洋上での試射試験

 日本、というか蓬莱村では、科学技術と魔法を組み合わせた魔導工学なる分野が盛んに研究されていて、<らいめい>にも適用されている。あの御厨教授が主導しているという点が気がかりではあるけれど、きちんと成果も出ている。

 たとえば、魔石に風属性魔法の回路を刻み込むことで結界を張り、船がどんなに速度を出しても風を感じることはない。船の速度も、水属性魔法によって船体の抵抗を減らしている。船体には、ロージ山から算出された魔素マナを多く含む(と考えられる)魔鉄鋼が使われているので、魔法の効率も良い……らしい。異界こっちの人には分かるけれど、私たちには分からないことが、なんとなく歯がゆい。隔靴掻痒って奴ね。


 そんな訳で、<らいめい>では科学技術と魔法の組み合わせをあちこちで見ることができるのだけれど、これから試射を行うリニアレールガトリングガンもそのひとつ、ということになる。


「従来のリニアレールガンは、銃身が一組だったけれど、それだとやっぱり、発生する熱の問題で連射ができなかったんだよねぇ」


 御厨教授が試射を前にしたブリーフィングを行っているここは、ブリーフィングルームだけど、普段は食堂として使っている。乗員の精神面を考慮して、普段は艦橋ビデオを流している壁面のベゼルレス液晶画面には、三面すべてを使ってリニアレールガトリングガンの資料が表示されている。


ドラゴン討伐の際に、水属性魔法で冷却したことがヒントになった……」


 御厨教授の言葉を聞いて、冷却した当人であるダニーさんが渋い顔をする。生物大好きな彼は、できれば傷つけることなく大海蛇を遠ざけたいと考えている。なぜ知っているかって? あれだけ毎日のように嘆願されれば、ねぇ。


「この船に搭載したレールガトリングガンは、レールを三組にしている。レールガンを撃った後、レールが回転して次のレールがポジションに付く。熱を持ったレールは、その間、冷却魔法によって冷やされるという訳さ。現時点で一秒間に十五発の射撃か可能だよ。ただ、レールの歪みなどの問題があって、連続射撃は三十秒までになっている」


 おぉ、と小さな声を挙げたのは、王国から来た武官。たぶん、リニアレールガンの威力を知っているのだろう。それを知らない帝国の人たちは、反応が薄いな。当たり前だけど。


「ま、講釈をたれるよりも、実際に観て貰った方が早いだろ。榎田クン、頼む」

「はい」


 榎田さんが手元のスイッチを操作すると、壁面パネルに外の景色が映った。三面ぐるりと海原が広がっているので、まるで艦橋にいるような錯覚に陥る。


「あー、気分が悪くなった方はお申し出ください」


 出航してすぐに、王国の武官は船酔いに悩まされるようになった。さすがに海の民である帝国の人たちは、船酔いを起こすことはなかった。……少しくらい具合を悪くして大人しくしていてほしかった人もいたが。


「前方二キロだから一キナヴェル、前方に標的となるブイを浮かべてある。拡大してみようか」

 前方モニターの中央がズームされると、波間に標的が見え隠れしている。概要なので、凪の状態でもうねりが大きいようだ。


「標的の大きさは、およそ半ヴェルだよ。さて、と。CIC。最初は単発で。いつでもいいよ」

『こちらCIC、了解しました。射撃訓練を開始します』


 先頭指揮所CICからの回答が、室内のスピーカーから流れる。


リニアレールガトリングLRG、射撃準備。単射モード。撃て』


 音も無く。後部甲板、第二船体、第三船体に搭載されたリニアレールガトリングガンが発射された。水面の波が、弾丸の軌跡に沿って抉られ、そして目標が消えた。


『着弾確認』


 ブリーフィングルームに集まった、帝国の人たちを見回すと、みなきょとんとした顔になっている。そりゃそうか。発射音もなければ、派手な爆発もないし。……いや、帝国人の中でも一人だけ渋い顔をしている男がいる。サリフ皇帝陛下だ。なぜ渋い顔?



「CIC、状況を報告して」

『砲身、および制御装置、ともに異常ありません』

「オーケィ。なら、連射モードのテストに入ってちょうだい」

『了解。連射モードテストに移行します』


 <らいめい>が、サイドスラスターを使ってゆっくりと右に回頭する。アクティブ・フィンスタビライザーAFSのお陰でほとんど揺れることなく、ブリーフィングルームのモニターに映し出された画面も流れていく。しばらくすると、小さな島が見えて来た。


目標捕捉ターゲットインサイト、LRG、連射モード、撃て』


 トトト……。


 そんな軽い音が伝わってくる。正面のモニター内では、島の岸壁が土煙を上げている。


「おぉ……」


 二十秒ほど続いた射撃が終了すると、すっかり形の変わった島の様子が映し出された。


「魔法……ではないのですな」

「あれだけ岩を穿つなら、五位……いや、六位の実力者でないと……」

「ううむ、話には聞いていたが……恐ろしいものですな、陛下」


 帝国武官のひとりが、サリフ皇帝に同意を求めた。が、皇帝の言葉は意外なものだった。


「お前は、バカか?」

「はっ?」

「お前の目は節穴か、と言っている」


 皇帝が渋い顔のまま、話し続ける。


「怖れるべきは、最初の射撃だ。この、揺れる海の上で、わずか半ヴェルの大きさしかない的を、一キナヴェルの距離から打ち抜くなど、並みの技量ではない。銛に置き換えて考えてみよ。風の加護、水の加護があっても、このような真似ができる人間を、お前は知っているのか?」

「いぇ……」


 話しかけた武官は、自分の失言に恥じ入った。

 エバさんは、サリフ皇帝を『戦闘バカ』と言っていたけれど、ただのバカじゃないみたい。


「岩のような大きな目標なら、下手な魔導士でも当てることができるだろうしな」


 皇帝の言葉に、以前から感じていた疑問が思い出された。


「皇帝陛下。不躾な質問をお許しください」

「サクラ、お前の話ならいつでも聞くぞ。嫁に来る気になったか?」

「違います! 陛下のおっしゃるように大きな目標に魔法を当てることができるなら、なぜ大海蛇を魔法で駆逐しようとはしないのですか?」

「したさ。だが、数人程度では彼奴きゃつを怒らせるだけだった。戦いに使える魔導士を五十人ほどかき集めて挑んだが、歯が立たなかった。それにな、あまり魔法を集中させると、その海域の環境が変わってしまうのでな、それで諦めていたというわけだ」


 うぅ、これは退治なんて無理かも。ちょっと安請け合いしちゃったかなぁ。そんな思いが顔に出ていたのだろうか。


「サクラよ、俺は今の試し打ちを見て、お主らの高い実力を感じたぞ。お主らなら大海蛇を退治できるかも知れぬ。彼奴きゃつめの弱点を射貫くことができれば、だがな」


 それには、まず調査が重要ね。科学的なアプローチで、相手を調べないと。

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