内乱の行方

 通された部屋には、会議室用の長テーブルと椅子、それに大きなモニターが置かれていた。そのモニターには、上岡一佐の姿が映っていた。蓬莱村テシュバート間の通信ネットワークが構築できたのね。


『おかえり、阿佐見さん。無事でなによりだ』

「ありがとうございます。まだ、村には帰れそうにないですけど」

『のんびりできるのは、もう少し先になりそうだな』


 そうならないことを願うわ、切に。


「とりあえず現状を教えてもらえるかしら、帝国の内乱から」

「そうですね。帝国の公式情報と王国からの秘密情報、それからドローンの観測結果から、現在判明しているのは……」


 迫田さんの説明を簡単に要約すると、<らいめい>と連絡が取れなくなった七日後、突如としてウルジュワーンが帝国内に檄文を飛ばしたという。内容は「サリフ皇帝は、日本の謀略によって殺された、裏で糸を引いているのはエバ皇后である」という、とんでもないものだった。皇后としても無視できるものではなく、どのような対応をすべきか、ウルジュワーンを除く国のトップや幹部らと議論を重ねていたところ、ウルジュワーンが挙兵し、隣国に攻め込んだ。ウルジュワーンは元々、帝国の兵器開発工房のような役割を持っており、弓や剣だけでなく、熱気球などの武器が集まっていた。


 魔法のある世界で、武器がどれほどの役に立つのかと思うかもしれないけれど、兵士全員がヴァレリーズさんクラスの魔法が使えるわけではない。低位の魔法しか使えない兵士でも、武器を使えば戦える。つまり、兵士の数を集められるという訳だ。

 数の優位と奇襲によって、サカニサラーンは領土の三分の二を占領された。辛うじて、首都サカニカは陥落していないが、時間の問題かもしれないと迫田さんはコメントした。


「気になる点がふたつある」


 迫田さんが、私の前に数枚の紙資料を置いた。これは兵士たちの絵かな? それと、こっちの写真は船ね。なんだか黒いけど。


「こっちは、戦場のあちこちに出現している謎の部隊に関する資料だ。目撃者の話によると、身長が二メートルを超える大男たちで、全員、仮面を被っているそうだ。これがめっぽう強い。そして残虐だ」


 大男? 仮面? ルートの同族だったりして。まさかね。


「船の方は、高高度無人機から撮影したものだ。以前から計画されていた、戦艦<ワース>だと思われるが、やっかいなことにこの黒い部分は魔鉄鋼らしい。どのくらいの精錬度かは不明だが」

「つまり、私たちの技術が使われていると」

「その通りだ。もし、<らいめい>と同等の魔鉄鋼が使われているとすれば、帝国の魔法使いは苦戦することになるだろう」


 それは、あまり気分の良い話じゃないわね。


「帝国側に、この情報は伝えたの?」


 サリフ皇帝が戻った今、詳細な情報があれば先手を打つことができるかもしれない。


「それなんだが……政府の許可が下りていない」

「なんでよ!」


 異界法はかなり自由度の高い法律で、自衛隊による事前通告なしの魔物クリーチャーズ討伐も許されている。が、あくまでの自衛の範囲に限られていて、今回のような戦争、しかも第三国国内の紛争に介入することは想定していない。


魔物クリーチャーズ討伐に関しても、最近は環境保護団体からの抗議があるくらいで、異界こっちでの武力行使はセンシティブなところがあるんだよ。まぁ、環境保護団体なんて、反政府団体の隠れ蓑なんだから無視すればいいんだが、野党がな」


 政府と野党の協議がまとまらないのだという。まったく。政治家は現場を見て判断すべきだわ。一刻一秒を争う事態だというのに。


「つまり、今は動けない、というわけね」


 モニターの向こうから上岡一佐、そして目の前の迫田さんが、同時に首を縦に振った。


「異界局も動いているし、DIMOにも協力してもらっている」


 でもそれを待っている暇はない。


「そう。私たちもやれることはやっておきましょう。上岡さんには引き続き情報収集をお願いします。保谷艦長には、私から<らいめい>の修理と補給を急ぐようお願いします。迫田さんは、帝国と王国から、こちらへの協力依頼を正式な文書で出してもらってください」


『了解した』

「わかった。すぐに手配しよう」

「私はもうひとつ、打てる手を打ちに行ってくるわ」


□□□


 <らいめい>が、ようやくテシュバートの港に入って錨を降ろした。私はすぐに保谷艦長と面会し、現在の状況説明と今後の方針について話し合った。


「分かりました。できるだけすばやく、補給および修理を完了させます」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 保谷艦長との面談後、私はまだ艦に残っていた御厨教授を誘って、ある人物のところへ向かった。


「……という訳なの。帝国に協力してもらえないかしら?」

「了解した」


 コンマ数秒の間も置かず、ルートは快諾してくれた。彼は、日本人ではないのだから、日本政府の制限は受けない。


「現在、私は君たちの保護下にある。“一宿一飯の恩義”というのだろう?」

「どこで覚えたのよ、そんな言葉」

「この艦にあった“映画”という仮想物語のアーカイブからだ」


 とにかく、ルートの協力はとりつけた。あとは……。


「ルートのでっかい方? 問題ないと思うよ」

「変な改造していないでしょうね?」

「ま、そこはね。うん。桜クンは知らない方がいいよ」

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