収穫祭の夜

 春に行われた帝国との講和会談の結果を受けて、私は慌ただしく動き回ることとなったのだ。私が忙しくなった、その大きな要因のひとつが、帝国内に日本の租借地ができたことだった。そこは、かつて小さな漁村だった場所だったが、ずいぶん前に打ち捨てられた場所だった。村が衰退した主な理由としては、海に面した海岸線のほとんどが崖で、港があった入江も小さく、海岸からすぐに海底が落ち込んでいるような構造であることが挙げられる。要するに、漁場としては適さない場所だったからだ。しかし、日本わたしたちの目的にはぴったりだった。日本政府は、帝国からその廃村──テシュバードを季節が百度、巡めぐる間(つまり百年間)金貨一枚で借り受けた。うーん、どっかで聞いたような話だわ。


 ともかく、こうして日本は異界に港を得ることができた。夏の間は、もっぱら港の整備とドックの建造に時間が割かれた……とはいえ、大規模な土木工事であっても、王国の魔道宮や帝国の魔道ギルドの協力もあり、サクサクと驚くべきスピードで完成した。

 忙しい中でも、まったく気晴らしがなかった訳じゃなくて、夏っぽいイベントも行った。帝国においては、浜辺で遊ぶのは子供のすることという認識で、王国にいたっては海水浴という風習自体が存在しなかった。マルナス伯爵夫人によれば、避暑として川遊びをするくらいらしい。というわけで、私や詩、日野二尉の日本側女性陣と、マルナス伯爵夫人、エイメリオちゃん、エミリオさんといった王国女性陣を集め、帝国領内の浜辺を貸し切って女子オンリーの海水浴を行った。途中でエバ皇后なんかも乱入してきて、結構大騒ぎになったけど、とても楽しかった。

 私たちが海水浴をしている間、王国騎士団、帝国海軍の方々には警備を任せたけど、緊急時以外、浜辺の方を見ることは禁止させてもらった。ほら、肌を異性に見せるのは、異界こっちの女性たちには抵抗があるじゃない? 後から海水浴のことをしった寒川一曹が、「水着回がぁ……」と呟いていたけれど、なんのこっちゃ? 


 そんなわけで、あっという間に秋が来て、蓬莱村では恒例の収穫祭が行われることになった。今回は、辺境伯領にある三つの村から、子供を中心に招待した。これも領民サービスってやつ? というか、領民にサービスする風習が、│異界こっちにあるかどうかは知らない。私は(少なくとも辺境伯領の)子供たちには、一定レベルの教育を受けて欲しいと思っているので、そのための布石ってことになるかな?


 異界の一般的な村の子供たちは、魔法の能力に優れていれば魔導士になる道があるけれど、そうでなければ親の跡を継いで農民になるしかない。あとは魔法の属性を活かした職人か。いずれにせよ、選択肢はほとんどない。それを変えたい、と私は思う。科学的な知識を得れば魔法能力向上に役立つってことは、ヴァレリーズさんやダニーさんで証明されている。もしかしたら、数学や音楽、美術なんかも役に立つかもしれない。国語は……私たちでは教えられないけど。

 そんな下心もありつつ、子供たちには収穫祭を楽しんで欲しい。宿舎も十分に用意しているので、子供たちには良い思い出を作ってもらうことができるだろう。


□□□


「サクラおねーちゃん!」

「エイメリオちゃん! よく来たね~!」

  

 お父ヴァレリーズさんに連れられて蓬莱村にやってきたエイメリオちゃんは、収穫祭の準備をしている私を見つけると、ばふっと抱きついてきた。相変わらず愛くるしい。も~お姉さん、ぎゅ~ってしちゃうぞっ!


 「あのね、あのね。メリオ、今度、学校に通うことになったの。、ミシエラちゃんも一緒なの!」


 異界こっちで学校といえば、魔法を教える学校のことだ。以前から、折を見て学校に通させるとヴァレリーズさんは言っていた。異界では、自分たちのタイミングで入学の時期が決められるらしい。でも、入学試験や卒業試験などの試験のスケジュールは全員、同一なのだそうな。どんなカリキュラムになっているのか、少し興味があるわね。王国に対して、以前から学校の見学をお願いしているのだけれど、なかなか実現しない。

 それにしても、ミシエラちゃんって……もしかして、王女様のことじゃない? 


「うん。ミシエラちゃんは、王女さまなの」

「本来、王家は学校に行く必要はないのだがね」と、近くに来たヴァレリーズさんが娘の言葉を補足した。そうなのか……カイン王子に影響されたかな?


「そうだ、お姉ちゃんね、エイメリオちゃんに渡すものがあったんだ」

「えっ? なぁ~に?」


 私は、ポケットにしまっておいた細長い箱を取り出し、エイメリオちゃんに「開けてみて」と言いながら渡した。


「うわぁ~っ!!」


 箱の中に収まったペンダントを見て、エイメリオちゃんは歓声をあげた。


「前に私のこの指輪を『かっこいい』って言ってくれたでしょう? だから、同じデザインで作って貰ったの。着けてみる?」

 私の言葉に、エイメリオちゃんはヴァレリーズさんを振り返って見あげた。ヴァレリーズさんがゆっくりと頷いたので、エイメリオちゃんは大きく笑いながら「うん! 着けてみたい」と言ってくれた。かわゆいのぅ。

 私は化粧箱からペンダントを取り、エイメリオちゃんの首にかけた。私の指輪と同じ、龍の紋章を象った銀色のペンダントヘッドが陽光を受けてキラリと光った。


「よかったな、メリオ。さ、お礼を言いなさい」

「サクラおねぇさん、ありがとう!」

「どういたしまして。大切にしてね」

「うん!」


 詩や尾崎先生なんかに相談して、あーでもない、こーでもないと言いながら作った品だ。御厨教授のとこにいる榎田さんが、冶金の知識があって助かったわ。


□□□


「ここにおったか! 探したぞ!」


 私たちが、なごやかに談笑しているところに、突然、大声が聞こえた。声のした方を見たら、あまり会いたくない人物が立っていた。


「なぜ、貴方がこちらにいらっしゃるのですか? ?」


 収穫祭に招待したのは、帝国皇帝ではなく、エバ皇后の方だ。


「すまぬ。我がお主のところへ行くと嗅ぎつけた此奴が、勝手に付いてきたのだ」


 皇帝の後ろから、エバ皇后が現れて弁解した。皇帝を「奴」呼ばわりって……ここ数ヶ月のつき合いで、知ってはいたけどね。


「まぁ、来てしまったものは仕方有りません。(外交儀礼上、いまさら追い返す訳にもいかないし)問題を起こさずに大人しくしてくれれば、問題ありません」

「私が何か問題を起こすというのか? サクラよ、帝国の皇帝に対してそれは不敬出有ろう?」

「あ~はいはい。失礼しました。伏してお願い申し上げますから、大人しくしていてください」

「ぬ? 何か軽んじられているようで、納得できぬ。サクラ、お前が相手を……「サリフ陛下」」


 私に近づこうとした皇帝の前に、ヴァレリーズさんが身体を割り込ませてきた。


「他国において傲慢に振る舞うなど、上に立つ者として恥ずべき行為。ファシャール帝国皇帝としての尊厳をお保ちください」

「ふんっ! オールト師か。王国の魔導士が帝国皇帝の尊厳を語るか。貴様こそ、分を弁えよ」

「ここはニヴァナの民の地。まして、今は祭りの時。王国であろうが帝国であろうが、身分に差はございませんよ」

「ほぅ? 男同士、実力でやり合おうというのか? この私に?」

「陛下が望むなら、私も四相六位の魔導士として、その力の一端をお見せしても良いのですよ?」

「はい! そこまでーっ!」


 このままだとエスカレートしそうなので、私は二人の間に割って入った。


「サリフ陛下、大人しくしていてくださいとお願いしたばかりですよね? 折角、和平がなって交流も進んできたのに、帝国皇帝自らがそれを壊す気ですか?!!」

「…………」

「それと、ヴァレリーズさんもエイメリオちゃんがいるところでなにやっているんですかっ! もう少し分別のある方だと思っていましたが、私の眼鏡違いですか?」

「……すまない」

「私は他にもやることがあるので、ここで失礼します。じゃ、エイメリオちゃん、またね、お祭り楽しんでいってね」

「うん! またね、サクラお姉ちゃん」

「エバさん、後はお任せします。(夜に、また)」

「うちのが迷惑を掛けてすまぬ。(うむ。夜に、な)」


 なんだか知らないけれど、落ち込んでいる大の大人ふたりを置き去りにして、私はその場を立ち去った。


□□□


 去年の収穫祭では、少し飲みすぎて失態を演じてしまったので、今年はお酒はセーブした。それは、“夜の女子会”のためでもあった。


「じゃ、まず、再会を祝して、かんぱ~い!」


 日野二尉の音頭で、グラスが掲げられる。ここは、女性専用の宿泊施設となっている迎賓館の別館、その中でも比較的大きな部屋。王国から調達したふわっふわのカーペットが一面に敷かれ、そこに置かれたローテーブルの上には、日本から持ってきた珍味やらスイーツやらが、さまざまなアルコールと一緒に置かれている、というか、私が置いた。


「これ、おいしいわねぇ」

「うん、ニホンシュ? というのですか? 口当たりが軽いですね」

「こっちの辛口も試してください」

「帝国からもってきた、貝を燻製にしたものです。いかがですか?」

「おおっ、似たものが日本にもあります。いただきます」


 部屋の中には、日本、ヴェルセン王国、ファシャール帝国の女性たち十名ほどが集まっていた。今夜は、地位は関係なく楽しく飲み明かすのだー!


「で、ヒノさんは、もうお相手をお決めになったの?」

「へ? あ、いや、自分はまだそういったことは……」

「あら? それだったら、是非私の縁者をご紹介させていただきたいと――」


 政治的な話はNGにしたので、自然と自分たちの生活や恋バナに展開したいるようだ。中でも異界人と結婚した詩は、異界こっちの女性たちに質問攻めされている。その内容は、ちょっと書けないくらい明け透けでびっくりだわ。詩の頬が赤いのは、お酒のせいばかりじゃないわね。


「あの~サクラさん? そろそろ……」

「おぉ、妾もそう思っておった。サクラ殿、是非、お見せいただきたい」


 普段、王都の日本大使館で食事を作って貰っているマリーさんと、ファシャール帝国のエバ皇后が並んでいるところは、あり得ない風景よね。


「そうですね、皆酔っ払う前に、やりますか!」


 私は、話の輪から救出した詩に手伝ってもらって、隣の控え室から、カートやバッグ、ケースを持ってきた。


「うわー」

「はぁ……」

「なんて……」


 言葉をなくした女性たちの前には、さまざまな色と素材を使って作り上げた、ショーツやブラジャー、キャミソール、少々露出度の高いナイトウェアなどが並んでいた。有名ブランドから職人手作りのもの、機能性に富んだものなど、いろんなツテを使って世界中(向こうのね)から集めた、ちょっとしたコレクションだ。外務省異界課の人には無理を聞いて貰っちゃった。その分、異界こっちでの異文化交流に役立てなとね。


「触っても、よろしくて?」

「もちろん!」


 その言葉をきっかけに、争奪戦が始まった。みんな、きゃぁきゃあ言いながら、布地の感触を味わったり、どうやって使うのかを思案したりしている。

 ふっふっふっ。夜は始まったばかり。女子だけの、夜の異文化交流はこれからよ。


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