サカニカ攻防戦(1)
――サカニサラーン国首都サカニカ。
首都と行っても、人口は一万人程度の小国であり、主な産業は漁業と魚の加工業。
そんな小国の平和な街が、今、戦禍の渦に巻き込まれようとしている。新たなウルジュワーン王を名乗るシーム・カドから送られてきた降伏勧告は、今日の日没まで。それまでに赤と白の降伏旗が正門に掲げられなければ、一斉攻撃が始まる。その刻限まで、あと僅か。
すでに、船を沈没させることで、湾の入り口は封鎖した。が、それは同時にサカニカ住民の退路を封じたことに等しい。かといって、サカニカには反撃に出るほどの戦力はない。住民の大半が、非戦闘員なのだ。漁師たちが荒事に慣れているといっても、それはしょせん小さな諍いに過ぎない。
「まだ降伏しねぇのかよ?」
カド王からサカニカ攻略を命じられたジュアールー将軍は、陣に張った巨大なテントの中で、副将のワッパスに訪ねた。その声色には、いらだちが隠せない。
「サカニサラーン王におかれては、国民もろともの討ち死にを望まれているのかと」
「ふん。俺としては降伏してくれた方が手間が省けるってもんだがな。死体だってよぉ、放置していく訳にはいくめぇよ」
副将は少し考えた後、「<ワース>で海から焦土化するという手はいかがでしょう?」と提案した。
「あの新型戦艦かい。ありゃ本国の護りに使うんだと。本国の奴ら、
ジュアールー将軍の言葉は、国への反逆とも取られかねない微妙なものであったが、副将は聞かなかったことにした。昔からこうなのだ、この男は。しかし、
「まぁ、戦艦なんざなくても、こっちには新兵器もあるし、なによりあいつらがいるからな」
「あいつら……仮面部隊ですか。私はあれらを、少し薄気味悪く感じるのですが」
「俺もだよ。だが、戦場に解き放てば、奴らは無双だ。正に“一兵数万殺”(異界の慣用句。一騎当千と同義)だよ」
仮面部隊。ウルジュワーン国王となったシーム・カドが、いずこかより連れてきた十二人の兵士。その全員が、1ヴェル(約二メートル)以上の身の丈。肩幅も広く腕力も強い。奇妙な革の鎧に隠れているが、肌には毛が生えているという噂もある。猿人ではないか、いやいや、禁忌の地に住む亜人ではないか、などと、その正体についてはウルジュワーン軍の中でさまざまな憶測が飛び交っていた。
「あいつらを上手く使いこなすのが、俺の役割ってことさ」
使いこなせれば良いのですが。副将は、口元まで出た言葉を飲み込んだ。
「伝令、伝令っ!」
テントに兵士が転がり込んできた。
「何事だ」
「ひ、飛龍の、飛龍の大部隊が東から、こっ、こちらにっ」
空を飛ぶ獣、飛龍といえばサリフ皇帝の代名詞だ。帝国設立の際にも、飛龍部隊による攻撃によって、敵対する勢力を蹂躙していったのだ。飛龍は、サリフ皇帝の命にしか従わないと言われている。つまり、飛龍の部隊が来たということは。
「くそっ、サリフは生きていやがったか!」
ジュアールーは立ち上がり叫んだ。
「風向きが変わるかも知れねぇ」
どうする? 一旦、引くか? いや、こちらには飛空馬もあるし、飛龍に対抗できる新兵器もある。ここで飛龍を殲滅させることができれば、後の戦いが楽になるのは明白だ。将軍が迷ったのは一瞬のことだった。
「よし、迎え撃つぞ。準備、いそげ」
「降伏を待たないので?」
「どっちにしろ、降伏はしないだろうよ」
ジュアールーは愛剣をむんずと掴むと、テントを出た。すでに傾き掛けた陽が、大地を赤く染めている。まるで血の海だな。願わくば、敵の血であるようにと、ジュアールーは心の中で願った。
□□□
サカニカは、大きく湾側に張り出した構造で、北側の大門の他に北東と北西に小さな門があるのだが、小さな門はジュアールー軍の計略によって塞がれている。唯一、出入りが可能な北門の前におよそ一千の兵を配置することで、ジュアールーはサカニカを封鎖していた。
飛龍部隊の到来を知ったジュアールーは、待機させていた四千の兵を合流させ、広く左右に展開させた。その各所に、新兵器を配置した。これで飛龍が飛び込んでくれば、たちどころにたたき落とせるはずだ。
しかし、ジュアールーが考えたようには、物語は展開しなかった。
飛龍部隊は、サカニカの街中へと着陸したのだ。その時、物見をしていた兵の話では、飛龍は何やら大きな荷物を運び込んだという。食料か? それともウルジュワーン以外で作られた、帝国の新兵器か?
ジュアールーは、相手の出方を待った。
自らが降伏の期限と定めた日没はとうの昔に過ぎ去り、夜が辺りを支配していく。兵士たちは静かに、将軍が下す命を待っている。
こちらから仕掛けるか。ジュアールーが突撃の合図をしようとしたその時。固く閉ざされていた北門が、ゆっくりと開いていった。そこに現れたのは、巨大な影だった。門の内側で焚かれた篝火の光を背景にして、影がゆっくりと一歩一歩前に出てくる。
「き、巨人だ……」
「帝国の新兵器、なのか?」
ジュアールーの近くにいる兵士たちからも、驚きと恐怖の声が聞こえる。
巨人は、対峙する軍の前方約五〇ヴェルの位置で止まると、抱えていた筒のような物を構えた。あれは何だ? 軍の中に緊張が走る。巨人がその筒を、少し持ち上げる。すると、突然何かが風を切る音がして。
「将軍! 飛空馬が!」
一機の飛空馬の気球に穴が空き、ウルジュワーンの誇る兵器は落下してしまった。巨人の攻撃だ。
「馬鹿な! 一○ヴェル以上の上空にいる飛空馬をどうやって!」
魔法ではない、魔法の気配はなかった。では、一体どうやって? 軍に動揺が走る。
その後も、風切り音が聞こえるたびに、飛空馬が一機、また一機と落とされていく。乗員あるいは地上から風魔法などで落下の衝撃を和らげたお陰で、大きな怪我を負った兵士はいなかったが、それでも戦力の大幅ダウンだ。
「静まれっ! 飛空馬を下がらせろ。魔導士は、あの巨人を、なんでもいい、攻撃しろ!」
将軍の命令は直ちに実行され、火球や風の刃が巨人を襲った。巻き上がる爆煙。倒したか?
しかし、土煙の中から現れた巨人は、何の変化もなかった。こちらからの魔法攻撃は、サカニサラーン、あるいは帝国の魔法使いによって防がれてしまったらしい。
そして、巨人は筒を直接軍に向けてきた。それを目撃した前線の兵士は後退しようとしたが、後ろには友軍の兵が待機していて下がることができない。そして、風切り音。
ドバッ!
兵士たちの目の前の地面が、激しく爆発した。吹き飛ばされた土塊や小石が兵士たちに降りかかる。
「うわぁぁぁぁっ!」
「助けてくれっ」
そして、再び風切り音。風魔法を使った兵士もいたが、風の障壁は役に立たず。土魔法で作られた壁も、なすすべなく破壊される。魔法では、巨人の攻撃を止めることはできなかった。動体視力に優れた兵士の中には、巨人が持つ筒の中から、赤く光る小さな物体がこちらに向かって飛んでくるのを見ることができた。
「あんなものが当たったら、ひとたまりもないぞ!」
「いやだ、死にたくない!」
ジュアールー軍の兵士たちは恐怖に駆られ、その馬から逃げようとパニックになった。
「くそ、例の新兵器は使えないのか!」
「あれは対空兵器故、あの巨人を狙うことはできません」
普段は冷静沈着な副将も、焦りの色を隠せない。
「ならば、やつらを出せ! 巨人には、巨人だ!」
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