サカニカ攻防戦(2)

 “好奇心猫を殺す”ということわざが、ニヴァナにはあるそうだ。好奇心は、私のプライマリ・コードに刻まれた本能であり、情報を求めるが故争いが絶えなかった我が故郷を的確に表している。


 私がサクラの求めに応じて、ファシャール帝国の内乱に介入しようと思ったのは、やはり好奇心が抑えられなかったからだ。ただ入ってくる情報を咀嚼する、傍観者ではいられない。私の本能プライマリ・コードが、“動け”と命令する。


 日本が拠点とするテシュバートから、帝都アリフダハーブへ移動、そこでサリフ皇帝と合流した後、サカニサラーンの首都サカニカへと向かった。サカニカに到着後、私は身体を。この世界に落下した時と、少し形状が変わっているのはミクリヤによる改造が施されているからだ。もちろん、私の了承の下での改造だ。また、ミクリヤは携行兵器として、リニアレールガンを持たせてくれた。この処置は、日本の法律的にはグレーゾーンというらしい。


 磁気の力で弾を射出する電磁投射装置は、私のいた世界でもかなり一般的な兵器だ。あちらでもやはり放熱と電力量の問題はあったが、スマートメタルがそれを解決した。こちらではまだスマートメタルは開発されていないようなので、現状の運用で対処するしかあるまい。


 サカニカの門から外に出ると、そこには武装した人間が集まっていた。私のセンサーは、炭素系生命体には合わせていないので、確かな個体数は分からないが。人間たちの間には、原始的な兵器も感知した。自衛隊よりも原始的で、私の身体を傷つけることはできないだろう。


 どうやら私の登場は、相手軍に対し少なからぬ動揺を与えたようだ。この機会を利用して、リニアレールガンを構える。狙いは上空の熱気球だ。サクラからは「なるべくヒトが死なない方向で」と頼まれているので、ゴンドラではなく気球を狙う。

 命中。思ったより落下速度が速いな。ゴンドラに乗っていたヒトの生死は不明だが、仕方がない。背後の都市に対する脅威なので、続けて撃ち落とす。レールガンと視覚センサーの同期は上手く行っているようだ。


 敵軍が、魔法を撃ってきた。

 私の世界には、魔法は存在しない。サクラたちの世界にもないと聞いた。非常に興味深い。なぜ想念で物理現象が引き起こされるのか。御厨教授は、魔素マナという素粒子の存在を仮定していた。残念ながら、彼女も私も魔素マナの存在を確認することができない。“ザ・ホール”を抜けた先、サクラたちの国では大型加速器による魔素マナの研究が進められているそうだ。一度、情報を共有したいものだ。


 敵軍が放った魔法は、ファシャール帝国の魔導士が魔法で防いでくれた。が、センサーで読み取った範囲では、たとえ直撃したとしても、私のボディに損傷を与えることはなかっただろう。


 威嚇射撃に移行する。直撃を避け、レールガンの射線を下げる。これでも十分な威嚇になるだろう。想定通り、敵軍は混乱に陥った。機械生命体われわれであれば、あのような無秩序な行動は取らない。軍事行動においては、命令系統が厳格に決められているからだ。

 しかし、無秩序な行動ゆえ、こちらの予測が難しくなった。このまま続けると、敵の生命が危険に晒される確率が高くなる。射撃を止め待機する。


 ミクリヤによって、ニヴァナの時刻システムが閲覧可能になっている。射撃を中止してから、五分三十二秒経過したところで、相手に変化があった。数体の生命体がこちらへと飛び出してきたのだ。原住民に比べると、ひとまわり体格がよい。そして全員仮面をつけている。これが、サコタの言っていた仮面部隊か。

 体格の割には、動きも素早いようだ。私は、レールガンシステムを切り離す。もう残弾も少ないし、機動力の高い相手に対しては不利だ。仮面部隊は、時間を掛けずに近づいて来た。


 一体目が私の目前で跳躍し、剣を振り下ろしてきた。私は、左腕からスタンバトンを出して、それを受ける。それにしても、なぜミクリヤは武器を格納したがるのか。“それが美学”と言っていたが、理解できない。

 二体目が、一体目が作った死角から剣を横薙ぎにふるってきた。一体目の攻撃で私の装甲に傷つけることができないことは判明したので、こちらは手のひらで受け、刃を握る。そのまま剣をもぎ取り、放り投げる。仮面越しにも驚愕した様子が分かる。私も、炭素系生命体にんげんたちとの生活で、相手の表情を読み取ることができるのだ。サコタのように、何を考えているのか分からない存在もあるが。


 襲ってきた仮面部隊は、全部で五人。すでに三人を戦闘不能状態にした。スタンバトンの電圧を高くしなければならなかったのは、想定外であったが。残りの二人は、倒れた三人を庇いつつ、こちらを警戒しながら攻撃の機会を狙っている。


 サクラたちからは、仮面部隊が私と同族である可能性を示唆されたが、こうして実際に対峙してみると、私の同族ではないと断言できる。同族であれば、まず遠距離から攻撃したであろうし。だが、彼らはこれまでみた人間たちとは異なる特徴をいくつか持っているようだ。興味深い。やはり一体は生きたまま確保したい。私は、彼らに近づいた。


 少し油断していたのかも知れない。


 私が近づくと、仮面部隊の二人は、魔法で作った火球をぶつけてきた。近距離ではあったが、威力も小さく、私は問題なく対処できたつもりだった。しかし、それは目くらまし、陽動であった。火球は攻撃というよりも、煙を作り出すためだったらしい。私の可視光線センサーと赤外線センサーは相手を見失った。人間相手では、磁気センサーもあまり役に立たない。

 と、背後に控えていた魔導士たちが、風を起こしてくれた。視界が戻ったとたん、私は腹部に強い衝撃を受けた。原始的な兵器と判断した筒から放たれた金属製の飛翔体が、私に命中したのだ。先ほどの目くらましは、この攻撃のためだったらしい。


 幸いなことに、衝撃は受けたが機能に問題はない。自己判断ルーティンを走らせるために、数秒時間はかかったが。だが、その数秒で仮面部隊は後方に下がった。それどころか、敵軍はすばやく撤収を始めていた。

 私は起ち上がると、敵に向かって移動しようとした。だが、駆けつけて来たサリフ皇帝に止められた。「深追いする必要はない」と。

 私としては、敵の指揮官がどのような人間なのか、非常に興味をもったのだが、ここはサリフ皇帝の言葉に従うことにした。本能プライマリ・コードはうずくが、補助計算脳は再び機会が訪れる確立が高いと判断していた。


 今回の戦闘で、私の休眠状態にあったプロセスが活性化したようだ。敵に関する好奇心が高まっていることを感じる。――“好奇心猫を殺す”。この世界インタタスでも、私は好奇心によって滅びるのだろうか?

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