対<ワース>、海上戦

 <らいめい>が“名もなき島”(まだ命名していないからね)から帰還して約二週間。私は再び<らいめい>の艦上にいた。テシュバートから出発し、西を目指して進んでいる。目指すはウルジュワーンの首都、ウルジュワーン。

 この二週間で、ウルジュワーンに攻撃されていたサカニサラーン国は、ルートの介入もあり形勢を逆転、反転攻勢に打って出ている。サリフ皇帝の帰還も、士気に大きく影響しているのだろう。皇帝に随行している陸自隊員からの連絡では、戦いの天才と呼ばれる実力を遺憾なく発揮しているそうだ。


 そう、わたしたちはようやく国会の承認を得て、帝国の援助ができるようになった。ただし、行動にはかなり制約があるし、蓬莱村とテシュバートに国会議員からなる査察団を受け容れることになった。そっちは、詩がうまくやってくれるだろう。とりあえず、私はいろいろなところから文句がでないよう、死者を出さずスピーディーに叛乱を鎮めたいと思っている。

 そのために、みんなと相談して決まったのが今回の作戦。“圧倒的な戦力差を見せつけ、相手の士気を挫いちゃうぞ”作戦だ。コードネームは“電撃雷鳴”。私は“虚仮威し”って名前を提案したんだけれど、その名前じゃ相手に知られた途端、作戦の意味がなくなってしまうと怒られた。三十を超えて怒られるとズシンとくるわぁ。


とにかく、さっと行ってさっと終わらせる。


「EH-1が<ワース>を確認しました」


 EH-1が目視した情報によると、<らいめい>の進行方向約二十海里(三十七キロメートル)前方、陸地から四海里(七・四キロメートル)ほど離れた海上に<ワース>は停泊しているという。あちらもEH-1を確認したようだが、動きはない。そのまま、


「陸自に連絡して、高高度滞空無人機HASUASにもフォローしてもらってください」

「了解しました」

「帝国から連絡は?」

「ウルジュワーンを包囲すべく、進軍中とのこと。特に大きな支障は発生していないそうです」


 なら、<ワース>を撃沈すれば、海上からウルジュワーンにプレッシャーを掛けられるわね。


「保谷艦長、やっぱりレールガンだと、オーバーキルかしら?」

「そうですね。入手した情報によると、魔鉄鋼の装甲は耐魔法には優れていますが、レールガンだと簡単に打ち抜けますから」

「やっぱりレーザーかぁ」


 <らいめい>には、装備庁技術研究本部から供与されたレーザーを新たに取り付けている。が、実証試験に使った試作品なので本体だけじゃなくキャパシタも大きい、その上電気をバカ食いするという代物。できれば使いたくないなーと思っていたけれど。


「しょうがないか。レーザーの射程内で停止して、相手に降伏勧告してください」

「わかりました」


 戦闘行為に発展するかもしれないのに、艦長はじめ隊員たちは落ち着いて淡々と業務をこなしている。心強い。私はできるだけ戦闘にならないよう、反乱軍と交渉しないと。


「こちらに、アサミ調整官殿はいらっしゃるか?」


 艦橋に、帝国武官のナルセさんが入って来た。ちょうど良かった。


「こちらです。ちょうど良かった。もうすぐ<ワース>と接触可能になります」


 こちらに近づいて来たナルセさんは、渋い顔をしている。あ、ナルセってなんだか日本人っぽい名前だけど、間違いなく異界こっちの人だから。


「私で役に立つのでしょうか?」

「相手次第、だと思いますが、できれば貴方の説得で矛を収めてもらいたいですね」

「そうなれば良いのですが」


 ナルセさんの両親はウルジュワーン出身で、ウルジュワーンには親戚も多いという。<ワース>に乗っているかも知れない。ナルセさん自身は、物腰の柔らかい如何にも文官然とした人だけれど、サリフ皇帝の人選だし間違いはないだろう。私は、ナルセさんと呼びかける内容について検討した。


 一時間ほどして、<ワース>が水平線の向こうから現れた。<らいめい>は速度を落とし、<ワース>から三キロメートル程度のところで相対的に停止した。電動モーターの振動が低くなった。今は、スタビライザーとスラスターで、<ワース>をレーザーの射程内から外れないように艦を動かしている。操舵も手慣れたものだ。


「EH-1、離艦」


 士官の報告を確認して、私はナルセさんにワイヤレスマイクを渡した。


「では、お願いします」

「はい」


 ナルセさんは、ゆっくりと静かに、しかしはっきりした言葉で語り始めた。


『<ワース>乗員のみなさん、こちらはファシャール帝国皇帝の名代として参じたナルセです。ナルセ家の名をご存じの方もいらっしゃるかもしれません。今、私はニヴァナの船から貴方方に呼びかけています。ニヴァナの技術力については、その一部を利用している<ワース>を見ても明らかです。みなさん、無駄に命を粗末にしないでください。今ならまだ間に合います。降伏してください。今ならば、サリフ皇帝の名のもとに、みなさんの罪は軽くなります。すでに、ウルジュワーンは包囲されつつあります。どうか、どうか正しい選択をしてください』


 ナルセさんの説得は続いた。EH-1の外部スピーカーを使って流しているので、間違いなく相手には届いているはずだ。説得を終えた後、そのまま待機……相手が説得に応じてくれますように。


 だけど、私の願いはこの世界の神様に届かなかったらしい。


「EH-1が<ワース>から攻撃を受けました。現在帰投中」

「機体に損傷は?」

「ありません。機体も乗員も無事です」

「よし、EH-1はそのまま上空で待機」

「EH-1、上空で待機します」


 私の隣で、ナルセさんが頭を抱えていた。説得できなかったことを悔やんでいるようだ。でも。


「ナルセさん、出番はまだ終わっていませんよ」


 私はナルセさんを励ましつつ、保谷艦長に合図を送った。うなずく保谷艦長。


「よし、高出力レーザー発振器HELO、準備!」


 保谷艦長の指示で、艦の右舷側プラットフォームから、レーザー装置がせり出した。見た目は短い竹の筒のよう。急遽取り付けたものなので、ちょっとちぐはぐな印象を受ける。


「メッセージモード」

「メッセージモード、準備、展開。発振よろし」

「発振」

「発振します」


 見えない光が、<らいめい>と<ワース>を繋ぐ。再び、ナルセさんに説得してもらうのだ。


「この声が聞こえますか? これは幻術でも、悪い精霊の仕業でもありません。日本ニヴァナの力です――」


 ナルセさんの言葉は電気信号に変換され、レーザーによって<ワース>に届く。そこでレーザーが魔鉄鋼の装甲を振動させ、再び声になって響く、というしくみだ。いわば、ハイテク糸電話だ。<ワース>が木造だったらできなかった方法だ。

 おそらく<ワース>の船内では、四方八方からナルセさんの声が聞こえてくる状態だろう。しかも、ほどよくエコーが掛かっているはず。


 しばらくすると、<ワース>の後部から、二艘のボートが兵を満載して飛び出していった。


「艦長、スニッフィングモードお願いします」

「分かりました。オペレーター状態変更、スニッフィングモード」

「アイアイ、スニッフィングモードに移行します」


 こちらの音声を伝えるメッセージモードに対して、あちらの音声を拾うのがスニッフィングモードだ。レーザー光の散乱光を受信し、その周波数の変化から内部の音を再現するらしい。技官から説明聞いた時には眉唾だったけれど、デモンストレーションではばっちり聞き取れたのよね。


「<ワース>の音、拾えた?」

「はい。言葉は聞こえるんですが……何を言っているのか、判然としません」


 オペレーターの返答に、疑問を抱く。おかしいわね。


「ナルセさん、すいません。ちょっと聞いてもらえますか」


 私はオペレーターに指示して、ヘッドフォンをナルセさんに渡してもらった。彼は、恐る恐るヘッドフォンを装着すると、びっくりしたような顔をした。


「聞こえます。えぇ。さっき出て行った連中は降伏するのは嫌だが、ここでニヴァナと戦うのもいやという連中みたいです。今は、徹底抗戦派と降伏受諾派で言い争いをしているようですね……いけない! こちらに体当たりを仕掛けるつもりです!」

「電探!」

「敵艦、移動を始めました。まっすぐこちらに向かってきます。」

「艦長!」

「モーター回せ! 操舵手、取り舵っ! 同時に左舷スラスター吹かせっ!」


 艦はゆっくりと選手を左側へ向け始めた。水属性魔法で抵抗が小さくなっているとはいえ、<らいめい>のような艦の方向転換には時間がかかる。その間にも、<ワース>はどんどん大きくなってくる。そして、装甲板の隙間から、魔法が飛んでくる。あのくらいの火球が当たっても<らいめい>の船体はびくともしないけれど、<ワース>がぶつかったらどうなるか。回避は間に合うの?


「阿佐見さん、レーザーを破壊モードで使います。いいですね?」

「許可します!」


 できれば避けたかったけれど、このままだと<ワース>と激突してしまう。<らいめい>が沈没することはないだろうけれど、何が起きるか分からない。


「CIC、調整官の許可がでた。HELO、最大出力での使用を許可する」

『こちらCIC。了解しました。敵艦右舷を狙います』


 低周波音が大きくなった。レーザーが発射されたけど、見えない。でも、<ワース>にはすぐ変化が見られた。こちらから見て左、右舷側の装甲板に赤い点が現れた。点はどんどん大きくなって、魔鉄鋼の板が融けていく。融けた鉄が木造の船体に触れると、そこから日が立ち上った。それでもなお、<ワース>は近づいてくる。


「総員! 身体を保持!」


 船体が軋む。悲鳴をあげているみたい。艦橋の全員が息を呑んだ。<ワース>は、もう目の前に迫っている。

ぶつかるっ! ぐっ、と力を込めて机にしがみついた。


轟音と共に、炎に包まれた<ワース>が<らいめい>の右舷ギリギリを掠めていく。

 なんとか避けることができた。


「ダメージコントロール! 損傷報告せよ!」

「損傷無し!」


 ほっとした空気が艦橋に流れる。


「<ワース>が!」


 誰かの叫びに促されるように、右舷後方にいるはずの<ワース>を見た。煙を巻き上げながら船体を傾けた船は、ゆっくりと海へ沈んでいく。


「回頭! 救助する!」


 保谷艦長の指示で、<らいめい>はぐるっと海面に円を描き、ゆっくりとかつて敵艦だった船へと近づいて行く。


「よし、ボート出せ。救助開始せよ。ただし、十分に注意しろ」


 その後、<ワース>の乗員二十五名を救出。死者、行方不明者の数は不明。元<ワース>の乗組員たちはみな戦意を失って、大人しく私たちの指示に従った。彼らは、後続の帝国艦隊に引き渡された。

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