孵化を見守る
どたばたとした数日が過ぎた。
私は、ヴァレリーズさんと日野二尉、ダニー君、それに数人の護衛(断ったのに無理矢理着けられた)とともに、崖の上に作られた仮説の小屋から谷の様子を観察していた。谷の中には、三個の卵が鎮座していた。以前と違うのは、その卵たちがユラユラと揺れていることだ。卵を隠していた樹木の屋根は、<ハーキュリーズ>の三人が二日かけて取り払った。
「もうすぐ、ですかね?」
<ハーキュリーズ>装備では無く、陸自の制服姿の日野二尉が聞いてきた。
「でしょうね。ほら、あんなに動いている」
「王国の東に住む河大亀の孵化も、あんな感じですよ」
これはダニー君。目をキラキラさせて卵の様子を見ている。
「それにしても、こうして大海蛇の孵化を間近で見ることができるなんて」
谷で私たちが出会った卵は、大海蛇の卵だったのだ。詳しいことは分からないが、大海蛇はこうして陸地に卵を産み付けるようだ。親は、卵が孵化するまで、近くの海域で待機する。本来、卵が孵化するまで、数週間程度のはずだった。それは、帝国が過去に記録した大海蛇の目撃情報から推測できる。でも、ある事情によって孵化ができない状態になったため、大海蛇は一年以上この海域に留まっていたらしい。
その原因こそ、ルートだった。
御厨教授によれば、ルートは機械生命体、それも恐らくは“ホール3”世界の生命体だろう、ということだ。私たちの世界や
おっと、話がそれた。
私は知らなかったけれど、オーストラリアにあるホール3の調査で、機械生命体とおぼしき文明の痕跡が見つかっているのだそうだ。地球にもケイ素は多く存在するが、
そうなると、やっかいな問題がふたつできたことになる。ひとつは、蓬莱村にある“
クレーターの中にあったルートの大きい身体は、
今、ルートの(大きい方の)ボディは、パーツに分解して<らいめい>に運んである。御厨教授が嬉々として解析している最中だ。ルートの本体――本人は“コア”と呼んでいるが――は、基本的に自由にしてもらっている。本人曰く、“コア”には演算能力と短距離の移動能力しかないそうで、自力で海を渡ることはできないそうだ。私はそれを信じた。コロコロ転がっている分には、悪さもできないでしょ。
□□□
「そろそろのようだぞ」
ヴァレリーズさんの指摘に、その場にいた皆が卵に注目した。乳白色だった卵は、その一部が透明になりつつあった。そして、みるみるうちに溶けていく――液体になって消えていった。
卵の中からは、大海蛇の幼体が現れた。大海蛇に比べると、とても小さい。それでも二メートルくらいはありそう。最初は白かった身体が、背中の方から少しずつ黒みを帯びてくる。なんだか、全部が丸っこくて、可愛いとさえ思える。感情移入し過ぎかな?
三匹の、生まれたばかりの大海蛇の幼体は、ピィピィと高い鳴き声を上げながら身体を動かしている。しばらくして、三匹はゆっくりと谷を下っていった。海へ――親の待つ場所へ向かうのだ。
「ほぅ――よかったぁ」
「いやぁ、どんな生き物でも、誕生の瞬間は素晴らしいですねぇ」
私たちは、ほっと胸をなで下ろしながら、谷を進む幼体を見た。その視線を感じた訳でもないだろうが、三匹のうち一匹が、首を曲げてこちらを見た。頭を振って挨拶した――ように見えた。
「海まで、無事に着くかな?」
「ドローンを出して観察していますが、あの様子なら――」
「皇帝陛下がちょっかい出さないといいけど」
「そこまでバカじゃないでしょ」
サリフ皇帝は、クライ君に乗って上空からこの様子を見ているはずだ。大海蛇のために帝国が傾きかけた彼にとって、敵だと思っていた相手の誕生を見守るということは、内心複雑なものがあったのだろうと思う。ここで一緒に観察することを勧めたのに、断ったんだから。
幼体に手出しをしないことは、皇帝も納得している。もし幼体を傷つけたりしたら、帝国にどんな厄災が降りかかるか分からない、と半分脅迫のように指摘したからね。あ、説得したのは私じゃなくて、御厨教授だけど。
幼体が海に入ることができれば、大海蛇はすぐにでもこの海域を離れるだろう。これで、帝国が直面していた危機は回避できる。王国と帝国の間に協定もできたし、双方がゆっくりと平和的に発展していけばいい。もちろん、日本も協力するし、ある程度恩恵も受ける。いやぁ、めでたし、めでたし。
と、言いたいところだけれど。
私には、解決しなければならない問題が、いくつか残されているのだった。
□□□
<らいめい>の船倉を改造して急造した懲罰房は、薄暗かった。倉庫として使う分には、天井のLEDパネルだけで十分だったのだけれど、人が住む場所としては少し罪悪感を持ってしまう。たとえ、相手が命令違反をした反逆者であっても、ね。
「マイクさん、貴方は自分のしたことを理解していますか?」
「……あぁ」
ポケットを取り払われた、グレーの作業用ツナギ服に身を包んだマイクさんは、それでも毅然とした態度を崩していない。
「貴方の所属はDIMOですが、
「承知の上だ」
ちょっとカマを掛けてみた。やっぱり、元軍人という噂は本当のようだ。
「理由を聞いても?」
「長くなるぞ」
「どうぞ。付き合いましょう」
マイクさんは、ゆっくりと話し始めた。
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