漂泊の吟遊詩人、ニブラム

 その日、私たちが到着したラナー村は、王国でも南に位置する村で、大きさはベルガラム村と同じくらいだけど、大きな湖に隣接しているためか、それとも南方からの文化が流れ込んで来ているからか、同じ王国に属していても雰囲気はかなり違う印象。かなり、オープンな感じ。

 植生もかなり違う。蓬莱村の周囲の森は、針葉樹がほとんどだが、この村の周囲にある森は広葉樹が中心のようだ。できれば種子を持ち帰りたいところだけれど。


 湖があるということは、水源があるということ。魔法の助けを借りなくても、この村はかなり豊かだ。人々の表情も明るい。おかげで、中継アンテナ設置の交渉もスムーズにまとまった。王の勅命があるから拒否はできないけど、積極的に協力してくれる村は少ないの。そりゃそうだ。突然、別の世界から来たという人間が現れて、怪しげな塔を建てるなんて住人からすれば拒否したくもなる。いずれこの世界のためになるのよ、と懇切丁寧に説明したいところだけれど、今回は時間がない。明日の午後には、王国の使者たちと合流しなければならない。いずれメンテナンスに巡回した時、村の人たちにはじっくり説明していくつもり。


「我が村の魚は絶品ですよ! 是非、食べていってください」

「ありがとうございます。夕食が楽しみですわ」


 魚かぁ。やっぱり、尾崎先生も連れてくれば良かったかな。そういえば、川の水を引き込んで生け簀を作りたいとか言ってたっけ。干物とかあれば、村まで持って帰れるかな?

 村長さんの言葉を聞きながら、そんなことを考えていると、どこからか楽器の音が聞こえてきた。弦楽器っぽいけど、ギターじゃないわね。ハープ? 


「あぁ、あれですか。2~3日前から、この村に吟遊詩人が来ておるんですよ」


 吟遊詩人か。そういえば、話には聞いていたけど、実物は見たことなかったな。宮廷の音楽家とは違うのよね?

 私は好奇心に駆られ、吟遊詩人がいるという村の広場まで足を運ぶことにした。


 広場といっても、それほど広い場所ではない。井戸があり、その近くに日差しよけの屋根が付いた、簡単な建物―四阿の簡易バージョンみたいな小屋があるだけだ。


 風に乗って、弦楽器の音と透き通った声が聞こえてきた。



若き竜は 激情を宿し

力を求めて 愚かしく

闇に近づき 闇に飲まれ

哀れ 竜の誇りを忘れた


黒き竜は 理性をなくし

欲望のまま 力に狂う

命を喰らって 愉悦におぼれ

哀れ 竜の使命を忘れた


黒き竜は 異界のものニヴァナに出会う

その力に触れ 地に倒れ

ようやく己を 取り戻す

哀れ もはや遅すぎた


闇の力は 竜を見捨て

宿主を変えるも 天は許さず

古き竜に 滅ぼされん

哀れ 闇の目論見、潰えたり



 ボロン、と弦が鳴った。

 言葉と音が、ゆっくりと空気の中に溶け込んでいく。


 歌い手が立ち上がって礼をすると、周りの人々は拍手を送った。


「竜さん、かわいそう……」

「ねぇねぇ、その後は? 若い竜は死んじゃったの?」


 観衆の中にいた子供たちが、歌い手――吟遊詩人に問いかけた。


「そうだね……若い竜の肉体は滅んでしまったけれど、その魂は乙女の助けで浄化されて、大空へと還っていったのさ」


 そうか……若い竜の魂は救われたのね。それが、たとえ作り話であったとしても、とても心安まる気持ちになれた。

 この歌を聴いていた村人は、きっと子供に「むやみに力を求めてはいけない」と話すのだろう。そんな教訓話だと、思うだろうな。


 それにしても、吟遊詩人が歌うような話になってんの? 


□□□


「村々を回って、歌うことを生業としております」


 吟遊詩人は、ニブラムと名乗った。異界こちらでも珍しい(少なくとも私はこれまで見たことがなかった)銀色の髪を、腰に届きそうなくらい伸ばしている。美形が多い異界こちらでも、とびぬけて美しいと思える顔立ちをしている。男か女かよくわからない。ファンタジーに出てくるエルフと言われても信じてしまいそうだ。


「この世界で旅することは、とても危険なことではないのですが? 失礼ですが、私たちがこれまで見た旅人とは、その……だいぶ違っているようですね」

「そうですね。私も一人で旅することはありません。大抵は、貿易を行う商隊とともに村を転々としています。この村にも、少し前にやってきたばかりです」


 村長の家で夕食を振る舞われ、余興としてニブラムが呼ばれた。彼が披露した、三曲ほどの王国歴史物語はばっちり録音したので、蓬莱村に帰ったら誰かに解析してもらおう。曲の後、居間で私たちの会話がはじまったのだった。


 聞けば、ニブラムのような吟遊詩人は、王国内に百数十人いるそう。でも、その能力はピンからキリまで、らしい。ニブラムは、きっと優秀……いや、最優秀の部類に入るのだろう。

 彼ら吟遊詩人は、村を巡って物語りを語り聞かせる一方、物語を集め編纂している。彼らの作り上げた物語は、彼らの中で取引トレードすることもある。一部は、王都や大きな町で、書籍として販売されることもある、と聞いた。

 吟遊詩人のような文化的存在は、その文明を推し量る目安のひとつと言えるのかも知れない。文化をないがしろにする文明に明日はない! とまでは言わないけれど。ふと、気になって聞いてみた。


「王国が戦争をしていた頃って、吟遊詩人あなたたちはどうしていたの?」

「幸いなことに私は経験しておりませんが、伝え聞いた話では、詩人の暗黒時代でした。多くの者が吟遊詩人を止め、残った者も戦争を鼓舞するような物語うたを強制されたとか。私句のように、悲哀の物語を好む吟遊詩人は生きていけない時代だったでしょう」


 ニブラムの話に、私は頷く。なるほどねぇ。日本でも、戦争時は娯楽が制限されたし、世界が変わってもそれは一緒ということか。


「ニブラムさんは歌う時に魔法を使っているの?」


 村の広場で聞いた時、そんなに大声でもなかったはずなのに、よく響いたのは魔法を使ったのだろう。


「いいえ、私は物語る時に魔法を用いません」

「え? そうなんですか? それは、すごいですね」


 彼が持っているハープのような弦楽器も、魔法を使わずに演奏しているという。王宮で見た楽士たちは、魔法を駆使して複雑な演奏をしていたけれど、吟遊詩人は違うらしい。


「魔法以上に、を物語ることがヒトの心を打つのだと私は思っています」

「そうそう、ここいらのような村には、遠い場所の物語を聞くことが、癒やしというか大切な娯楽なんですよ」

「まったくだ。それにしてもニブラムさんの歌は、真に迫っていたなぁ」

「うん、久しぶりにドキドキした」

「竜の話もよかったけど、私は王宮の悲恋物語がよかったぁ~」

「そうねぇ、よかったわねぇ」


 いつの間にか、同席した村の人たちによる感想大会になってしまった。まぁ、これも娯楽のひとつなんだろうな。


「ところでニヴァナの方は、これからどちらへ」

「南に行きます」


 ニブラムさんの問いかけに、答えてから「しまった」と思った。行動予定をペラペラしゃべっちゃいけないんだった。村の綺麗なお嬢さんとの会話に夢中な田山三佐には、幸いなことに聞かれていないようだ。


「そうですか。もしよろしければ、ご一緒させていただけませんか?」

「えぇ、いいですよ」


 あーーっ! 何言ってんだ、私! と、理性的な私が心の中で叫んでいる。一方で、別に構わないでしょ、と思う私もいる。


 たしか、精神操作系の魔法は、この世界になかったはず。あの黒いモヤモヤした奴に憑依されたならともかく、洗脳のようなこともされていないはず……なんか誘導されたかなぁ。吟遊詩人って、メンタリストなのか? 

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