お・こ・と・わ・り!

「で、阿佐見さんが怒りを爆発させて、交渉決裂と」

「決裂じゃありません! 一時中断ですっ!」


 左手を包帯でグルグル巻きにした迫田さんが、ため息交じりに言った言葉を私は全力で否定した。たいいち、私は怒りを爆発させてなんかないし。その場を無言で立ち去っただけだし。その後、王国と帝国の会談は明日に持ち越しになっただけだもん。


「それはドーネリアス殿下のフォローがあったから、でしょう? そもそも外交の場で、席を蹴るなんて非礼もいいところです」

「ぶぅっ! 私は調整官であって、外交官じゃありませんしっ! それを言ったら、そもそも迫田さんが、遅れてきたのもいけないでしょっ!」


 もう、みんなして、なによ、もうっ! それに、なんかみんな私から距離を取ってるし!


「まぁまぁ、サクラさん、落ち着きましょう」


 あっと、王子に気を使わせてしまった。


「それにしても、帝国……いや、皇帝は、なかなか狡猾な手を使ってくるものです」


 私が帝国に嫁げば、帝国と日本の繋がりができる。一方で、王国にとって私は辺境伯マーグレイヴという爵位を持つ人間であり、うかつに手出しできなくなる、とドーネリアス王子は説明する。


「貴族が娘を嫁がせることで、政治的安定を求めることは珍しくありませんから」

「そ・れ・はっ! 私がっ! あの、皇帝と結婚することを前提にしていますよね?」

「い、いや、そんなことは……ない。ただ、そうした前例があると……」

「ドーネリアス殿下。我々の世界でも、過去にはそうしたこともありましたが、今では忌避されている行為です。なにより、阿佐見さんの意思が「お断りですっ!」」


 迫田さんの言葉にかぶせて、私は思わず大声を上げてしまった。


「なんで、私があんな男と結婚しなくちゃならないんですかっ! 人身御供ですか! 人身売買ですかっ!」

「阿佐見さん、落ち着いて。王子殿下も、阿佐見さんに帝国へ行って欲しいなんて思っていませんよ」

「そうです、むしろ――、いや、皇帝の要求はのめるモノではないと思っていますよ。それは、蓬莱村の方々も同じでしょう?」


 王子の言葉に、テントの中にいた人たちが一斉に首肯する。


「むーっ」


 少し冷静になる。


「それよりも、あれは皇帝の暴走で、周囲は納得していないようにも思えました」


 確かに、エバさんだっけ? 皇帝の妻だからエバ皇后か。今なら彼女がすごい目で私を睨んでいた理由も分かる。それにしても、第四・・夫人って。いや、第一夫人ならいいとか、そんなことじゃないからね。


「それじゃぁ、あの申し込みは断る方向でいいですねっ!?」

「もちろん、サクラさんの気持ちをないがしろにするつもりはありませんよ。いくらそれが王国のためであっても」

「政府に相談するまでもなく、阿佐見さんひとりに押しつけるような、蓬莱村の住人はいませんよ」


 むー、そうか。そうだよね。なんか、ひとりで走っちゃって恥ずかしい。


「分かりました。私も少し興奮し過ぎました。ごめんなさい……それはそうと、なぜみんな、私から離れているんですか?」

「そりゃ……ねぇ」

たま……潰されたくないし……」

「おいっ、やめ」

「しーっ!」


 潰されたくないのは、寒川一曹? 覚えとくわ。


「……えー、こほん。じゃぁ、仕切り直して。問題は、帝国の次の要求ね」


 輿入れの申し込みは断るとして、問題はその後だ。

 田山三佐が、おずおずと手を挙げた。別に教室じゃないんだから、自由に話せばいいのに。


「これって、アレじゃないですかね? 最初にハードルの高い要求を出して、後からハードルを下げた要求を受け容れちゃうっていう、心理学の」


 田山三佐の言葉も一理ある。わざと高い要求……って、私の嫁入りは、ハードル高いって、帝国も思ってるってこと? 複雑だわ。

 それはそれとして、帝国の次の要求、私たちにも実行可能なことって何だろう?うーん、わざわざ日本人わたしたちを呼び出したんだから、技術供与かな? リニアレールガンとかの。そっちも、無理なんだけどねー。本来の交渉相手は、王国だし。私たちが要求を受け容れる義務はないしね。


「それについては、少し心当たりがある」


 迫田さんがずいっと一歩前に出て、口を開いた。


「詳細は、現在解析中だが、帝国領内での漁獲高は年々減少傾向にあるようだ」

「それは、ボクも聞いたことがあります。小さな漁村が消えているとか」


 迫田さんの言葉を、ニブラムが追従した。って、誰が吟遊詩人も呼んだのよ。誰も不信に思っていないし。


「その原因というのが――」

「えぇ、歌にも歌われていますよ、南洋の――」

「ならば、帝国の思惑は――」


 迫田さんの推測を聞いて、皆が口々に意見を言い出した。ここは一旦、締めよう。


「とりあえず、想像はできました。確信はないけれど、迫田さんの推測に基づいて、打てる手は打っておきましょう。会議は、終了とします」


 会議の後、私たちは明日の会談に向けて準備に取りかかった。私は、ここまでの旅の中で作り上げた通信インフラを使って、蓬莱村とその先にある日本政府に連絡を取ることにした。


□□□


 翌朝。グードさんが、数人の供を連れて王国の陣にやってきた。帝国あちらもここで交渉を終了させたくないようだ。ますます、迫田さんの推論が信憑性を帯びてきた。やだなぁ。まぁ、なんとか準備はできた。さぁ、交渉二日目に行きましょう!


□□□


「どうだ? 嫁になる決心はついたか!」


 あーっと。もしかしたら、もしかしたら私たちは壮大な勘違いをしているのかも知れないと、会談の場であるテントの前に立って、手を広げながら破顔している皇帝を見て私は思った。


「その件も含めて、話し合いはテントの中でしませんか?」

「むっ? お前は誰だ? 昨日はいなかったはずだが」

「これは失礼いたしました。日本国外務省異界局の迫田と申します。阿佐見調整官の補佐を務めております」

「そうか。ふむ。お主の言うことももっともだ。さぁ、今日を良き日とするために、始めようではないか!」


 呵々と笑いながら、皇帝はテントの中へと入っていった。日本人や王国の人たちもそれに続く。私も歩き出そうとした瞬間、袖を引っ張られた。へ? と思って私を引き留めた人物を見ると――ファシャール帝国エバ皇后だった。


「あ、あの、何か?」

「昨日は、申し訳なかった。すでにお前たちが、その、密通しているのだと思い込んでいた。あれは、あのバカが先走ったのだとわかった。悪意を向けてしまい、本当に悪かった。許して欲しい」


 そういって、エバさんは片膝を地面に付けながら、顔を伏せた。皇族としては、最大限の謝辞を示しているのだろう。


「ゆ、許します、許しますから立ってください」

「私の謝罪を受け容れてくれて、ありがとう。では」


 さっ、と身を翻して皇后もテントの中へと入っていった。睨まれていたのは、私と皇帝が……ケホンケホン。まぁ、誤解が解けてよかったわ。


「阿佐見さん?」

「あ、今、行きます」


 こうして二日目の和平会談と言う名の、二国間+αの交渉が始まった。もちろん、日本はαという立場だ。それを貫きたい。

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