ルート

 落ち着けッ! こんな時こそ、落ち着くのよっ、桜っ!


「日野さんっ! マイクさんの生命兆候バイタルサイン、確認お願いっ!」

『ハイッ!』

 さっきまで、バタバタと手足を動かしていたマイクさんの動きが止まっている。何かあったんだ。


「橋田さん、高野さんは、できるだけ巨人に近づいて状況を確認!」

『了解しました』

『了解です』


私は<ハーキュリーズ>の二人が動き出したのを確認して振り返ると、ヴァレリーズさんに声を掛けた。

「魔法、使えますか?」

「状況は良くない……が、四相六位の誇りにかけて。何をすればいい?」

「私が合図したら、あの巨人の動きを止めてください」

「わかった」


 ヴァレリーズさんは、笑みを浮かべながら大きく頷いてくれる。少しほっとした。


『阿佐見さん、マイクのバイタルは正常値の範囲、だけど、心拍数、体温ともに上昇しているわ』


 とりあえず、命の危険はなさそうだ。でも、あれの中に取り込まれたら無事とは限らない。それに、固まったように動かないことも気になる。どうすればいい? 迷っている時間はない。


「ヴァレリーズさんは、巨人の動きを止めて! <ハーキュリーズ>は、マイクさんを救助! 武器の使用も許可しますっ!」

『『『了解!』』』


 三体の<ハーキュリーズ>が、巨人に向かってダッシュする。


「……岩石牢プリズン・オブ・ロックス!」

 すでに詠唱していたのだろう、ヴァレリーズさんが土属性の魔法を使った。巨人の足下から、土の柱が何本も飛び出し、巨人の動きを止めた。上手い!


 <ハーキュリーズ>の三人は、ワイヤーを使って巨人に取りついた。なるほど、日頃から訓練していたのね。ひとりは……あれは橋田さんかな? マイクさんを捕まえている巨人の腕に乗って、手首の関節目がけて剣を振り下ろしている。けれど、効果はないみたい。


『くそっ! ケーブルが生き物みたいに動いている! 傷は付くが切断できない』

『橋田一曹、無理はしないで。高野一曹は、背後に廻って動力源か、排気口を探して』

『了解!』


「サクラさん」

「なんですか? ヴァレリーズさん」


 今、一生懸命考えているところで、余裕がないんですけど。


「もう、持ちそうにない」


 早く言ってーっ!


 ぐらり、とヴァレリーズさんが魔法で作った楔が、目に見えて揺らいだ。


「<ハーキュリーズ>! 退避っ!」


 三人が、巨人から離れたと同時に、岩石牢プリズン・オブ・ロックスの魔法が崩壊し、岩の柱は砕け散った。再び、巨人が自由になってしまった。どうすることもできないの? このまま、マイクさんが犠牲になるのを、指をくわえて見ているしかないの? 

 でも、巨人は私の予想を裏切って、意外な行動に出た。マイクさんの身体を地面へと近づけたのだ。そして、<ハーキュリーズ>装備の中から、マイクさんが飛び出してきた。何事っ?!


排出ディスチャージです! 排出信号ディスチャージシグナルで装備が解除されたんです!』

「なんでそんなことが!」


 <ハーキュリーズ>のセキュリティは、堅牢なはず。量子コンピュータを使っても簡単には破れない、って説明を受けた気がする。なのに、なぜ? 疑問は残るが、今はマイクさんを助ける方が先決だ。<ハーキュリーズ>の中から飛び出したマイクさんは、その場に前のめりに倒れている。気絶しているのだろうか、動かない。


「マイクさんを回収して! 後方に下がって」

『了解』


 二人がかりでマイクさんを持ち上げると、そのままこちらへと運んできた。救急キットを持った海自隊員が、マイクさんに駆け寄る。


 マイクさんを助けている間に、巨人は抜け殻になった<ハーキュリーズ>装備を自分の胸の中に突っ込んでいた。一体何をしているのだろう?


「全員、安全な距離を保って待機! 観測班は、観測を続けて」


 全員をざっと見渡すと、ヴァレリーズさんは疲労度が激しそうだし、マイクさんは気絶したままのようだ。あ、前に出ようとしている御厨教授を、榎田さんが必死に止めている。まったく、何してんの。

 そして、巨人もさっきから動いていない。


 よし、ここは、夢のお告げを信じて……。


「阿佐見さんっ!」

「サクラさん、何をっ!」

『桜さん?!』


「みんなは、現状の場所で待機してて。これは命令ですからね」


 私は、制止する声を振り切って、ゆっくりと巨人に向かって歩き出した。心臓がドキドキする。巨人の前、二メートル程の距離で立ち止まる。大きく深呼吸して。


「こんにちは。私は阿佐見桜。こちらに敵意はありません。どうか、話をさせてください」


 巨人は動かず、沈黙したままだ。この距離から見ると、<ハーキュリーズ>が半分埋まった内部の機械が見える。チカチカと、小さな光が瞬いている。本当に、ロボットみたいだ。王国にも帝国にも――これまで出会ったこの世界の人々に、こんなものを作る技術はない。もしかして、私たちの世界で作られたもの? いいえ、“ザ・ホール”の管理は万全、こんな機械が運び込まれればすぐに分かるはずだ。だとしたら――。


 ぽんっ!


 巨人の開いていた胸から、何かが飛び出してきた。私の後ろで待機していた皆が、動く気配がする。私は、手を挙げてそれを制した。あれが武器なら、私はもう死んでいるもの。


 巨人から飛び出してきたモノ――直径が三十から四十センチほどの、銀色の球体は、私の一メートルほど手前に落下すると、コロコロと私の前まで転がってきた。良く観察すると、いくつかの部品が組み合わさってできているようだわ。


「あー、あー。私は▼×%#……いや、14142434889-7*52。そちらの言語体系は解析した。これで通じると良いのだが」


 喋った! 銀の球体から、声が聞こえた。


「こちらにも、敵対する意思はない……む? 通じないか? あー“敵意はない”no hostility

「あ、いえいえ、通じています。少し驚いただけ」

「そうか、それは良かった。アサミサクラさん、でいいのかな? 改めて、私はブレアキン族第57素14142434889-7*52。驚かないで欲しいが、私はこの世界の住人ではないのだ」


 やっぱりか。


「そうみたいね。実は、私たちも他の世界からやってきたの」

「なんと!」

「お互いに、ゆっくりお話しましょう。えぇと、ブレアキン族第……長いわね、愛称とかお持ちじゃありません?」

「我々の種族に個体名称を省略する風習はない。が、呼びにくいというのであれば、別名称エイリアスで呼んでもらっても構わない」

「そう? ありがとう。それじゃぁ、“ルート”って呼ばせてもらうわ。私のことは、サクラと呼んでね」

「うむ。“ルート”か。私個体を示す名称として登録する。では、サクラ、現状の情報共有から開始しよう」

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