あの子の一面

 

 冒険者組合に向かう僕の足取りは重い。昨日のお風呂で倒れて以降から今日の朝までビイプの体温が下がらないからである。

 

「大丈夫かなあ?」


 自分の正直な思いが自然と口を出る。

 お風呂で倒れてから数十分後に目を覚ましたビイプの目はとろっとろに蕩けていて焦点が会っておらず、周囲を確認しだした。そこで「も…もしかして…体拭いて、服着せてくださいましたか?」と話し出した。

 そこからであろう、顔が上気しだして目に見えて体全体が震えだした。

 

 だから、昨日はつきっきりで看病したのだ。ビイプがから、夜起きて僕もトイレの前までついていった。だってトイレで一人で倒れられても困るしね。まあトイレに入ってもすぐ出てきたのだが…。

 

「本当は今日も冒険者稼業休んで看病したいんだけどな。でもなあ~」


 朝になってすぐに冒険者組合に行くことを勧めてきたのはビイプである。プルプルした足で僕を玄関まで見送って「私はムラムラが…あっ!いや!むかむかが収まらないだけなんで大丈夫です!安心して冒険行ってきてください!なるはやで!!」って言ってくれた。

 

 これも兄の足を引っ張りたくない妹の意地みたいなものだろうか。そう思うとあのドワーフの少女がいじらしく感じられる。今日はぬいぐるみでも買って帰ってあげようか。

 幸いここの近くに少女の好みそうな小物屋があるのを知っている。少女ご用達のお店に行くのは少し恥ずかしいが、僕ぐらいの体の大きさなら何とか少女でも通るだろうからばれないだろう。


「えっと…こっち曲がって…確かここの通りの突き当りに……あった!あった!」


 木造りのアンティーク調の雰囲気の良い店だ。ショーケースの中には造詣の深いオルゴールや、デフォルメされたテディベアなどが所狭しと並んでいた。

 

 その横から見える窓ガラスから見える店内は…見える店内は…ん?

 自分の中ではそこにいるはずのない人が見えている。切れ長の目に蒼いさらりとした髪、灰色のカチューシャ、それに特徴的なあの真っ黒な鎧――ツバルクさんだ。


「ん?見間違いかな?僕も看病で疲れたかなあ?あはは」


 目をごしごしして、もう一度窓ガラスから見る。まだいるではないか。

 そんなわけないと思い店内に入って確認してみる。いや絶対にそうだ。絶対にツバルクさんだ。天嵐狼を狩ったことによって緊急の仕事も終わったから王都に帰ったと思っていたが、こんなところにいるとは思いもしなかった。

 

「しかも、猫のぬいぐるみをもって、一生懸命に向き合ってるし…」


 真剣な表情で猫のぬいぐるみに向き合うツバルクさんに聞き耳を立てる。

 

「…そうか、おまえも婚約者に逃げられたか…」

「にゃにゃにゃにゃ」

「私もそうなんだ…逃げられたんだ…あんなに文通しあった仲なのにな」

「にゃんにゃん♪」

「なんだ、慰めてくれているのか…おまえも辛いのになニャン太郎」

「ニャンニャンニャニャ!」

「独り者同士仲良くしようぜって?、可愛いやつめ、だが私はその婚約者が忘れられないのだ。はは!悪いな…」

「にゃにゃん?にゃにゃんにゃん?」

「え?どんな人だって?そうだな優しくて愛嬌があって、姉からは外見もとにかく素晴らしいと聞いている。もしかしたらあのアルノー君にも匹敵するかもな…」


 とんでもないものを見てしまったし聞いてしまった。あのツバルクさんがあのニャンコのぬいぐるみとお話してる。<<<で…>>>

 しかも、内容が婚約者に逃げられた話なので、二重に盗み聞きが申し訳ない。さすがに声をかけないと!でも話に夢中だしな。

 

「にゃにゃにゃ!」

「なんで姉は婚約者の顔知っているのにお前は知らないのかって?家族婚といってな。その男性が私の家全体に嫁ぎに来る制度なんだ。男少女多の社会じゃ珍しくもないさ」

「にゃにゃにゃん♪」


 あの威風堂々としたツバルクさんがにゃんにゃん言ってるのを見てると少し可愛らしく見えてくるが…。

 いや、でもだめだ!さすがにこれ以上はやばい!意を決してツバルクさんに近ずく。


「あの~ツバルクさん?」 

「にゃーにゃんにゃー!」

「あの~って聞こえてないな」

「にゃんにゃんニャー!!」

「あの!!!!ツバルクさん!!!!」

「……ん?どうした?ってギニャ゛ヤアア゛アァアーーーー!!!!」


 僕の存在に気付いたツバルクさんは背中から槍で疲れたように飛び上がった後、顔を真っ赤にして床に倒れ伏してしまった。

 床にうずくまってか細い声で言葉を発する。

 

「私はツバルクではありません」

「いや…その黒い鎧…」

「私はツバルクじゃないって言っている」

「え?その~僕は気にしませんよそうゆうの…」

「違う、通りすがりの一般人だ」

「あの…にゃんにゃん言ってるツバルクさん可愛かったですよ」


「うわああああん!殺してくれええええ!!!」


 ………

 

 ……

 

 …

 

 目は赤く、青い顔をしたツバルクさんと一緒にソフトクリームを食べている。あれから、ずっと「大丈夫です」「僕も好きですよぬいぐるみ」を繰り返していたらなんとか少し話してくれるようになった。良かった良かった。

 

「あの、それで私がぬいぐるみと…その…にゃんにゃん話していたのは秘密にしてくれるのか?」

「言いませんよ、普通に…」


 さっきからしきりに心配そうにぬいぐるみ趣味に関する質問を繰り返している。


「いや、男性ってこういう幼女趣味みたいなの否定する傾向があるじゃないか」

「そんなことありませんよ」

「いーや、あるな!私が社交界の時にこの趣味を言ったら、ドン引きして男は全員去って言ったよ」

「そうなんですか、でも僕としてはツバルクさんの可愛らしい一面が見れて嬉しいくらいですよ!あのかっこいいツバルクさんがぬいぐるみ好きだなんて親近感沸いちゃいます!」


 ぬいぐるみ趣味変じゃないか?→大丈夫ですよ、の問答が一生続きそうだだったので自分の考えをはっきり言うことにした。気にすることはないと!

 そういうと、ツバルクさんはうっすら笑ってくれた。

 

「そんなこと言ってくれたのは私の婚約者以来いなかった。ありがとう」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

「でも、そんなお世辞を使わなくてもいいんだ。ほんとは気持ち悪いだろこんな女」


 もう完全に陰のモードになってしまっている。こんなツバルクさんは流石に可哀そうだ。僕はツバルクさんにとって部下の下っ端のそのまた下っ端みたいなものなのだ。そんな奴に気持ち悪いと思われてると勘違いしたままでは仕事にも支障が出るだろう。どうにか僕の言っていることが本当だと証明してあげたい。

 

 そんな時ツバルクさんのソフトクリームが目に入る。そうだ!

 

「あの、ツバルクさん!その味美味しそうですね!っパクリ!」

「あ…!え?ちょっと!」

「モグモグ、ごくり…どうですか?気持ち悪いと思ってる人にこんなことしますか?」

「こんなことって、え?その…<<間接キッス>>!!?」


 みるみる、青い顔が赤く染まっていく。申し訳ないがちょっと面白いな。

 

「男が軽々しくこんなことをするんじゃない…襲われるかもしれないぞ」

「いえ、ツバルクさんを信頼してるからこういうことをしているんですよ!」


 強気に責める。こういう時は攻撃あるのみなのだ。するとツバルクさんは胸を抑えだす。

 

「うぐぅ!本当にこういう所まで似ている…」

「似ている…?」

「いや、こういう人懐っこい感じは私の婚約者にそっくりなんだ…」


 また少し陰のモードを発し始めた。

 どうやら、僕に逃げた婚約者を重ねているらしい。できたらこれも元気にしてあげたいけどな…

 

「あの…僕のアイスも食べます?食べかけですけど…」

「ああ!もらお……いや…やめておくよ…さすがに気持ちが抑えられないかもしれない…浮気は駄目だ。その、アルノー君に魅力がないわけじゃないんだ…」


 一瞬嬉しそうな顔をした直後に、寂しそうな顔をしてしまった。

 ツバルクさんは身持ちが固い人だ。逃げたらしい婚約者に対して色々操を立てているのだろう。

 

 僕では、どうしようもないのかもしれない…そんな時後ろから声がかかる。

 

 

 

「おおー!こんなところにいたカ!!探したヨ!!」

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