夢の邂逅

 気が付くと、そこは一面真っ白な世界だった。


 あれ? ここはどこ?


 確か、私は<らいめい>で試験航海に出て、嵐の夜に大海蛇と遭遇して、島に漂着したんだった。それで、その島を調べようと四人のチームで探索にでて……。うん、覚えている。巨大な卵に触れた途端、ここに来たんだ。


 ここ。ここはどこなのだろう?


 テレポーテーション? それとも魔法? いやいや、空間を一瞬で移動するなんて便利な魔法はないはず。使っているところを見たこともないし。……まって。移動したのは空間じゃなくて時間なのかも……って、そんなわけないか。“オッカムの剃刀”だわ。つまり、これは“夢”。私が見ている白昼夢。

 だって、さっきまでの暑さが嘘のように、暑くもなければ寒くもない。むしろ心地良いし。


 夢と決まれば、話は簡単。私(の本体?)が目覚めるのを待てばいい。


 そんなことを考えていたから、周囲の状況が少しずつ変化していることに気が付かなかった。「これは夢」という結論を得て、一安心したところで周囲に注意を向けると、真っ白だった周囲の風景が、青と白が渾然と混ざり合ったトンネルになっていたことに気付いた。いつからこんな風になっていたのか分からない。迫田さんなら『注意力、散漫です』と怒るかな。ヴァレリーズさんなら『まったく、サクラさんは』と呆れるかも。


 ふいに身体が移動しはじめた。前方から引っ張られる、あるいは後ろから押される感覚。ゆっくりと前方へと進む。もちろん、自分でそうしたいと思ったわけじゃない。“何かに呼ばれている”そんな感じ。この感覚、以前どこかで……あぁ、ゴクエンさんと会話した時に似ている。あの時も、不意に身体が宙に浮かんで。それでいて、あまり恐怖は感じなかったな。今もそう。この先に何が待っているのかは分からないけれど、恐ろしさは感じない。


 トンネルの中を音も無く進む。


 どのくらい進んだのか。百メートルくらいだろうか? 距離の感覚も時間の間隔も曖昧だ。


 私の目の前に、薄い膜があった。それが、ゆっくりと真ん中から開いていく。まるでカメラのシャッター機構みたい。または、瞳の瞳孔かな?


 私の目に飛び込んできたのは、小さな白い部屋。キラキラと色とりどりに光る小さな球が、部屋の中を飛び回っている。その中央には、一本のラセンがグルグルと回っている。形はレモン。美容室の前にあるサインポールを太くして、上下を絞ったみたい。色は純白だけど。


“ようこそ”


 私の頭の中で声が響いた。ようこそ――歓迎されているってことでいいのよね?


「えっと……あなたはだぁれ?」


“扉を守り者の従者、命を紡ぐ者”


「私は桜。阿佐見桜。よろしく」


 夢の登場人物に「よろしく」もないものだが、なんとなくそういいたかった。


“会えてうれしい”


「そうなの? ありがとう」


“私はここを動けないから。ヒトたる存在が、ここを訪れることはめったにないの”


「それって、寂しくない?」


“寂しいと感じることもあるけれど、私には使命があるから”


 彼女(?)の使命がなんなのか――は、聞かない方がいいように思える。多分聞いても理解できないし、すぐに忘れる。夢だから。


“サクラにお願いがあるの”


「なぁに? 私にできることであれば」


“うん。きっとサクラにしかできないこと”


「それは?」


“それは――”


□□□


 “卵”の谷でビバークした私たちは、朝、太陽が昇ると同時に谷を出発、午後三時前には浜辺へと帰還した。


「“夢のお告げ”ってことですか?」

 私が新たなる調査計画を話すと、保谷艦長が呆れた声で私に返した。


「保谷艦長。私が異界ここに来てから三年以上、ひとつ分かったことがあるの」

「なんですか?」

異界ここでは、なんでもありってこと。現実とは思えないことでも、ありえるの」


 私は艦長に向かって、握った右手を突き出した。そこには、ゴクエンさんからもらったリングが光っている。


「日本で、『ドラゴンに指輪もらった』なんて言っても、誰も信じないでしょ?」

「まぁ、それはそうだが。だからといって……」

「いずれは調査することになるし、今はこの島をでられないでしょ?」


 私たちが調査に出ている間、変わったことと言えば、<らいめい>が土魔法によって座礁から抜けだし水平になったことと、ダニー君の意識が戻ったことが大きい。


「巨大な卵、ですか。見て見たいですね」

「まだだめよ。二~三日は安静にしていてね。でないと、私が詩に怒られちゃう」

「わかりました。大人しくしておきます。私もシラベさんに怒られたくありませんから」


 それに、卵の様子を見に行くのは、もう少し先になりそうなのよ。


「調査チームのリストです」


 榎田さんが私にクリップボードを差し出した。


「連絡係みたいに使っちゃって、申し訳ない」

「いいんですよ。特にすることもないし」

「御厨教授は?」

「<らいめい>で技本の人と、何かごそごそやってます。私は邪魔なんだそうです」


 あやしい。思いっきりあやしい。けど、今は構っている暇はない。御厨教授にも働いてもらうつもりだ。


 検討した結果、調査チームは以下のようになった。

 私、ヴァレリーズさん、<ハーキュリーズ>の四名、遠藤海曹長以下、海自隊員四名、御厨教授、榎田さん。それとサリフ皇帝がどうしても同行したいと駄々を捏ねたが、さすがに一国の指導者を危険な場所へ連れて行く訳にはいかないので、クライ君と一緒に空からバックアップということで納得してもらった。

 空からのバックアップといえば、EH-1が使えるようになったので、物資は先に運んでもらうことにした。目的地近くの適当な所に投下してもらい、ピックアップする予定。

 私たちは、必要最小限の荷物を持って、浜ベース(今名付けた)から出発した。


 目指すは――、中腹の噴火口だ!

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