脱出不可能?

 今現在、意識が戻らないのは、ダニー君だけらしい。他は、骨折が数人と打撲。王国や帝国の人の中には外傷を負った人もいたが、魔法で止血したらしい。


「あなたたちからもたらされた、人体に関する情報が役に立った」と、ヴァレリーズさんは言う。


「水属性魔法で血流を止める、あるいは凍らせて血を止める、そんなことを精密に行えるようになった」


 これまでは、もっと大雑把な方法だったらしい。


「もっとも、骨折は未だに魔法では治せないがね」


 そりゃそうか。ただでさえ、人体には魔法が作用しにくいのだそうだ。私、というか私たちには全然分からないから、そうなんだとしか言えないのが、ちょっとだけ悔しい。

 とりあえず、(ダニー君は心配だけど)怪我人もそれほど重症じゃなくて良かったけど、やらなきゃいけないことはまだまだたくさんある。まずは現在地の確認。


「この島――島なんでしょうね。この島の位置や規模は判明していますか?」

「担当に説明させよう」


 そう言って、艦長は無線で海自隊員のひとりを呼び出した。浜辺で作業していたその隊員は、すぐに私たちのところへやってきた。彼は、身振り手振りを交えながら説明を始めた。


「太陽の角度から計算すると、テシュバートからおよそ千二百海里、二千二百キロメートルほど南だと思われます。夜になって星が見えれば、もう少し詳しくわかるでしょう」


 大体、東京からサイパンくらいの距離か。ずいぶん流された気がする。そうでもない?


「テシュバート基地との連絡は?」

「残念ながら。通信機器は全滅です。今、修理をさせていますが、見込みは薄いと思われます」


 となると、艦を修理して自力で戻る方が早いわね。なんにせよ、ヴェルセン王国とファシャール帝国、両方の人たちに説明しなきゃいけない。それは私の役目だ。


「島の大きさは、南北に三キロメートル、東西に二キロメートル程度、我々のいるこの浜は、島の南南東で、中央からやや北寄りに標高千メートルを超える山があります。頂上はカルデラ湖、南側の中腹に火口と思われる陥没部分があります」


 くわしいわね。EH-1が使えないのにどうやって調べたのかしら。まぁいいわ。


「保谷艦長、艦の修理と帰投までのスケジュール出してもらえますか? おおよそで構わないので。私は調査隊を編制して島の調査に……」

「うーん、そのことなんだが」


 私の質問に、保谷艦長はなぜか口ごもる。


「修理は2,3日で終わるだろう。艦を水平にできれば、EH-1も使える……のだが、な。現状では出航させられんのだよ」

「え?」

「島の周囲を、大海蛇が回遊しているんだ」

「……なにそれ?!」


□□□


「おう。俺がこの目で確認した。この島の周りを、二匹がグルグルと泳いでやがる」


 仕事があるという保谷艦長と別れ、私とヴァレリーズさんは、皇帝に話を聞きに来た。サリフ皇帝御自らが、クライ君で偵察してくれたらしい。島の大きさが詳しく分かったのも、皇帝が島の全景を撮影してくれたから、らしい。

 ちなみに、クライ君で帝国まで飛んでいくのは、途中で休憩する場所があるかどうか不明なため却下した。皇帝陛下もご納得いただいたようで、その点はほっとした。


「皇帝陛下は、大海蛇の行動について、何か心当たりはありますか?」


 ヴァレリーズさんの質問に、皇帝はふむと少し頭を捻った様子を見せたが、すぐに「ないな」と言った。


「ジョイラント師であれば、何か思いつくかも知れんな。師はまだ目覚めぬのか?」

「えぇ」

「そうか。少し、見舞ってくるかな。サクラ、失礼するぞ」


 皇帝は私たちを残して、ダニー君のところへと歩き去った。あれ? 意外と義理堅い?


「性格的には問題があっても、皇帝に上り詰めただけのことはある、ということです。気に入った者には気を掛けるのでしょう」


 と、ヴァレリーズさん。なるほど、ダニー君は皇帝に気に入られたのか。ヘッドハンティングされないように気をつけよう。……それも、彼が意識を取り戻せばの話だけれど。

 だめだ、どうしてもネガティブな感情が湧き出してくる。しっかりしないと。


「えぇと、島から出られないとなると、しばらくこの島で暮らすことになりますね」

「そうだね。そのために――おぉ、ちょうど帰ってきたようだよ」


 ヴァレリーズさんが指さす方向を見ると、樹木の間から銀色の人影が浜辺へと出てくるところだった。<ハーキュリーズ>だ。一人、二人……四人の<ハーキュリーズ>が姿を現したが、後ろの二人の間に何かある。目をこらしてみると、二人の<ハーキュリーズ>が肩に木の棒を担いでいて、その棒には大きなものが……獣だ。四本足の獣が棒に括り付けられているんだ。


 私たちが近づいた頃には、獣は浜辺に横たえられていた。<ハーキュリーズ>の一人が手を挙げて挨拶してきた。フェイスプレートを上げると、日野二尉だった。


「良かった。起きたんですね」

「はい。ありがとうございます。ところで、これは?」

「島内の探索中に遭遇した獣です。猪に似ているんで、食べられるかなと思って」

「ふむ。確かに猪だね。でも、大きいな。普通の猪は半ヴェルもない」


 私の肩越しに、ヴァレリーズさんが覗き込んで呟く。多分、ヴァレリーズさんが言う“猪”と地球の“猪”は、別の種だろう。でも、猪と聞こえるということは、ほぼ同じものと考えていい。だとすると、地球の常識からしてもこの個体は大きい。体長が二メートルはありそうだ。

 大きな猪の周りに、人が集まってくる。日本人も王国民も帝国民も、みな驚いた表情を見せている。


「この島固有の種、ということかしら」

「島嶼化、島嶼効果って奴だね」


 いつの間にか現れた御厨教授が、巨大猪を触りながら答えてくれた。


「とうしょか?」

「あぁ。大陸から離れた島、つまり島嶼において、小型の生物は巨大化し、大型の生物は小型化するんだ。これを島嶼化という。地球あっちでは、島嶼化で小型化した象の化石なんかも見つかってるよ」


 つまり、ここはかなり隔絶した環境にある、ということだ。


「これだけ大きければ、あと二、三匹捕まえれば、全員が喰うには困らんな」

「食べられるんですか? 教授?」

「十分に火を通せば、問題ないだろ。肉だし。一応、サンプルで検査するけどね。榎田君。血液採取と肉片、あぁ適当でいいよ。サンプル取って船に戻ろう」


 調査する機材は、<らいめい>に置いたままらしい。動かせない機器もあるので当然か。


「そうだ、日野二尉。獣がいたんだから、魔物クリーチャーズもいたんじゃない? そっちも巨大だった?」


 榎田さんを手伝っていた日野二尉が、立ち上がって私の方を振り向いた。


「それが、不思議なことに獣はたくさん見かけましたが、魔物クリーチャーズは一匹も確認できませんでした」

「え? 一匹も?」

「えぇ。半日以上探索していましたが、一匹も。この島には、魔物クリーチャーズが極端に少ないか、あるいはまったく存在しないのかも知れません」


 魔物クリーチャーズがいない島か……。


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