大海蛇との遭遇
<らいめい>後方にある、ヘリ用格納庫の一角。そこは今、皇帝の飛龍、クライ君の巣になっていた。皇帝自らが同乗を希望した時から、そんなことになるような予感はあったけどね。
出航してから半日くらいして、クライ君は<らいめい>のデッキに飛来した。最初は、キョロキョロを周りを見渡して、どこか不安そうにしていたけれど、しばらくして格納庫の一角に陣取ったのだった。どうやら、
クライ君が住み着いたことで、一番興奮していたのはダニーさんだ。生物学者を自称するだけあって、飛龍の生態に興味津々らしい。また、乗員も最初は怖がっていたけれど、クライ君が大人しい性格だと分かると、みんなでかわいがるようになった。「邪魔だ」とか言っていたヘリの担当者たちも、いつの間にか懐柔されていた。誰かが、使い古しのバスタオルをあげたことをきっかけに、タオルやら古着やらがクライ君の巣作りに提供されるようになった。さすがに官品である毛布が献上された時は、保谷艦長のかみなりが落ちたが、不届き者が出るくらいならと、補給品から余剰品の提供が認められることになった。艦長を説得したのは、私なんだけどね。クライ君に非はないし、かかった費用は後日帝国に請求するつもりだし。
そんな訳で、すっかり船の一員になったクライ君は、<らいめい>が搭載している電動ヘリコプターに追従して飛ぶこともあった。そうやって併走していると、クライ君がいかに運動能力に優れているのかが分かる。最高速度は電動ヘリより早いし、ヘリのようなホバリング能力もある。人に慣れた翼竜は、帝国内にあと十数匹いるらしい。もし戦争になっていたら、対空防御という概念がほとんどなかった王国は苦戦していたかも知れない。
<らいめい>は、テシュバードから真っ直ぐ南下するルートを進んで行った。装備の実証実験や機能確認だけでなく、周辺の海図も作りながらなので、非常にゆっくりとした航海だ。海図造りには、電動ヘリのほか、
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試験航海三日目。予想以上に順調な航海が続いていた。
「
艦橋の後方にあるスペースで、書き込まれつつある海図を前に保谷艦長が呟く。
「昔ながらの六分儀と慣性航法を組み合わせてなんとかやっていますが」
「若い連中には、良い訓練になっていますよ」
艦長の横に立っている遠藤海曹長が答える。ふたりとも、海の男って感じだ。陸の人たちとは随分長いつき合いだけれど、海の人はまた感じが違うのよね。
「ファシャール帝国の人たちが、星を使っていて良かったですね」
王国では、あまり星空に関心がない。ブロア師のような人が異端とされるくらいだから。でも、ファシャール帝国では、星の位置を読んで海を渡る技術が普通に使われていた。
「まったくです。でなければ、一から始めなければならないところでした。
私も六分儀の扱いは、すっかりさび付いていますからなぁ。若いモンに教えて貰わないといけませんな。GPS整備の方が先になるかもしれませんがね」
「ご冗談でしょ」
「現在、ほぼ予定通りに進捗しています。ただ、気になるのは気圧の低下ですね」
「台風ですか?」
「えぇ。
GPSもそうだけど、気象衛星がないことも残念ね。私たち現代人は、衛星とか情報網とかから簡単に情報を引き出せることに慣れすぎて、情報が入手できないとまるで目と耳を塞がれたような気になってしまう。「だから、我々科学者が必要なのだろう?」と、御厨教授がどや顔で言いそうな気がする。
そんな時、艦橋のスピーカーが音を立てた。
『阿佐見調整官、保谷艦長、CICへ』
艦内にはWi-Fi環境も整っているし、どこでもビデオ通話が可能になっている。にも関わらず、わざわざ私たちを呼び出したということは、それだけの何かがあるということだ。私と艦長は、うなずき合ってCICへと向かった。
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ドアの前に立っている警備兵に挨拶しCICに入ると、室内にいた全員がいわゆる“気をつけ”の姿勢をとった。保谷艦長が合図すると、再び動き出す。こういった場面に出くわすと、一般人としては微妙な気持ちになる。まして、彼らに命令できる立場にあるというのも、変な気分だ。
「阿佐見調整官、保谷艦長、こちらに」
CICの中は暗く、モニターや計器類からの光が煌々と輝いている。よく足をぶつけずに歩けるものだと思う。
私たちが案内されたのは、レーダー画面が表示されたモニターの前だった。
「ご足労いただき、申し訳ありません」
射撃指揮管制官の藤宮三等海佐が、私たちに敬礼をしている。
「何があったのですか?」
「先ほど、哨戒任務に当たっていたEH-1から、“SS”を目視確認したとの入電がありました」
SSとは、大海蛇を表すコードネームだ。“
「確かなのか」
「はっ。報告によれば、場所は本館進行方向に対し十時の方向、距離はおよそ二十海里の地点なのですが……こちらをご覧ください、こちらではSSを確認できておりません」
そういって藤宮三佐は、レーダー画面を指し示した。そこには、“EH-1”と“F”という文字が映し出されていた。EH-1は
「この“F”って……」
「サリフ皇帝および、クラ……失礼、翼竜であります」
あ、クライ君も一緒なのか。Fは……きっと
「水上レーダーはどうか」
「対象が水面ギリギリを進んでいるらしく、波と区別がつきません。現在、波と分離できないか解析中であります」
「わかった。EH-1にあってはソノブイを投下、その後帰還せよ」
「EH-1はソノブイを投下し、帰還します」
「問題は、皇帝陛下だな。通信装置は持たせているのか?」
「こちらでは確認できません」
「どうですか、阿佐見さん?」
「いや、私に言われても……でも、あれでも帝国のトップですからね。むやみに突っかかることはしないでしょう」
「……そう願いたいものです」
しばらくして、画面上にあるふたつの光点は、方向を変えてゆっくりとこちらへと戻ってきた。よかった。単なる戦闘バカじゃなくて。
<らいめい>はまだ試験航行中で、大海蛇と交戦する準備は整っていない。そもそも、私たちは大海蛇を倒すつもりはなくて、他の海域に行ってもらえればそれでいいと考えている。それは帝国も同じだ。だから、相手を調べて弱点や苦手なものを見つけようとしていたのだ。
じゃぁ、なぜ見せつけるようにリニアレールガン、じゃないリニアレールガトリングガンの試射をやったかといえば、いわゆる抑止力って奴ね。私はそんなこと必要ないと言ったんだけど、
ともかく、今はまずい。装備も人員も十分じゃない。ここは三十六計。私たちは、突発的な状況を避けるべく、進路を変更した。
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