桜、王に問う

 帝国が、なぜ日本の、しかも私を指名してくるのか――まったく心当たりがない。というか、これまで帝国と接触したことなんて――。


「あ!」


 数週間前に訪れた、スパイたちのことをすっかり忘れていた。というか、あれから帝国に帰ったとしても、少し早くないだろうか? 帝国は何らかの通信手段を持っているの?


「恐らく帝国は、ドラゴン討伐の際に王国内で広く情報収集をしていたのでしょう。一部の行政官からは、日本ニヴァナと帝国が繋がっているのではないかと邪推するものも居りましたが、陛下も私もそのようなことはないと確信しております」


 あぁ、そうだったわ。スパイの一件について王国には何も言っていなかったんだわ。迫田さんをちらっと見ると、迫田さんは小さく頷いたので、スパイのことも話すことにした。あれ? 吸血鬼って、人の心が読めるのかしら?


「陛下、実は春が訪れてしばらくしてのことなのですが――」


 私は、ヘルスタット王とエイベンさんに、南方から来たスパイ達の顛末を話した。


□□□


「そんなことがあったのですか……」


 エイベンさんは驚いていたが、王の表情は変わらなかった。その代わりに。


「そなたらに怪我はなかったのだな? ……ならばよい。王国としては、この村で起きたことに口を挟むつもりはない。しかし、そのような者らが平然と王国内をうろつき回っているというのは、いささか腹が立つな。エイベンよ、帰国次第、対策を講じよ」


「ははっ」


「間諜が侵入したとなれば、日本ニヴァナのこともそなたらのことも、帝国は十分な情報を得ていると考えて間違いあるまい。その上で、王国としてはそなたらに足を運んでもらいたいのだ」

「そう……ですね……」


 私は少し考える。

 日本わたしたちはこれまで、あまり帝国に関心を持ってこなかった。王国を挟んで反対側だし、何より村を発展させることや王国との調整でてんてこ舞いだったから。でも、今、何もしなければ、帝国は王国に戦争を仕掛けるかも知れない。日本政府としても個人としても戦争は避けたいところだ。少し身勝手かも知れないけれど、他国同士の戦争に巻き込まれるのはごめんだ。私が帝国に行くことで和平への道筋ができるのであれば、それは十分なメリットだと思う。


「公式には、日本政府に判断を仰がねばなりませんが、個人的にはご協力したいと考えております」

「おぉ! アサミ様、ありがとうございます」

「まだ決まったわけではないので、礼は早いですよ、エイベンさん」

「それはそうですが……。それからこれは王国からのお願いなのですが、帝国に同道される際には、あの……ドラゴン討伐に活躍した、鉄の馬車を持っていって欲しいのですが」


 鉄の車? 四輪のこと? ちがうな。装輪装甲車――ソニック君のことだろう。帝国に見せつけて抑止力にしようとしているのかしら? ここは誤魔化しておいた方がいいわね。


「ご依頼の内容については分かりました。最終的には政府の判断を仰がねばなりません。それでよろしいでしょうか?」

「はぁ……仕方ありませんね。お返事をお待ちしております」


 政府が許可しても、今回は何か理由を付けてソニック君は派遣しないようにしよう。


□□□


 ヘルスタット王と少人数で会談できる機械なんて、そうめったにあるものではないだろうから、私は思いきってある疑問をぶつけてみた。


「ヘルスタット王、私から質問させていただいても構いませんか?」


 王は、私の言葉に内心どのように思ったのかまったく表には見せず、王らしく泰然自若とした構えで小さく頷き「許す」と呟いた。


「ありがとうございます。伺いたいことは、ヴェルセン王国の有り様についてです」


 ぴくり、と王の眉が上がった……ように見えた。


「有り様とな?」

「はい。私には王国の有り様が、少し奇妙に感じているのです。たとえば――これは仮定の話ですが――王国はなぜ、帝国が成立する前、小国群であった時に攻めなかったのですか?」

「アサミ様!」


 エイベンさんが、腰を浮かしながら怒りを含んだ声を上げた。彼にしてみれば、これまで王が行って来た決断をないがしろに、いや否定しているようにも聞こえたのだろう。


「小国のうちであれば、ひとつひとつの国を攻め滅ぼすこともできたはずです。そうすれば、王国は南部の沿岸地域まで、領土を拡大できたはずです」


 王国の文明レベルなら、版図を大きくし続ける、それが普通だろう。魔法が、食べものを無限に生み出してくれるのならば話は別だが。


「アサミ様! そのようなお言葉はお控えください! 不敬ですぞ!」

「よい、エイベン。ニヴァナの者たちには、ニヴァナ流の考えがあるのだ。それに、こうした物言いも……我は嫌いではない」


 ふふふ、と王は小さく笑った。


「もっと配下の者たちと胸襟を開いて話おうていたならば、アズリンのような者を生み出さずに済んだのかもしれぬな……さて、なぜ南方に侵攻せなんだか? という問いであったな?」

「はい。差し支えなければ、その真意をお教えいただけないでしょうか」


 ヘルスタット王は、椅子の背もたれに身体を預け、しばし思案した後ゆっくりと口を開いた。


「これはまだ、息子たちも知らぬことだが……話は、我より七代前の時代に遡るのだ――」


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