技術実証実験艦<らいめい>

 ドドドドドドドド……。


 大きな音を立てて、水が、大量の水が注ぎ込まれていく。私は、その様子を少し離れた場所から眺めていた。

 今、水が溜まりつつあるドッグには、八基の巨大なクレーンがドックを囲むように配置されており、クレーンから伸びたワイヤーケーブルの先には、巨大な船が吊り下げられている。その名は、技術実証実験艦、DX-1<らいめい>。日本の技術を詰め込んだ護衛艦(の実験艦)だ。その形は少し変わっている。上から見ると、高さが百メートル、底辺が三十メートルの二等辺三角形なのだ。護衛艦にしては、幅が広い。それは<らいめい>が、胴体を三つ持っている『三胴船』だからだ。普通の艦艇と同じ船体の左右後方に、第二、第三の船体があり、それらを大きな甲板が繋いでいる形だ。

 また、艦橋も変わっている。複数の平板を繋ぎ合わせて、亀の甲羅のような形になっている。これは、レーダー波を乱反射させるための形状なのだそうだ。「異界こっちでは、意味ないんですけどね、ハハハ」と、防衛装備庁技術本部の技官が自嘲していたが、<らいめい>は元々あちらの世界で建造し始めていた船なので、形を変えることが手間だったからに過ぎない。


 形は変えていないけれど、細かい部分で仕様が変更されている。ディーゼルではなく、燃料電池とバッテリーで推進するとかね。ほかにも、御厨教授が暗躍して、異界こちら向けにいろいろ改装しているらしい。


 普通、大きな艦艇の建造は、設計に五年、建造に五年、計十年ほど掛かるらしい。しかし<らいめい>は、わずか四ヶ月という超短時間で建造された。こんなに早く作り上げられた理由のひとつは、すでに設計が終わり主要部品も完成しつつあったから。それにもうひとつ、日本にはなくて異界こちらにはあるもの――魔法による作業効率のアップだ。何しろ溶接作業がない。土属性魔法が使える人が、“繋がれ”と思うだけで一体化してしまうの。

 外装などに使う鉄は、辺境伯マーグレイヴ領の鉱山から算出したもので、魔素マナを多く含んでいるらしく、非常に魔法と相性がいいらしい。竜骨や桁などCFRPでできた部材は、日本で作ってこちらに持ってきたものだ。ちなみに、蓬莱村からテシュバードへの輸送は、電動トラックのほか、大型の輸送用飛行船が使われている。王国はもちろん、私たちが航空戦力を持っていないと思い込んでいた帝国の人たちも、輸送用飛行船――<ペリカン>と命名した――を見て度肝を抜かれていたようだ。特に、皇帝。声を上げることはなかったけど、目を見開いた表情は、今思い出してもおもしろかった。 


 注ぎ込まれる水の勢いが弱まってきた。同時にクレーンのアームがゆっくりと、ギシギシ音を立てながら動いた。クレーンが支えていた巨体が、ゆっくりと水面に近づき、やがて浮かんだ。<らいめい>の甲板上にいる作業員が、テンションがなくなったワイヤーを外していく。


「本当に浮いていますね……これは驚いた」


 私の隣に座っているドーネリアス王子が、ため息交じりに呟いた。王国だけでなく、海運・漁業の発達した帝国の人々も、金属で作られた船が水に浮かぶということを、なかなか理解してもらえなかった。こうして実際目にしても、半信半疑の人間は少なくないだろう。


「あのような巨大なものを作る力……熟々、講和できて良かったと思えるな」

「そのように正直に話されるエバ皇后に、私は好感を持ちます。でも、そんなことお話になって良いのですか?」


 外交的に、という意味だ。エバ皇后自身や私は気にしなくても、帝国の中には“日本ニヴァナに膝を折るのか!”と怒る人もいる。面倒だけど。


「良い。ここしばらくニヴァナの民と交流し、お主らの考え方が少しずつ分かってきたように思う。“互いに良い部分は認め合う”――違うか?」

「まぁ――そうですね。そうありたいと思っています」


 日本人は、他人に褒められると弱い。身も蓋もない言い方をすれば、お人好しが多い。それで失敗することも多いけれど、そんな日本人の気質は悪くないと思っている。


「認め合う、とうことでは、この船こそ、日本の技術と異界の魔法が融合した結晶だと思いますよ。建造の工程もそうですが、帝国や王国の魔法を活用した設計になっています。後ほど、ご覧戴く予定になっています」

「そうか、それは……」

「後ほど、などと言わず、今すぐ見たい!」


 私と皇后の会話に割り込んできたのは、誰有ろうファシャール帝国皇帝その人だ。私の中で、この人の評価は、もはや海面下にある。


「見学は、式典後です」

「俺は皇帝だぞ? 少しは、なんだ、なんと言ったか……あれだ、“忖度”しろ」

「忖度の使い方間違っていますし、いかな皇帝と言えども、守るべきルールはあります。ねぇ、エバさん」

「サクラの言う通りじゃ。皇帝なら皇帝らしく、毅然とした態度をなさってください、陛下」

「うぐっ」


 妻にきつく言われた帝国のトップは、変な音を立てて黙った。


□□□


 式典は、恙なく終わった。

 といっても、式自体簡素なものだった。出席したのは、日本人以外だと王国からドーネリアス王子以下十数名、帝国からは皇帝、皇后以下二十数名。元の世界でおなじみのシャンペンボトルを船体にぶつけて割る代わりに、エバ皇后にアルコールで球を作って貰い、それを船体にぶつけて祝福とした。エバ皇后が水属性魔法使えて良かった。余談だけれど、帝国は海に面しているだけあって水属性魔法を得意とする人が多いらしい。逆に、水の相対属性である火属性魔法の使い手が少ないと聞いた。あれ? 王国ではどうなんだろう?


 粛々と進行した進水式に対して、その後に行われた内覧会の方が大騒ぎだった。異界こっちの人たちにとっては、金属でできた乗り物の中に入ること自体が初体験だったからね。王国から来た人の中には、初めて海に浮かぶ船に乗る人もいたし。

 ドックを出て、テシュバード湾(仮)の桟橋に横付けされた<らいめい>は、そんなに揺れているわけではない(横揺れが少ないのも三胴船の特徴)のに、王国の貴族が体調崩したり、それを見た帝国の貴族が鼻で笑ったり、さらにそれを見た別の王国貴族が喧嘩をうったり……。

 かと思えば、帝国のトップであるサリフ皇帝は、<らいめい>の主砲として急遽取り付けられたリニアガトリングガンや電動ヘリに興味津々で、技本の研究員を捕まえて質問責めにしていたし、ドーネリアス王子は<らいめい>の保谷艦長に艦艇の運用についてしつこく聞いていた。当事者じゃなければ、生温かく見守っているんだけど、これでも責任者なのであっちに呼ばれ、こっちで助けを求められ、帝国や王国の人たちに質問されたり依頼されたりと、めまぐるしく働くはめになった。


 半日経って、騒ぎはようやく落ち着きを見せた。予定していた補給物資と人員の搬入・配置も完了し、後は出港するだけになった。今回は、<らいめい>の性能評価を行うため、一週間の航海に出る計画だ。王国と帝国から三名ずつの武官が同行することになっており、私も参加することになっている。フェリーでの旅は経験あるけど、一週間の長旅は初めてで、少しワクワクしている。


「口惜しいが、貴方に頼むしかない」

「心配するな、サコタ。この私が彼女を守るよ」

「くっ、本来なら、私がやるべき仕事なのだが……」

「聞いたよ、吸血鬼は流れる水を渡れないのだろう? 仕方ないじゃないか」

「ヴァレリーズ、その認識は間違っているぞ。確かに地球の伝承ではそうなっているが、実際は違う……と、そんなことを言ってもしかたない。今回は、どうしても外せない仕事なんだ」

「そうか。安心したまえ。君は仕事を頑張ることだ」

「……借りは返す」

「ん? 貸したつもりはないよ」


 桟橋で、迫田さんとヴァレリーズさんが何か喋ってる。風が強くなってきたので良く聞き取れないけど、あの二人ってあんなに仲良かったっけ? 


「もう決めたのだ!」

「しかし、陛下――」

「喧しいっ! 決めたと言ったら決めたのだ!」


 それよりこっちの方が問題。あの皇帝が一悶着起こしている。今度は、<らいめい>の航海に同乗したいと言い出したのだ。


「皇帝としての儀式も控えておりますし、何卒お考え直しを」

「うるさい!」


 ゲードさんもたいへんだ。


「ゲードよ、もうよい。陛下の好きにさせよ」

「しかし、皇后陛下……」

「こうなっては仕方あるまいよ。……のぅ、サクラ」

「へ? 私?」


 なんで、私なのよ。


「エルファ、我が夫にしてファシャール帝国皇帝よ。サクラの言うことを聞くというのなら、帝国は我が預かろう。どうじゃ?」

「おう、我が愛しき妻にして叡智の女神よ。お前の言うようにしよう」

「では、決まりじゃ。約束違えるなよ?」

「分かっておるわ。ハッハッハッ!」


 なにこの茶番。


「というわけじゃ。サクラよ、お主に任せた」

「いやです」

「これも末永く和平を保つためじゃ。辛抱してくれ」

「はぁ~っ。恨んでいいですか?」

「ふふふ。構わぬよ。お前の恨みなら喜んで買おう」

「では、航海が終わるまでに貴方が太る呪いを掛けておきます」

「それは、困るなぁ……じゃが、仕方あるまいよ。そのくらいの呪い受けて見せよう」

「分かりましたよ、もう、エバさんには敵いません」


 エバ皇后といいマルナス伯爵夫人といい、私は年上の女性に弱いらしい。……あれ? 二人とも年上……だよね?


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