応援

 

 ついに鳥人レースの当日である。

 このハーピィの洞穴から通じる、広場…ここがスタートであり、ゴールでもある。

 そしてこの広場には百を超えるハーピィが集まっている。

 

 サクヤはこの中で一番を取らなければいけないのか…

 

「サクヤ、大丈夫?緊張してない?」

「……」


 サクヤに声をかけるが集中しているのか返答はない。サクヤの手は微かに震えている、これは武者震いだろうか?それとも…

 

「サクヤ!サクヤ!!」

「…ん?何よアル…」

「その顔…大丈夫なの?サクヤ?」

「ん?ああ、ウォーミングアップに力が入っちゃって…大丈夫よ」


 言葉は震えているし、顔色も悪い。

 口ではどれだけ強がっていても、この子の心は鋼ではないのだ。

 

「サクヤ…大丈夫だよ、自分を信じて」

「ん、ああ…ありがとうね」

 

 僕のエールに対しても身が入らない返事を返すサクヤ。この調子じゃ優勝など夢のまた夢だろう。それでも、やっぱりサクヤに優勝してほしい。みんなを見返してほしい。

 そしてそのためにどうすればいいだろうか…それをこの一週間ずっと考えてきた。ファウランにも相談に乗ってもらった。ワシワシさんにもタカタカさんにも!

 

 その中で一つの答えが出た。

 僕の全身全霊の応援をサクヤに届けること。それにはどうすればよいのか?ファウランも言っていた簡単なことである。

 

『お嬢が怪我するほど大好きな葉っぱ姿で応援してあげれば一ころネ!!』

 

 ファウランの言葉を思い出しシャツ、ズボン、靴、身に着けているものを一つずつ外していく。一つ外すごとに周囲から歓声が上がるが関係ない。これはサクヤに向けたものなのだ恥ずかしがる必要などない。

 そして、また一枚、また一枚、あ…脱ぎすぎた。

 

「ぶっほぉ、なんだ?鼻から血が…!!」

「担架だ!担架持ってこーい!!」

「優勝候補の一人のヤマセさんがなんで!?ってぶほぉ!!」

「か…神はここにおられた…」


 周囲のハーピィが鼻血を出してバタバタ倒れてゆく。

 あ…やってしまった…。まあ…いいや。深い事は考えないことにして、脱ぎすぎた葉っぱをもう一度つける。

 そして葉っぱ姿が完成したところで、後ろを向いているサクヤを呼ぶ。

 

「サクヤ!サクヤ!こっち向いて!」

「なに…アル…?ってふぁええええ!?」

「サクヤどう…かな?」

「あう!あ…ひゃ…にゅ…こ、こ…け?」


 サクヤは声を発せず、鶏みたいな鳴き声を出すばかり。

 そんなサクヤをゆっくりと抱きしめて頭を撫でてあげる。

 

「大丈夫だよ、サクヤ…落ち着いて…いつも通りだよ」

「うにゅ…か…くぅ…」


 そして、そのままサクヤの額へと唇を近づける。

 唇からはサラサラな感触が伝わる。少し汗の味がした。

 そしてその唇を離し、耳元で囁く。

 

「サクヤ…ゴールで待ってるから、一番で帰ってきてね」


 サクヤは顔を真っ赤にして口をパクパクさせることしかできないみたいだ。そういう姿を見てるとなんか少し恥ずかしくなってくるな…。

 その時、この広場全体にアナウンスがかかる。

 

<<もうすぐ規定のスタート時間です!選手以外の方はスタート場から退出してください>>

 

「じゃ…じゃあ、またあとでね…サクヤ!!」


 これでサクヤの応援はできただろうか?しかしもう時間であるため、僕はこれ以上ここにいることはできない。心配だが後はサクヤに任せよう。

 サクヤに背を向けて歩き出す。

 

 

 ………

 

 

 ……

 

 

 「僕にできることはもうない、後はファウラン達の待つ応援席で祈るだけだと」広場を抜け、階段を上がっている途中…

 

「サクヤ…勝ってくれるといいけど…ムグゥ!?…」


 背後から羽交い絞めにされ、口をふさがれる。

 

「おい…静かにしとけよ…」

「このままてめえの首折るぐらいわけないんだからな…」


 顔を何とか確認すると、クラモトの部下ではないか!?

 まさか、僕に対して攻撃を仕掛けてこようとは夢にも思わなかった。あんなにも、みんながクラモトに気をつけろと忠告してくれたのに。後悔が胸を打つ。

 両手は塞がれ、口にも布が当てられている。足しか動かない…。

 クラモトの部下の足を踏んづけてやろうと思ったがサクヤの言葉を思い出す。

 

『ハーピィの足は狩りに使ってるから固くなってるの…』


 駄目だ…現状打つ手はない。だから、この二人も僕の腕と口を抑えに来たのだろう。

 そうしているうちにも意識は遠くなってくる。

 そんな僕の様子を二人はニヤニヤと下卑た笑顔で覗き込んでくる。


「流石!クラモトさんの用意した薬だぜ…効き目抜群じゃないか!?」

「よし…こいつを山に運ぶぞ」


 薄れゆく意識の中で一つの言葉が胸に浮かぶ…

 

 サクヤ…ごめん…、足引っ張っちゃう…な

 

 ここから、僕の意識は途切れた。

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