行くぞ鳥人レース

 

 部屋に戻ったらすぐに泣き崩れるサクヤを抱きしめてあげた。

 サクヤも何も言わずに僕の胸に顔をうずめる。


「今は存分に泣いていいからね」


 サクヤは何も言わずにずっとすするような声を上げている。

 服に染みる少しの水けを感じながら、サクヤを抱きしめ続ける。

 今はこの悔しさを感じていよう。


 ……

 

 …

 

 どれくらい経っただろうか…腕の中のサクヤの鳴き声は収まっている。

 

 すると、サクヤの顔がゆっくりと上がる。

 潤んだ瞳が僕の顔を見つめる。

 

「アル…ありがとうね…」


 そしてそのまま二人は見つめあう。

 

「アル…優しくするからね…」


 サクヤの翼が僕の胸からベルトへと降ろされていく。

 二人はそのまま一つに…

 

「ってなるか!?」


 サクヤの翼を僕のベルトから剥がす。

 その行動にサクヤは驚きの表情を浮かべる。そのままハッとして自分の翼を見つめる。

 なんとか分かってくれたようで良かった。これがレイさんだったら…ブルっ

 

「ご!ごめんなさい!あ…あたし…」

「そ…そうだよ…おかしいよ、サクヤったら、あはは…」

「そ…そうよね…間違えたわね、『優しくするから』なんて」

「え?」

「『アル…今心がぐちゃぐちゃなの激しくしてほしい気分だわ』とか?」


 あれ?サクヤ…ほんとにどうしちゃったの?

 

「あれ…これも違ったかな…他には、ええと、『アル!私とラブロマンスを奏でて欲しいの!!』」

「いや、だからその…本当にどうしちゃったの」

「うぇ!?これも違うのええと…ええと…『私の上の涙は止まったけど、下の涙は止まらないの…でも下の方はじゃじゃ馬だからしっかり躾けてあげてね?』」


 大変なことになってしまった。サクヤが壊れてしまった。

 目の下には涙の跡があるのに、目が血走って涎もだらだらではないか。

 

「あの…僕はえっちするつもりはないよ」


 死刑宣告された被告人みたいな顔をするサクヤ。

 いや…目の前につるされた人参を取り上げられた馬といった方が正しいか。

 まあ、どちらでもいい。ひどい顔をだ。

 

「はあ!?ここまでやっといて!?絶対最高の流れで処女卒業できる流れだったじゃない!!嘘よね…?」

「いやいや、流れとか言われても…僕だってそんなことしたことないし、やったって絶対上手くいかないって…ね、止めとこうよ」


 腕力で押し倒されれば、僕に抵抗するすべはない。

 懸命に説得を続けるが、サクヤはそんなもの聞いちゃいない。

 鼻息はふぅううと荒い。

 

「は!?初めて!?なら尚更よ!!ああ!!いいから…もう!さっさとしなさい!」

 

 サクヤの興奮は最高潮の様だ!息が荒い、もう他に形容しようがないほど荒い。

 そう言ってベッドにごろんと倒れてしまった。

 え…いや…なんで?絶対に『やられる!』と思って身構えた僕は肩透かしを食らった気分だ。

 

「さあ、私に思うがままのことをしなさい」

「え…いや、その、え?」

「縄でも蝋燭でも好きなものがベッドの下にあるから、もう頭がぐったぐったんで快感が欲しいの。快感が欲しすぎて体が一ミリも動こうとしないの!」


 い…いや、快感が欲しいなら押し倒したりするんじゃないの!?っと心で突っ込む。いや、でも…何もしてこないならそれはそれでいいや。

 そのままサクヤの興奮が収まるのを待つ。

 

「な…んで、何もしてこないのよ!!も…もう無理!!」


 そして、サクヤは下半身に掛け布団を掛けてもぞもぞしだした。

 そして、その時に部屋の扉がバンッ!!と開く。

 

「お嬢!!大丈夫で…すか?あれ?」


 ワシワシさんは目をぱちくりとした。


 ………


 ……

 


 僕で見抜きしようとしていたサクヤはワシワシさんの登場によってなんとか落ち着かされた。

 サクヤは納得いってない目でじっと僕を見てくる、サッサとワシワシさんを追い出せって顔だ。この目線に答えたら負けだ。必死に目をそらす。

 そんな様子にも関係なく、ワシワシさんは震えた声で話を続ける。。

 

「そ…それで、族長に大見え切ったって本当か?い…いや…冗談だよな、言ってたら今ここいないもんな…いや~すまんな変なこと聞いて」

「ええと…たぶんそれやっちゃいましたね、あはは…」


 そんな、ワシワシさんの動揺に僕は乾いた笑いで返すことしかできない。

 ワシワシさんは目を見開いている。

 

「はぁ!?それでどうなったんだ?殺されなかったか!?いや…誰が君の身代わりなったんだ!?」

「何もありませんでしたよ…ただ、サクヤを『鳥人レース』に出すとか言ってましたけど」


 そういうと、ワシワシさんは頭を抱え悩みだした。

 『鳥人レース』って何なのか知らなかったけど、そんなに危ないものなのか…

 

「それで『鳥人レース』って何なんですか?てっきり運動会みたいなものって思ってたんですけど…」

「ああ…そうか、確かに運動会みたいなものだよ、でもな問題は誰が言ったかだ…族長が出ろって言ったんだろ……、それはな…出て優勝しろってことだ」


 真面目な顔をしてワシワシさんが続ける。

 

「族長はな次期族長を任命して、鳥人レースで優勝させるんだ。歴代の族長はそうやって紡いできた…それにな!族長は2週間前に生意気なAランク女冒険者を半殺しにした…そんな気性の荒さだ…ここで優勝以外しようものならどうなるか私でもわからない」


 そういって、ワシワシさんは体を震わせ始めた。

 そうか…それで…。絶対に優勝しなければならないのか…。いやでも…と思わないでもない。

 

「でも、サクヤなら…無理な話じゃないでしょ!!ワシワシさんも言ってましたよね!サクヤは立派な戦士だったよって!!」


「確かにそうだ。お嬢は優勝できるポテンシャルを持っている…しかしな…勝負は一週間後だぞ!怪我はどうするんだ!!」


 確かに、あと一週間で怪我を直して…飛べるようにして、以前よりも早くなって。かなり、きつい話なのはハーピィでない僕でも分かる。

 そんな状況に追い打ちをかけるようにワシワシさんが言葉を続ける。

 

「それにな…前回優勝者の<<クラモト>>も今年出場するつもりらしい…あいつには怪我する前のお嬢様でも勝てるかどうか…」


 絶望的な状況に僕もワシワシさんも黙り込む。

 勝ちようが無いんじゃないかって…そんな悪魔の自分が囁きかけてくる。

 

 そんな中サクヤが口を開く。

 

「ねえ、鳥人レースとかいいからワシワシ出て言ってくれない。さっきの続きしないといけないの!ほら、お母様との対談という困難を乗り越えた二人は愛し合って…みたいのあるじゃない」


 呆れるほどサクヤはいつも通りだった。

 

「いや…だからね…いくら対談を乗り越えたって言っても、鳥人レースが残ってるでしょ…」

「え?それって、鳥人レース優勝したらえっちしてくれるってこと!?」

「はぁ!?」


 サクヤは突拍子もない要求をぶつけてくる。

 ワシワシさんも呆れた顔で動向を見守っている。

 

「そりゃそうよね!!優勝するからにはそれなりのご褒美がないとね!!」

「はぁ!?ええと…」

「それなら、楽勝よ!クラモトの一人や二人私がぼこぼこにしてやるわ!!アル!あんた緊縛プレイや言葉攻めの練習しときなさいよ!!」


 サ…サクヤ…これを狙ってたな…。ず、ずるいやつだ…。

 それにワシワシさんも何とかしてくれ顔で僕を見てくる。

 

 それなら、ここはうやむやにしてサクヤに頑張ってもらって、あとでしらばっくれよう。

 

「そ、そう、サクヤ!頑張ってね!!」


 こうして僕たちの鳥人レースへの道は始まった。

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