く耳を持たない。

 

「知らん!!もう遅い!!結婚だ!!交尾だ!!」

「ちょ…ま…ってわぁああ!!?」


 マントの中に僕の体ごと引き入れ、衣服をその爪で引き裂いていく。

 その柔らかい体で僕のことを押さえつける。


「あの…カームダウン、アル?もう一度考えよう…本当にいいの?初めては愛のある方が気持ちいいって言うよ?ねえ?」


 体が身動きを取ることができないため、もう説得することしかできない。

 しかし、クロスアルメカの目はもうハートマーク僕の声に耳を貸すことは無い。

 

「ふしゅううぅぅ!!ふしゅうううう!!<<*%&’(#はn「%$¥ああああぁぁぁあああ>>!!!」


 派手な鼻息、声にならない声を上げながら僕にのしかかってくるクロスアルメカ。

 僕の衣服はほぼ一つも残っていない。

 

「レイさん…サクヤ……」

 

 体は許しても、心までは…そうまで覚悟する。

 

 

 その瞬間。

 

 

 どぎゃああああぁぁああああああんんんぅぅぅ!!!!

 轟音と共にクロスアルメカの体が吹っ飛ぶ。

 檻を破り、木を数本なぎ倒し、あたりは土煙を上げている。

 

 そして僕の腕の縛りが解放される。

 


「大丈夫ですか?」



 そこに立つのは蒼髪にカチューシャ…漆黒の鎧、ツバルク・ロスベリー

 刃渡り80センチの刀を構え、僕の前へ出る。

 

「つ…ツバルクさん!?な…なんで…ここに…?というか本物!?」

「ええ…ツバルクですとも、あの少女に連れていかれるアルノー君を心配に思って…」


「え?ええ!?あれからかなり経ってますよ!?もしかして…ずっと探してくれてましたか?」

「ま、まあ…それなりには…」


 顔を赤くしながら歯切れ悪く返答するツバルクさん。なんで…?

 しかし、そんなものも束の間すぐさま顔を険しくする。

 

「そんなことよりもまた来る…、私の後ろを離れないで!」


 徐々に土煙が晴れだす。

 折れた木が弾かれ、その中に薄い人影が見える。クロスアルメカだ。

 

「かましてくれるではないか?生娘よ…」


 姿は無傷。その黒きマントがいくらか汚れているのみ。

 その右手に紅き光を纏い、怒りの表情を浮かべている。

 

「我はお楽しみの時間を邪魔され、怒っているぞ…覚悟しろよ」

「たわごとは止めろ…怒っているのは私の方だ!」


 ツバルクさんは上段に刀を構え直す。

 

「私がアーノルド君がアルノー君が…と迷っている時に勝手なことをして絶対に許さない…」


 ズバシュゥウ!!切り裂く一閃!!

 それを紅く光る右腕で受け止めるクロスアルメカ!!

 

「いきなりではないか?」

「天誅だ…生きて帰れると思うなよ…」


 

 瞬間、剣線が所かしこと飛び交う。そのたびにクロスアルメカの体が切り裂かれたかと感じる。しかし、実際はそんなことは無くすべてを紙一重で躱している。

 二人の姿を捉えることすら難しい。

 

「ぐらぁあああ!!!」

「しぃっ!!危ないではないか!?」


「当たってろよ!!この吸血鬼!!!おらあああもういいっぱああああつ!!」

「すううう…ん!!にゃろおおお!!今度はこっちからだ!!」


 大振りな袈裟切りを空に浮遊することによって躱したのちにカウンター!!!

 その右手がツバルクさんの脇腹に突き刺さる。

 ズギョオオオオオオオン!!今度はツバルクさんが吹き飛んだ!!

 

「んんあああ!!そんな拳ががロスベリー人間にぃぃいいいきくかあああああ!!!四刀一閃!!」


 片足で踏ん張り地滑りをするが何とか、数メートル。そのまま、身を翻し切りかかる。

 一刀ではないでは無い。同時に四刀、凶刃がクロスアルメカの両手両足に向かう。

 

「んんああああ!!!」

 

 クロスアルメカは叫び声と共にその剣線を一つずつ抑えていく。もちろん無傷ではない…手首ではなく、防御力の高い背中で受ける、足は紅い光を纏い防御力を上げる。何とかしのぐといった感じだ。

 

「貴様の剣技見切ったぞ!!!覚悟しろ」


 ツバルクさんの剣技を耐えきった後に生じた隙を刈り取りにかかる。

 爪にまとった紅い光がツバルクさんの首を狙う。

 切り裂いた!?

 

 …そう思われた…

 

「いつから剣が本命だと思っていた?私の本命はこの左だぞ?」


 瞬間、クロスアルメカの顔が歪む。脇腹にツバルクの左の拳が入っていた。

 あの、剣閃をすべておとりにした左フック。クロスアルメカには避ける術はなかった。

 

「かっはぁ…!!」


 クロスアルメカは息も絶え絶えにツバルクさんから何とか距離を取る。

 

「はぁ…はぁ…貴様…なにもの…だ?吸血鬼を…我をここまで圧倒するとは本当に人間か?」


 驚愕の瞳でツバルクさんを見る。ツバルクさんの方は息こそ切れているが、その表情には余裕がある。

 

「当たり前だ…どう見ても人間だろう?」


「…はぁ…くふぅ…貴様の名は…?」


「ツバルク・ロスべりー、ただの上席冒険者さ…」


「くはぁ!!…なるほど…どおりでこの強さか…!?そうかそうか…」


 ニタリと嗤うクロスアルメカ…。

 

「これは…先ほど夫の唾液によって蓄えたエネルギーを使わないといけないな…」


 クロスアルメカの闘気が膨れ上がる。

 ツバルクさんも眉間に皺を寄せる程だ。

 

「うぉおおおおおおおおおおおお!!!」


 力を込める度、クロスアルメカの存在感が高まる。

 

 

 …と、同時に…

 バサバサバサァ!!!背後から羽根の擦れる音が聞こえる。

 どかぁ!バキ!!枝が折れようとも木にあたろうとも関係ない。音は真っすぐに僕の元へ。

 

 そのまま、どかあああああん!!何かが僕の体にぶち当たる!!

 

「あるう!!助けに来たわ!!」

 

 倒れた僕の上に伸し掛かって来たのは、汗だくの少女。


 ―サクヤだった…。

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