幕間 激突! 王国騎士団 vs 自衛隊

 ヴェルセン王国騎士団長、アロイズ・ネイ。魔導の能力は三相二位だが、剣の腕前と群の運用に関しては優れた能力を持っている。地球の年齢で言えば、まだ四十前。そろそろ次の騎士団長候補が出てきても言い頃なのだが、長く平和が続いたせいか、騎士団を任せられるような者が現れていないことが目下の悩みだ。

 今回の蓬莱村訪問に当たって、彼は騎士団長として二十五名の配下を引き連れ、王の護衛に当たっていた。本来であれば、騎士団総員百余名に徴用兵などを加えた警備を付けるべきと考えていたが、先の内乱で騎士団も人員を減らしている。その上、農作業が忙しくなるため徴兵もままならない。何より、王や王子から「日本は友好国である」「サクラは信用できる」と言われてしまえば、アロイズは従うしかなかった。それでも、騎士団の中から精鋭を選抜して連れてきたのは、騎士団長としての彼の矜持であった。


「何事か!」


 宿舎として割り当てられている迎賓館の一室で、アロイズは飛び込んで来た騎士を一喝した。常に冷静であれ、は彼の信条である。


「はっ! し、失礼いたしました。火急の事態ゆえ、お許しください」

「火急だと?……申せ」


 その騎士によれば、最初はほんの些細な出来事――相手が跳ねた泥がついたとか、小石があたったとか――であったという。それがいつしか、数人の騎士と日本国の兵士(自衛隊員と言うらしい)が睨み合う事態にまで発展してしまったのだ。

 騎士の中には、日本国との戦いで命を落とした者の縁者もいる。まだ、日本に対するわだかまりが残っていたのか、とアロイズはほぞを噛んだ。見抜けなかった自分に腹が立った。しかし、後悔していても始まらない。事態を収拾させるため、アロイズは現場に向かった。


 現場には、すでに日本国の上官、上岡一佐がいて配下の者をなだめていた。アロイズが到着すると、今にも襲いかからんばかりに激高していた騎士たちも、アロイズに対し敬礼をする。これで一触即発の事態は、とりあえず避けられた。火は燻ったままだが。


 これは何とかしなければならぬ、と考えていたアロイズに、上岡一佐が近づいて話しかけて来た。あちらも、まだ事態が完全には収まっていないことを理解していた。優れた上官は、部下の心情をも見抜かねばならぬ。


「ガス抜きが必要でしょう」

「ガス抜き?」


 上岡一佐の言葉に、アロイズは首を捻る。ガス抜きとは何だ?


「爆発しそうな感情を、上手く制御して放出させるのですよ。はけ口を作ってやる、と言えばいいですかな? 具体的には、身体を動かしてすっきりさせる方法がありますね」

「それならば、分かる。しかし、単に懲罰的な意味で運動させるだけでは、互いの感情はもつれたままではないですかな?」

「えぇ、ですから“スポーツ”で発散するのはどうでしょう?」

「スポーツ?」


 アロイズにとって、聞き馴染みのない言葉だった。聞けば、勝ち負けを娯楽で決めるのだという。元々は、戦争の代替行為として始まったものも多いが、一般市民が楽しむことも出来る娯楽へと昇華しているのだそう。では、ニヴァナに戦争がないのか? といえば、そんなことはないという。どうにもアロイズには理解し難い世界のようだ、日本ニヴァナという世界は。


 それはさておき、上岡一佐のいう“ガス抜き”にスポーツの一種であるドッジボールをやることになった。


「ボール、球ですね。異界こちらにも球はあると聞いていますが……簡単に言えば、ボールをぶつけ合うスポーツです」

「子供は蹴遊けあそびに使うな。大人になれば、魔法の鍛錬に使うこともある」


 上岡一佐が部下に持ってこさせたのは、バレーボールという別のスポーツに使うボールだった。ややこしい。


「中は中空になっています。外側は合成皮、動物の皮を模したものです。どうぞ、触ってみてください」

「む? 中空ならばこの軟らかさも理解できるが、なぜ潰れないのだ?」

「中の空気が漏れないようになっているんですよ」

「よくわからぬが、これならば、当たっても怪我はせぬだろうな」


 というわけで、蓬莱村の民が一日かけて騎士団員にドッチボールのルールを説明した。以前、この競技スポーツを見たことがあるヴァレリーズ師とジョイラント師も、騎士団にアドバイスをした。最初は戸惑っていた騎士たちも、次第にボールの扱いに慣れていった。ルールも理解したところで、翌日、ヴェルセン王国騎士団選抜チーム対自衛隊選抜チームの試合が行われる運びとなった。


□□□


 翌朝、朝の鐘が鳴る前にアロイズが指定された場所に行ってみると、昨夜までは何もなかった荒れ地が整地され、横十ヴェル(二十メートル)、縦五ヴェル(十メートル)程の四角い線が引かれていた。中央には線が引かれ四角はふたつに分けられている。


「これがコート、というものか」


 さらにコートから三、四ヴェル離れた場所には、階段状の座席がしつらえてあった。ここに座って、騎士と自衛隊員の試合(競技?)を観戦できる。スポーツ観戦と呼ぶらしい。つくづく平和なのだなと、アロイズは思った。


 それにしても、一晩で荒れ地がここまで綺麗になるということは、やはり日本ニヴァナの民も魔法が使えるのではないか?


「いやぁ、魔法じゃないですよ。人力ですよ、人力。自衛隊われわれは、訓練で土木作業には慣れているのでね」


 にこやかに笑いながら、上岡一佐は満足そうに周囲を見渡していた。


 蓬莱村では、普段、鐘は鳴らさないそうだが、ヴェルセン王国からの賓客を迎える今だけ、朝と昼、晩に、それぞれ鐘を鳴らすことになっている。といっても、実際に鐘を突くのではなく、スピーカーと呼ぶ奇妙な四角い筒のようなものから、鐘とそっくりな音が出ているのだが。

 朝の鐘がなると、ドッジボールに参加する選手と観客たちが集まってきた。騎士たちも提供された“ジャージ”なる服を着用している。その繊維は柔らかく、身体の動きに合わせて柔軟に伸縮する。しかも、騎士団が赤、自衛隊が青と色分けまでされている。布の織り方や染色ひとつとっても、アロイズは技術の差に圧倒された。王国内では、ニヴァナの民を魔法が使えないからと“無能者”呼ばわりして蔑視する者もいるが……日本人かれらが友好的になってくれたことに、こっそりと胸をなで下ろすアロイズだった。


 さて、そろそろ頃合いか、となったその時、会場がなにやらざわついた。人々の視線を追って行くと、そこにはヴェルセン王国ヘルスタット王とカイン王子の姿があった。騎士団員は、すぐさま居住まいを正しおもてを伏せた。


「よい。戯れである。我のことは気にせず、全力をつくせ」


 王の言葉に、騎士団一同は両手を旨の前で合わせる。負けられぬ――騎士たる者、御前にて失態は許されぬ。コートの中央で並んだ選手たちの目には、闘志が燃えていた。


「よろしくお願いしますっ!」


 試合が始まった。


□□□


 序盤は、自衛隊員が優勢であった。なんでも日本ニヴァナ人は、子供の頃からドッジボールを楽しんでいるのだそうな。アロイズは、用意された観客席から試合を見守る。騎士がボールに当たると、思わず手を握りしめてしまう。あれが敵の火球魔法であれば、命すら危うい。ボールと思うな、魔法だと思え! 心の中で、アロイズは叫んでいた。

 その隣では、上岡一佐が悠然とコートを眺めていた。その余裕が憎らしくなってくる。


 流れが変わったのは、騎士団の内野が三人に減った時だった。


「うぉぉぉーーっ!」


 残っていた騎士の一人が、雄叫びをあげながらボールを叩きつけるように自衛隊員に向かって投げた。が、相手に届く前にボールは轟音を立ててぜた。


「な、なんだっ!」

「なにが起こった?!」


 観客が口々に驚きの声を上げる。その中で、ヴァレリーズ師はすっと立ち上がり、腕を広げて言った。


「みなさん、落ち着いて。魔法でボールが割れただけです」


 王国の人間であれば、つまり魔法を使える者であれば、気が付いて当然だった。ただ、ボールの破裂に驚いてしまい、魔法の痕跡があったことを多くの者が見落としていたに過ぎない。アロイズも、その中のひとりだった。彼は、気が付かなかったことに恥じ入りながらも、自衛隊の責任者である上岡一佐と協議に入った。


「つまり、ボールに対して無意識に火属性魔法を使ってしまったということですか」


 今回の試合にあたって、魔法による直接攻撃は禁止したが、こうした事態は想定していなかった。想定してしかるべきではあったが。

 戦場において、剣や槍、あるいは投擲武器に魔法を纏わせることは、騎士にとって珍しいことではない。


「そういえば、ルガラント守備隊のマケネス隊長も、槍に炎を纏わせていましたね。今、思い出しました」


 上岡一佐はそういって、顎に手を当てて考え込んだ。


異界こちらのみなさんにとって、物に魔法を纏わせることは、自然なことなんですね。であれば、ルールで制限するのは難しいか……しかたありませんね、こうした魔法の使い方は認めましょう。しかし、ボールを壊してしまったので、自衛隊こちらがボールを持った状態から再開ということで、よろしいでしょうか?」

「それは、こちらとしてもありがたいことですが。しかし、高価な物ではなかったのですか? 無意識とはいえ、壊してしまったからにはこちらとしても責任を取らねば……」

「いや、ボールはそんなに高くないですよ。たくさんありますし。お気になさらず」


 上岡一佐の言う通り、大きな金属製の籠に入った大量のボールが運ばれてきた。


 そして、試合が再開されると、騎士団側の逆襲が始まった。ボールへの魔法付与がルールで認められたのだ。使わないわけがない。騎士団員の中でも、風と水の属性魔法が得意な者が、技量の限りを尽くした攻撃を行うようになった。ある者が投げたボールは、魔法によって生み出された激しい気流に乗って、グルグルと螺旋を描きながら自衛隊員を襲った。またある者が投げたボールは、切りの中でぼやけて見えにくくなった。まるで、映画やアニメのようであった。

 こうなると、魔法を持たない自衛隊員は不利である。騎士が放つ魔導投法の前に、次々と倒れていった(内野から外野に行くだけだが)。


 そして、ついに騎士団側五人に対し、自衛隊側がひとりだけになった。形勢逆転である。


「しかし、女が残るとは」

「日野二尉は、優秀な女性自衛官WACですよ。女性と見て甘く見ると痛い目を見ることになりますよ」

「ほほぅ?」


 上岡一佐の言葉に、アロイズは半信半疑だった。所詮は女である。王国では、男尊女卑が当たり前の感覚だった。コート内の騎士が、日野二尉を軽んじたことも仕方がないことであった。


「さぁ、これで終わりだ。あっけなかったな、日本ニヴァナの民よ」

「まだ終わってないわ。やれるもんならやってみなさい」

「ふん。女をいたぶるのは趣味ではないが、これも試合だ。ゆるせ、よっ!」


 騎士は、最後の一言とともに、ボールを投げた。もちろん、風魔法を使ってボールは恐ろしいスピードで日野二尉に向かって飛んでいった。観客の中から、小さな悲鳴があがる。自衛隊の負けを感じた人間も少なくなかった。が、しかし。


 バーーンッ!

 轟音を立てたボールは、そのまま日野二尉の手の中でしばらく回転を続けていた。日野二尉の手からは、うっすらと煙が立ち上っている。


「なにっ?!」


 ボールを投げた騎士が、驚きの声をあげた。


「ふふんっ♡ どう? 取ったわよ?」


 日野二尉が微笑む。彼女の手には、いつのまにか厚手のグローブが装着されていた。


「だが、女の非力な腕で投げるボールなど、我々にとってはそよ風のようなもの。すぐにボールを奪い返して、次こそおまえを倒してやる」

「何言ってるの? もうあなたたちにボールを渡すことはないわ」


 そう言って、日野二尉は外野へパスを回した。それからは、自衛隊員同士で高速なパス回しが始まった。その速さに騎士たちは反応しきれなかった。そして、バランスを崩したり、迂闊にも背を向けたりした騎士たちは、たちまちボールを当てられてしまう。

 そして、先ほどとは逆に、騎士団側が残り一人となってしまった。パス回しは、さらに速度をまし、残った一人を惑わせていく。


「う、うぉおっ」


 バランスを崩し、尻餅をついた騎士の背後から、「はい、これで終わり」と日野二尉が軽くボールをぶつけた。日野二尉の言葉通り、騎士団にボールが回ることはなかった。


 観客席から拍手と歓声が沸き起こった。こうして異世界初のドッジボール試合は、自衛隊の勝利で幕を降ろした。


 王が見ている前で負けを喫してしまったと、責任を感じて処分を願い出たアロイズだったが、ヘルスタット王は「次に勝てば良い」と言って笑い、むしろ騎士団の健闘を讃えた。王の言葉により、王国と日本のドッジボール対決は、今後も定期的に開催されることとなった。それが、王国民を巻き込む一大イベントになるのは、もう少し先の話である。


 余話。

 アサミ辺境伯マーグレイヴは、スポーツ振興のため、大量のジャージとボールを王国に献上した。日本側が予想したよりも公表であったため、辺境伯マーグレイヴ

「ジャージの製造を辺境の産業にしてもいいわね」と、言ったとか言わなかったとか。


 さらに余話。

 騎士団の中から数名が、日野二尉に結婚を申し込んだが全滅した。


「まず、男尊女卑の考えを改めなさい」


 数十年後、日野二尉は王国における女性の地位向上に貢献した偉人として讃えられることに……なるのかもしれない。

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