カド王の最期

 帝国軍がウルジュワーンへの攻撃を開始してすぐに、都市のあちこちから煙が立ち上った。


「え? おかしくない? HASUASからの映像って、見ることできます?」


 私の前にあるモニターに、上空から見たウルジュワーンの様子が映し出された。やっぱりおかしい。帝国軍がまだ都市内部に入ってもいないのに、あちこちで火の手が上がっている。破壊工作? それはないな。大事な工房を帝国は無傷で取り戻したいと言っていたし。


「飛空馬の様子も変です」


 都市上空にいた熱気球は、お互いを攻撃し合ったり、都市の外へ逃げ出したりしている。何が起きているのか、さっぱり分からない。


「あれは、なんですか?」


 ナルセさんが、艦橋から都市を指さした。その先、ウルジュワーンの王宮近くに、巨大な気球――というよりも、飛行船が現れていた。どうやら地下に格納されていたらしい。飛行船はゆっくりと上昇し――都市に向かって火を放った!


「おいおいおいおい、何やってんだあれ! 自分のところを攻撃しているぞ」

「内部分裂? 内乱の内乱?」

「こっちに来るぞ!」


 飛行船が、ゆっくりとこちらに船首を向けた。なんだか、悪意を感じる。


「大丈夫ですよ、貴女には竜の護りがある」


 あたしだけ守られてもだめなんだってば、ニブラムさん。


魔素砲マナキャノンは?」

「迎角が高くて、狙えません」

「じゃ、艦長、レーザーとレールガンを」

「了解。HELOおよびLRG、準備!」


 その間にも、飛行船はどんどん近づいてくる。そして、<らいめい>に向かって攻撃を仕掛けてきた。魔法で作られた火球が、<らいめい>の船体を焦がす。しかし、魔鉄鋼はそれに耐えた。


「全艦、緊急防御態勢!」


 艦橋の窓ガラスが装甲板で覆われる。と、そこに外部映像が映し出された。

 敵の飛行船は、魔法が効果なしと見るや、ロケット砲で攻撃してきた。装甲板に当たり、激しく爆発する。火属性の魔法が刻まれた魔石が使われているのだろう。船体が、攻撃の度に少しだけ振動する。心臓に悪い。


「阿佐見さん、反撃の許可を」

「許可します」

「了解。回避行動をとりつつ、反撃します」


 <らいめい>はその機動力を活かし、ランダムに回避しながら、レーザーとレールガンを発射した。飛行船はあっけなくしぼみはじめ、海へと落下しはじめた。みながほっとした、その時。


「格納庫に侵入者!」

「カメラ映像、出せる?!」


 モニターの中には、EH-1、いやその残骸が映っていた。燃える残骸のそばには、黒いローブ姿の男がいた。魔導士だ。


「総員、格納庫から離れろ!」


 魔導士に対抗するには、魔導士しかない。今、この艦に魔導士は……。


「ナルセさん!」

「わかりました! 案内をお願いします」

「私が行きます、付いてきて」


 保谷艦長の制止する声が聞こえたけど、構わない。私は、ナルセさんと一緒に格納庫へ急いだ。私が格納庫に着いた時には、火災は収まっていた。消火装置が働いたのだ。


「待っていたぞ、悪魔め!」


 黒いローブの男が、私を指さして叫んだ。

 初対面の人間に、悪魔呼ばわりされちゃったよ。あんた誰?


「我は偉大なる魔導士にして、ウルジュワーン、いやこの大陸を支配する王、カドである! ひれ伏せ、異世界の悪魔よ!」


 こいつが、反乱軍の親玉、カド王?


「お前たちさえ現れなければ……いや、言うまい。まだ終わってはおらん。捲土重来、必ずや我が国を取り戻して見せる。その前に、お前たちを根絶やしにしてな。火炎渦流フレイムトルネード!」


 巨大な火の渦巻が、私たち目がけて飛んできた。ナルセさんは、詠唱を口にする間もなく、圧倒されて固まっている。


「この船ごと、燃やし尽くしてくれる!」


 カド王の雄叫びのような笑い声が聞こえる。私たちは、炎の中に飲み込まれ――無事だった。なんともない。熱くもない。


「ですから、竜の護りがあるといったでしょう?」


 隣にニブラムさんが立って、私の右手を握っている。薬指に嵌めた指輪が、淡い光を放っている。


「ゴクエンが貴女に贈った物だ。少しは信じてあげなさい」

「な、なぜだ! なぜ我が怒りの炎を浴びでも立っていられるのだっ! 悪魔の力かっ!」


 炎の中から私たちが無事に現れたからか、カド王は怒り狂っていた。


「おのれ、おのれ、おのれっ! みな、もろともに滅ぶがっ」


  なにか魔法を使おうとしていたカド王は、言葉の途中で泡を吹いて倒れた。


「遅くなりました。ご無事ですか?」


 <ハーキュリーズ>が、スタンバトンを振りながら、私に合図してきた。


「日野さん、ありがとう。私たちは大丈夫」

「よかった。よし、こいつを捕縛。詠唱できないように口もきっちり縛って」


 日野さんを含めた三体の<ハーキュリーズ>が、手際よくカド王を拘束していく。白目を剥いたカド王は、なんとなく哀れだ。


「対魔法拘束室へ」


 魔石の粉末が練り込まれた強化プラスチックに囲まれた部屋は、万が一魔法が使われたとしても、その魔素マナを吸収してしまう。前に、ヴァレリーズさんに試してもらったとき、「なんだかとても気持ちが悪い」感覚に陥るそうだ。


 これでウルジュワーンの叛乱は終結、でいいのかな? なんだかあっけない。


□□□


 全然終結してなかった。

 ファシャール帝国軍がウルジュワーンの門を破り突入した時に見たのは、住民同士の戦いだった。誰でもが魔法を使えるこの世界は、全員が拳銃や機関銃を持っているようなものだと、昔、上岡一佐が言っていたが、その通りだった。

 戦うつもりで突入したファシャールの兵士は、街の住人たちを沈静化させることになった。暴れていた住人はどうやら一時的におかしくなっていただけらしい。半日ほど経過すると、ほとんどの住民は正気に戻った。なぜ、彼らが暴れ出したのか、その理由はまったく分からなかった。

 もうひとつ、心配事がある。仮面部隊が、影も形もなく消えていたらしい。<らいめい>が救助した、飛行船の中にも彼らは乗っていなかった。人が動けば何かしらの痕跡が残るはずなのに……これは、カド王改め反逆者カドの回復を待って問い質すしかない。


 <らいめい>は、落下した飛行船乗組員の救助と、救援物資の提供を行った。EH-1を失ったのは痛い。その分、クライ君が頑張ってくれた。


 事態が沈静化し、<らいめい>がテシュバートに戻れたのは、四日後のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る