ウルジュワーン包囲戦

 海から見たウルジュワーンの首都は、ほかの帝国に属する都市と同じだった。都市の中に立てられた高い塔を除けば。


「あんなものは、以前にはありませんでした」


 ナルセさんが言うように、カド王が叛乱を起こす少し前に立てられたらしい。海に面した帝国の都市は、嵐の被害を避けるため基本的に低い建物が多い。港からなだらかな丘に沿って家が並んでいて、一番小高いところに王の住居がある形が一般的だ。王宮のみ、塀に囲まれているが、その塀もあまり高くはない。都市をぐるりと壁で囲んだ王国の都市とは、ずいぶん違う。


 高い塔のほかにも、都市のあちこちに櫓のようなものが配置され、その上に何か筒のようなものがおかれている。ルートから連絡のあった“ロケット砲”ね。

 ロケット砲といっても、地球のように火薬を使って弾を飛ばすのではないらしい。異界こちらでは、爆発現象が抑えられるからね。

 ウルジュワーン軍が放棄していった兵器を確認した御厨教授によれば、魔法で空気を圧縮して飛ばす構造らしい。言ってみれば、大きな空気銃ね。それでも効果はバカにできない。魔法のスキルに依存せずに誰でもが使えるし、飛行する敵を撃ち落とすこともできる。


「なんのための塔なのかしら?」


 人が登って物見をする、そんな構造には見えない。熱気球、じゃない飛空馬の係留所? ちがう気がする。もし、あれが日本あっちにあるものだとしたら、間違いなく電波塔に見えるけど。


「“悪しきもの”の象徴、あるいは“愚かなる人の虚”」

「……なぜ、貴方がここにいるか、聞いてもいい?」

「私は望まれたからここにおりますし、私がいるべき場所にいるだけですよ、サクラさん」


 吟遊詩人ニブラムがすました顔で、私の横に立っていた。相変わらず、あの小さなハープみたいな楽器を小脇に抱えている。


「あのねぇ……」


 頭痛がする。


「南海の島に漂流し、大冒険。すばらしい冒険譚ではありませんか。しかも、先日は大海戦があったそうではないですか。不覚でした。あなたたちを過小評価しておりました。故に、今回はこの目で観察させていただく次第」

「アサミさん、彼ら吟遊詩人は森羅万象を見守り歌にするもの故、どうかご容赦願いたい」


 なぜかナルセさんが、釈明をはじめた。異界こちらでは、そうしたものなのだろう。恐ろしいことに、ひとたび許可が出れば王宮内へ入ることも自由なのだそうだ。さすがに制限はあるようだが。

 ニブラムさんは結構有名人らしく、帝国としても無碍にはできないとかなんとか。今更、帰れとも言えないので、責任は帝国持ってもらうことにして、私はもう無視することにした。


「帝国軍から入電。帝国軍は、ウルジュワーンに至る道の封鎖を完了。降伏勧告の死者を送るも……死者の首だけが送り返されたそうです」


 うわぁ……。野蛮と言ってしまうのは簡単だけれど、それは私たちが現代の日本人だからだ。私たちの世界だって、二百年も遡れば同じ事をしていた。


「分かりました。作戦通り、EH-1を出してください」


 相手が降伏勧告に従わなかった場合、EH-1を使って上空からビラを撒く手順になっている。ウルジュワーンの上空には飛空馬がたくさん飛んでいるけれど、電動ヘリはそれよりも高い場所を飛ぶ。対空兵器の射程外なので、安全は確保できているけれど、敵の都市上空を飛ぶのだ、万全の注意を払うようにしてもらいたい。


「万事抜かりなく」


 お願いします。

 ウルジュワーンにばらまくビラには、帝国への即時降伏を求める文章のほか、戦闘に参加しない市民に対しては一切の罪を問わないこと、すぐさま都市から退去すること、その際、武装していなければ帝国軍は攻撃しないことなどが書かれている。要するに、帝国としてはカド王一派が首謀者であって、彼らを排除できれば解決だよと言っているわけ。

 ただし、期限を一日と定めている。それ以上過ぎれば、総攻撃だと。ウルジュワーンを落とすだけなら、兵糧攻めもありうるとサリフ皇帝は言っていたが、今回は短期決戦を選んだ。というのも、帝国はウルジュワーン国内すべての街を取り返したわけではなく、首都に至る過程で必要最低限の場所しか攻略していない。同じ帝国内だから人的にも物的にも被害を大きくしたくないと。それに、帝国内の他の国々でも、なにやら怪しい動きが見えると報告が来ているらしい。だから、余計な延焼が起きる前に、とっととケリをつけたい。


「カド王を僭称する奴が悪玉なのは明かだが、何か引っかかるんだよ。この騒ぎは早めに鎮めた方がいいと、俺の勘が言っているんだ」


 数日前、クライ君に乗ってやってきたサリフ皇帝は、そんなことを言っていた。いずれにせよ、早期決着が望ましい。できれば、戦闘行動抜きで。


「EH-1、都市上空へ到達、行動を開始します。現時点で敵からの妨害、ありません」


 モニターには、望遠で捕らえたEH-1が、ホバリングしながら紙をばらまいている様子が映っている。EH-1には帝国の魔導士も同乗していて、風魔法で上手い具合にビラを広範囲に散らしてくれている。


「これで進展すればいいけど……」


□□□


 一日が経過した。が、何も進展しなかった。ウルジュワーンは恐ろしい程静まりかえっていて、その門が開くことはなかった。


「艦長、作戦を実行します」

「残念ですが、仕方ありません。作戦実行に移ります。CICに通達。“花火を打ち上げろ”」

『こちらCIC。状況確認。花火作戦、開始します』


 モーターの回転数があがり、<らいめい>は静かにウルジュワーンに向かって海面を進み始めた。そして、相手ウルジュワーンからも十分に見える位置に停止した。


「艦首、魔素砲マナキャノン、照準、巨大な塔。撃てッ」

魔素砲マナキャノン、発射します』


 ドン、という軽い衝撃とともに、虹色の光が<らいめい>の船首から飛び出した。魔素砲マナキャノンは、例のごとく御厨教授が、魔素の取り組み口を利用して作った兵器だ。


「取り込めるんだから、打ち出せる」


 御厨教授のそんな馬鹿げた理屈で、こうして現実にできてしまうんだから恐ろしい。虹色の光は、火、風、土、水という四大属性を凝縮したものだという。よく分からないけれど、間違いなくそれは兵器だった。魔素砲マナキャノンの光がウルジュワーンの塔中央部に当たると、塔はあっけなくぐにゃりと飴細工のように折れ、倒れた。


『命中。こちらに支障なし』


 本当は、ウルジュワーン上空を魔素砲マナキャノンの光で薙ぐ予定だった。けれど、ナルセさんも知らない塔があったので、破壊させてもらったのだ。これで、あっちが戦意を失ってくれるとありがたいんだけど。


 私たちの砲撃を合図に、帝国軍がウルジュワーンへと攻撃を開始した。

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