不思議の島のサクラ

 ファシャール帝国と日本の似ている点。それは、魚の生食文化があるところだ。幸いなことに島の周りは海だらけ。魚も取り放題だ。新鮮な魚が手に入れば、とりあえず刺身で食べたくなるのは日本人のさが、いやカルマだ。


「本当に、そんな食べ方をするのかい?」

「おいしいですよ? ヴァレリーズさんもいかがですか?」

「む……いや、私は遠慮しておこう」


 ヴァレリーズさんだけでなく、王国の人たちは魚の生食に抵抗感があるようだ。ヴェルセン王国王国で魚といえば川魚のことだから、刺身で食べる文化がないのも納得だ。

 逆に、帝国の人たちは大いに盛り上がっていた。


「ほうほう、日本ニヴァナの民はこれを“サシミ”と呼ぶのか。帝国われわれは“切り魚きりうお”と呼んでいるよ」

「えぇ、新鮮なうちにどうぞ。この醤油と……少し辛いですがこっちのわさびを付けて食べてみてください」

「切り魚には塩が定番なのだが、さてさて試してみるとしよう。ほぅ! これは! おおぉ!」


 などと、料理漫画のような展開が起きている。定番は塩だけど、魚醤のようなものもあるらしく、醤油に抵抗はないようだ。ただ、箸じゃなくて手づかみ。うーん。


「我が帝国領内では、主食が魚だからな。生だけでなく、煮たり蒸したり焼いたり揚げたり、調理法はごまんとある」


 サリフ皇帝が私の隣に来て、帝国の料理について語り出した。皇帝陛下は、焼いた魚がお好みなのだそうだ。なのに、「川魚は焼いても泥臭い」という。そんな大声で、王国の人たちを煽るのは止めてください。たしかに、日本あっちでも川魚の刺身とか、あまり聞かないけれども。あれ? アニキサスとか寄生虫がいるのは、海魚だっけ? 川魚だっけ? 帝国の人に聞いたら、寄生虫という概念がないらしい。要注意ね。


「我が王国でも、美味い魚料理はある!」


 私が寄生虫について思いを飛ばしている間に、ヴァレリーズさんが皇帝の挑発に乗ってしまった。


「ほぅ? 切り魚も食せぬくせに、ずいぶんと大口を叩くなぁ。美味いかどうか、喰ってみなければわかるまいよ」

「くっ、喰えぬのではない、喰う必要がないのだ」

「高位魔導士殿は、言い訳がへたくそだな」

「……いいだろう、食べてやろうではないか。サクラさん、いただくよ」


 そう言うなり、ヴァレリーズさんは指で一枚の刺身を持ち上げ、乱暴に醤油につけると一気に口へ運んだ。ありゃ、咀嚼しないでそのまま嚥下したな。


「それでは味が分かるまい? ほれ、こっちも喰え。よく噛んでな」


 こうしてヴァレリーズさんは、皇帝陛下に煽られるまま、魚一匹分の刺身を平らげた。いや、食べ過ぎでしょ。


□□□


 魚に獣(の肉)、水は水属性魔法で海水から分離できるし、小さいけれど湧き水も見つけた。これで当面生活には困らない。が、<らいめい>の修理は残っているし、修理が終わったとしてもどうやって大海蛇をやり過ごすかも問題だ。一匹なら、なんとかなるかも知れない。けれど、二匹では難しい。クライ君やEH-1での脱出はリスクが高すぎる。せめてテシュバート基地と連絡が取れればいいのだけれど、通信機が復旧できたとしても電波が届く保証はない。海自の人たちからは、短波通信用のアンテナを島の高いところに立ててはどうか? というアイディアが出された。それも検討しないといけない。


 この名もない島の、調査を行う必要があるだろう。かといって、それほど人員を割けるほど余裕はない。とりあえず仕事のない私と、<ハーキュリーズ>から二人、日野二尉と橋田一曹。それになぜかヴァレリーズさんが付いてくると言ってきかない。


「ヴァレリーズさんには、いろいろ仕事があるでしょう?」

「サクラさんの安全を守ることが、私の今の仕事だよ。サコタとも約束したしね」


 いやいやいやいや。子供じゃないんだから。第一、ヴァレリーズさんは昨日生魚食べたせいで体調悪いでしょ。精神的なものだ? そんな青白い顔しているのに? いろいろと説得を試みたけれど、結局私が折れて、私たちは四人で島のジャングルへと入っていくことになった。最初の調査なので、とりあえず一泊二日の予定。山を目指して進み、別ルートで戻る計画だ。森は一面、鬱蒼と樹や草が生えまくっているけれど、良く観察するとけもの道が何本か見つかった。私たちは、その中の一本を選び、出発した。


 戦闘が日野二尉、次にヴァレリーズさん、私と続いて、殿しんがりは橋田一曹。日野二尉が<ハーキュリーズ>の標準装備である剣のようなナイフで、邪魔になる下生えや枝を切り落としながら進む後を、私たちは一列になって進んだ。三十分ごとに休憩を取る。


 何度目かの休憩中、私は日野二尉を見てうらやましく思った。

「冷暖房完備でいつでも水分補給できる<ハーキュリーズ>がうらやましいわ」


 南国の暑さは、乾燥している分つらさを感じにくかったが、これだけ歩いていると急激に体力を消耗するし、喉が渇く。その点、<ハーキュリーズ>の冷房装置はうらやましい。


「水はあるけど常温だし。温度調節機能も実際にはかなり蒸れるのよ。何かあるといけないから、脱げないしね」


 名目上、<ハーキュリーズ>は私の護衛となっている。護衛以外にもいろいろとやって貰っているが。装備はDIMOの所有物なので、あまり細かいことは言ってこないけど。


「そろそろ出発しましょう」


 周囲を警戒していた橋田一曹が、私たちに声を掛けた。<ハーキュリーズ>のフェイスプレートには時計も表示されるので便利だ。難点は、フェイスプレートを下げると通信でしか会話できないこと。外部の音を完全に遮断する構造になっているそうだ。それを聞いた詩が、「熟睡できそう」と言ったのはいつだったか。


 私たちは、その後も周囲を警戒しつつ、緩い坂道を上っていった。日野二尉が言うように、獣は見かけるけど魔物クリーチャーズは見かけない。王国や帝国で見かけるよりも大きな獣だが、魔物クリーチャーズのような禍々しい雰囲気や痛そうなトゲ、鞭のような触手、禍々しい模様などは持っていない。


 少し早めだけれど、キャンプを張れる場所を見つけようとしていたときだった。潜行していた日野二尉が、何かを発見したと無線で知らせてきた。私たちが彼女に追いつくと、そこは崖だった。いや、崖ではなく、十メートルほどの溝だ。抉られたように白っぽい土が露出している。崖の上から見下ろしてみると、何か大きな塊が見える。緑色や黄色、茶色と木の葉を集めてボールにしたようにも見える。その塊がら海に向けて、延々と溝が続いている。


「自然現象かしら? それとも動物のしわざ?」

「わからないな。王国でもこのようなことは聞いたことがない」


 ヴァレリーズさんも知らないか。ダニー君がいれば何か分かったかな? とりあえず、画像はたくさん撮っておきましょう。私は、カメラを持った手を伸ばし、崖の下にある塊を撮影した。


「あっ!」


 不注意だった。

 崖の一部が急に崩れ、運悪くそこに体重を掛けていた私は、真っ逆さまに塊に向かって落下為た。そして、塊の表面を突き抜け、そのまま中に……。


「サクラさん!」

「阿佐見さん!」


 崖の上から声が聞こえる。私は無線を使って無事を伝えた。


「大丈夫、大丈夫。草がクッションになったみたい」


 崖の下にあった塊は中空で、その中は意外に広い空間だった。今、私はそこにいる。私が落ちてきた穴から光が差しこんでいるが、中の全てが見えるわけではない。私は、ポーチからLEDライトを取り出して点灯した。


「おやまぁ」

『どうしました! 危険なら、そこからすぐに退避してください!』

「あら失礼。危険は……なさそう。とにかく降りてきてくれない?」


 <ハーキュリーズ>のワイヤー装置で、ヴァレリーズさんと<ハーキュリーズ>の二人が降りてきた。私が見つけたものを見て、やっぱり言葉を失っている。


「これ……なんですか?」

「私にも分からない。けど、やっぱり何かの卵っぽいわよねぇ」


 私たちの目の前には、白くて大きな丸い物体があった。なんとなく、だけど生命の息吹みたいなものを感じるような気がする。


「阿佐見さん! 止めてください!」


 橋田一曹の声に、一瞬手を止めたけれど「大丈夫だから」と私は再び右手を卵に伸ばした。ゆっくりと優しく、その表面に手のひらを当ててみる。じんわりと暖かさが蔦和手来る。


「これは……」


 言いかけて、私は気を失った。


□□□


 気が付けば、ヴァレリーズさんの腕の中にいた。


「気が付いたか! 心配させるな、サクラ」

「あー、えーっと、すみません。ちょっと恥ずかしいので起こしてもらえます?」


 ヴァレリーズさんは、優しく私の身体を起こした。私が開けた穴から差し込む光が、赤くそまりつつあった。


「私、どのくらい気を失っていた?」

「五分ほどですね」

「そっかー」


 ヴァレリーズさんが私の目を覗き込み、真剣な顔で聞いてきた。


「サクラさん、何があった?」

「うん。説明するのは難しいけど、私たちがやるべきことがわかったわ」


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