桜、王に問う
帝国が、なぜ日本の、しかも私を指名してくるのか――まったく心当たりがない。というか、これまで帝国と接触したことなんて――。
「あ!」
数週間前に訪れた、スパイたちのことをすっかり忘れていた。というか、あれから帝国に帰ったとしても、少し早くないだろうか? 帝国は何らかの通信手段を持っているの?
「恐らく帝国は、
あぁ、そうだったわ。スパイの一件について王国には何も言っていなかったんだわ。迫田さんをちらっと見ると、迫田さんは小さく頷いたので、スパイのことも話すことにした。あれ? 吸血鬼って、人の心が読めるのかしら?
「陛下、実は春が訪れてしばらくしてのことなのですが――」
私は、ヘルスタット王とエイベンさんに、南方から来たスパイ達の顛末を話した。
□□□
「そんなことがあったのですか……」
エイベンさんは驚いていたが、王の表情は変わらなかった。その代わりに。
「そなたらに怪我はなかったのだな? ……ならばよい。王国としては、この村で起きたことに口を挟むつもりはない。しかし、そのような者らが平然と王国内をうろつき回っているというのは、いささか腹が立つな。エイベンよ、帰国次第、対策を講じよ」
「ははっ」
「間諜が侵入したとなれば、
「そう……ですね……」
私は少し考える。
「公式には、日本政府に判断を仰がねばなりませんが、個人的にはご協力したいと考えております」
「おぉ! アサミ様、ありがとうございます」
「まだ決まったわけではないので、礼は早いですよ、エイベンさん」
「それはそうですが……。それからこれは王国からのお願いなのですが、帝国に同道される際には、あの……
鉄の車? 四輪のこと? ちがうな。装輪装甲車――ソニック君のことだろう。帝国に見せつけて抑止力にしようとしているのかしら? ここは誤魔化しておいた方がいいわね。
「ご依頼の内容については分かりました。最終的には政府の判断を仰がねばなりません。それでよろしいでしょうか?」
「はぁ……仕方ありませんね。お返事をお待ちしております」
政府が許可しても、今回は何か理由を付けてソニック君は派遣しないようにしよう。
□□□
ヘルスタット王と少人数で会談できる機械なんて、そうめったにあるものではないだろうから、私は思いきってある疑問をぶつけてみた。
「ヘルスタット王、私から質問させていただいても構いませんか?」
王は、私の言葉に内心どのように思ったのかまったく表には見せず、王らしく泰然自若とした構えで小さく頷き「許す」と呟いた。
「ありがとうございます。伺いたいことは、ヴェルセン王国の有り様についてです」
ぴくり、と王の眉が上がった……ように見えた。
「有り様とな?」
「はい。私には王国の有り様が、少し奇妙に感じているのです。たとえば――これは仮定の話ですが――王国はなぜ、帝国が成立する前、小国群であった時に攻めなかったのですか?」
「アサミ様!」
エイベンさんが、腰を浮かしながら怒りを含んだ声を上げた。彼にしてみれば、これまで王が行って来た決断をないがしろに、いや否定しているようにも聞こえたのだろう。
「小国のうちであれば、ひとつひとつの国を攻め滅ぼすこともできたはずです。そうすれば、王国は南部の沿岸地域まで、領土を拡大できたはずです」
王国の文明レベルなら、版図を大きくし続ける、それが普通だろう。魔法が、食べものを無限に生み出してくれるのならば話は別だが。
「アサミ様! そのようなお言葉はお控えください! 不敬ですぞ!」
「よい、エイベン。ニヴァナの者たちには、ニヴァナ流の考えがあるのだ。それに、こうした物言いも……我は嫌いではない」
ふふふ、と王は小さく笑った。
「もっと配下の者たちと胸襟を開いて話おうていたならば、アズリンのような者を生み出さずに済んだのかもしれぬな……さて、なぜ南方に侵攻せなんだか? という問いであったな?」
「はい。差し支えなければ、その真意をお教えいただけないでしょうか」
ヘルスタット王は、椅子の背もたれに身体を預け、しばし思案した後ゆっくりと口を開いた。
「これはまだ、息子たちも知らぬことだが……話は、我より七代前の時代に遡るのだ――」
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