ウルジュワーンの叛旗

 ウルジュワーンは帝国の西端に在り、古くからファシャールとは同盟関係にあった。<クーナの蜂起>にあっては王子であったエルファ・サリフを支え、また、“飛空馬”をもたらしたことでファシャール帝国の建国に大きく寄与した。帝国の西の要として、また皇帝の盟友としてウルジュワーンは帝国において重視されていた。そのウルジュワーンが、今。


「なぜだ?」


 私が『ウルジュワーンの反乱』を伝えたとき、サリフ皇帝は小さく呟いただけだった。後世の人たちが今の場面を描く時、もしかしたら“皇帝は激高した”とか“激烈な号令を発した”と記述するのかも知れない。それが、サリフ皇帝のイメージだから。でも、私たちはこれまでのつき合いで、豪放磊落という鎧の下に、人なつっこくてさみしがり屋な男がいることを知っている。だから、彼がとても落ち込んでいることも、すぐに分かった。


「カドなる男がアキル王を弑し、新生ウルジュワーン王国を名乗っているそうだ」


 ヴァレリーズさんの言葉に、サリフ皇帝は眼を細めて少し考えた後、


「カド? シーム・カドか? あのコウモリ野郎が、アキルを? まさか」

「情報が錯綜して確実なことは迫田さんも分かっていないそうです。でも、ウルジュワーンが隣国サカニサラーンに攻め込んだのは事実です。今、エバさんが討伐軍を組織して対応しているそうですが……」

「サクラ、エバと話すことはできるだろうか? ふたりだけで」


 現在地は大陸から離れているから、単独で帝都まで飛んでいくことは難しいけれど、回線を繋ぐことは難しくない、と思う。


「分かりました。少しだけ時間をください」

「すまない」


 不謹慎かもしれないけれど、大人しい皇帝というのは、なんだか肩透かしな気分。海自隊員に皇帝とエバ皇后との回線を繋げるよう指示した後、ヴァレリーズさんと一緒に艦橋に上がった。


「どうですか?」

「やはり一旦テシュバートに戻った方がいいでしょう」


 保谷艦長には、ここからウルジュワーンへ向かうことができるかを検討してもらっていた。


「艦の状態が万全ではありませんし、お客さんもいます。テシュバートで修理と補給が必要です」


 迫田さんの思惑は外れることになるけれど、ここは安全策を取るべきだろう。


「わかりました。このままテシュバートに向かってください。それと、大陸までの距離は逐次連絡を」

「了解しました」


□□□


 <らいめい>の通信室で、サリフ皇帝と帝都にいるエバ皇后との通信が行われた。三十分ほどの間にどのような会話がなされたのか、私たちは何も知らない。私がモニターや記録を禁じたからだ。


「協力に感謝する」


 通信室を出てきたサリフ皇帝が、私たちの顔を見て頭を下げた。


「やめてください。皇帝陛下に頭を下げていただくようなことはしていません」

「いや、事は寸刻を争う。私の帰還前に方針が決められたことは、意義深いことなのだよ、サクラ」

「私は、そうしたことはわかりませんが、そうなんですか」

「あぁ、サクラは戦争を体験したことがないと言っていたな。ふむ。分からなくともよいことだよ。そうだ、そろそろ大陸に近づいただろうか?」


 ついさっき、水平線の端に大陸を確認したと報告があった。GPSがなくても、かなり正確な位置情報を把握できるようになったのは、海自隊員の練度が高いからだ。


「ならば、我は行く」


 そう言い残して、サリフ皇帝はクライ君に乗って帝都へと飛び立っていった。


「戦争か……」


 できれば止めたい。でも、そのために他の人を巻き込むことになる。いくら調整官であっても日本政府の意向を確認しないうちは、うかつに動くことができない。歯がゆいな。

 クライ君の飛び立った後部甲板から艦橋に上がると、盛んにテシュバートとの交信が行われていた。


「あぁ、阿佐見さん、ちょうど良かった」

「はい?」

「迫田さんからの要望で、阿佐見さんにはEH-1で先行して欲しいと」

「それは構いませんが……」


 そんなに事態は逼迫しているのだろうか?


「今、準備させています。あと十分で発艦できます」

「わかりました」


 私は、来たばかりの順路を逆に辿って、後部甲板へと急いだ。


□□□


「無事で何より」


 迫田さんは、ヘリポートで私を出迎えた。


「ご心配を掛けました――そちらも大変だったようね」


 私を運んできたEH-1は、再び飛び去っていく。<らいめい>から帝国の人たちをピストン輸送するためだ。


「追々説明するよ。まずは基地へ行こう」

「えっと、その前にこちらの方は?」


 私の視線の先には、大剣を背負った一人の男が立っていた。


「あぁ、こいつは……」

「クラレイアムだ。ご覧の通り、剣士だよ」


 クラレイアムと名乗った男が差し出した手を、握り返しながら「はぁ」としか返せなかった。


「サコタの護衛をさせてもらっている」


 護衛? 吸血鬼の護衛?


「後で説明するよ」


 私がいない間に何があったんだろう? 気にはなるが、今は報告を聞かないと。私たちは急いでヘリポートから基地の建物へと向かった。途中、フェンスから離れた場所で、馬車がたくさん待機しているのを見かけた。ヘリの音で馬が驚くので、この位置で待っているらしい。電動モーターでローターを回すEH-1は、普通のヘリに比べてそんなにうるさくないと思うんだけどなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る