異界調整官2
水乃流
春が来た
春が来た
季節は春。
私にも、春が訪れた。
日本人と異界人の結婚は、私たちが最初のケースだ。
こういうことは、速さが重要だ。というわけで、王都での騒ぎがあった直後から、いろいろと準備を整えてきた。
残念ながら、蓬莱村にはまだ
この日、と選んだ日は、狙い澄ましたかのように、晴天に恵まれている。天も私たちの結婚を喜んでくれているようだわ。
「さぁ、新郎新婦の入場です。みなさま、盛大な拍手でお迎えください」
司会役を快く引き受けてくれた日野さんの声が、遠くで聞こえる。
「行こうか」
「えぇ」
彼が差し出した腕をとって、私たちはゆっくりと広場に集まった人たちの前へと歩みを進めた。心臓が、早鐘のように鼓動している。あぁ、胸から飛び出してしまいそう。
人々の拍手が、雨のように降り注ぐ中、私たちは台の前に並んで立ち、深く一礼した。台は、図書館から持ち出した書架台だ。
拍手がゆっくりと鳴り止むと、日野さんが私たちに指輪を渡してくれた。
「お二人の愛を形にした、指輪の交換です」
彼が私の左手薬指に指輪を嵌め、私も彼の左手薬指に指輪を嵌める。
「お二人には、こちらの結婚誓約書を読み上げていただき、サインをしていただきます。それではお願いします」
私たちは息を合わせ、誓いの言葉を口にする。
「私たちは、違う世界で生まれ育ち、運命の導きにより出会い恋に落ちました。これまでにもいくつかの困難がありましたが、そのたびに二人で力を合わせて乗り越えてきました。
今、私たちは四大精霊の御名の下に夫婦の誓いを立て、これからの長い人生を共に歩んでいくことを誓います」
私たちがサインした結婚誓約書を、日野さんが掲げるようにして皆に見せる。やだ、はずかしい。
「みなさまに見守られ、ここにお二人の婚姻がなりました。みなさま、今一度、盛大な拍手をお願いいたします」
拍手と一緒に、異界の花びらが宙を舞った。
「綺麗だわ」
「そうだね、でも、君の方がもっと綺麗だ」
あぁん、もう♡
「晴れて夫婦となったお二人には、ここで愛の証、キスをしていただきましょう!」
なぜか日野さんがノリノリだ。集まってくれたみんなも、期待に満ちた目で私たちを見ている。
「……ちょっと恥ずかしいな」
「大丈夫だよ、肩の力を抜いて」
「……うん」
彼は、優しく私の唇にキスしてくれた。また、心臓の鼓動が激しくなる。遠くでみんなのはやし立てる声が聞こえる。
「それでは、みなさん。新婦によるブーケトスです! 準備はよろしいですか~?」
なぜか司会役の日野さんも、マイクを置いてブーケを待つ人たちの列に入っている。私は、後ろを向くと、思い切りブーケを放り投げた。放物線を描いて飛んだブーケは――。
□□□
「はぁぁ~~~っ、つ、疲れたぁ~~」
私は、執務室兼応接室兼会議室兼仮眠室兼寄り合い所に置かれたソファーに、ドレス姿のまま倒れ込んだ。おっと、化粧が付かないようにしないと。
「すぐに食事会――というか、宴会が始まりますよ。支度しないと」
私に続いて部屋に入ってきた迫田さんが、顔を顰めながら私に注意する。君は私のお父さんかね。今日は、タキシード着ているから、お父さんって感じじゃないのは十分に分かってるけど。
「君たちの風習も、なかなか興味深いね」
迫田さんの後ろから、ヴァレリーズさんも顔を出した。こちらは、白のローブ姿だ。襟とか袖口に刺繍が縫い込まれてあって、豪華だわ。
「ブーケトス、だったかな? あのイベントには、どんな意味があるのかな?」
「花嫁が投げたブーケを受け取った女性が、次に結婚するという言い伝えですよ」
ヴァレリーズさんの質問に、迫田さんがこっちを見ながら答えた。なによ、その満面の笑みは。
「すると……次は、サクラさん、君が結婚するということなのか?」
「単なる言い伝えですってば!」
私は、手にしたブーケを振りながら反論した。
「大体、あそこで御厨教授が手を出さなかったら、別の人が受け取っていたはずですよ」
そうなのだ。あの時、御厨教授はブーケを空中でたたき上げ、私の方に落としたのだ。あれは絶対故意だ。
「そうなのか? サコタ?」
「さぁ、どうでしょう?」
あーもう、これだから、ある程度年齢を重ねてから出る
□□□
ダニーさんこと、ダニエール・ジョイラント師と音川詩の人前式は、恙なく終了して、今は村を挙げての大宴会に突入している。近隣の村々や王都からも何人か、見知った人々がやってきていた。宴会のために、円山さんが大いに腕を振るってくれた料理は、めでたい雰囲気と相まって、とても美味しく感じられた。
「……まさか、音川さんとダニーさんが結婚するなんてねぇ」
「いやいや、結構お似合いじゃない?」
「そうですねぇ、花嫁姿の詩さん、綺麗だったし」
「ダニーさんって、なんだか母性本能くすぐるタイプじゃないですかぁ」
「うぉ~ん、音川さん、いいなと思ってたのにぃ。今日は、飲むぞー!」
「おー、飲め飲めー、飲んで忘れて、次へ行けー」
あちこちから談笑が聞こえる。中には無責任な言葉もあったが、聞かなかったことにしよう。
それにしても、
本来は、誰であっても成人した男女の婚姻を邪魔することなんてできないけど、問題は文字通り二人の住む世界が違ったことだ。
私としては、二人が幸せならそれでいいかな? と気楽に考えている。調整官としては、二人に触発されたカップルが複数いると聞いて、少し怖くなった。みんな、いつの間に婚活していたのよ。
「さくらぁ~!」
「きゃっ!」
いきなり後ろからハグされて、耳元に熱い息を吹きかけられた。
「詩っ! あんた、花嫁が酔っ払ってどうすんのよっ!」
「いーの、いーの。今日の私は無敵なのっ! はっはー!」
あぁ、完全に酔っ払っている。誰だ、こんなになるまで花嫁に飲ませたのは。
「ちょ、調整官殿、申し訳ありません!」
ぐでんぐでんに酔った詩を、後ろから抱えるようにして引きはがしたのは、もう一人の主役であるダニーさんだ。
「サクラ、でいいですよ、ダニーさん」
「いや、そういう訳にはいきません。私たち夫婦の上司なのですから」
ダニーさんは、蓬莱村のアドバイザーとして、日本政府から正式に認められている。……これも、もしかして結婚するための布石だったとすれば、詩はどれだけ陰謀を巡らせていたんだか。それがやっと叶ったんだから、今日ぐらいは泥酔も大目に見てあげようかな。
「そういえば、新婚旅行は
「えぇ、私の身よりはかなり遠方ですし、ニヴァナをこの目で見ることができるなんて機会はそうそうないでしょう? 今から楽しみなんです」
蓬莱村から一週間で往復できる場所も限られているし、そもそも
「楽しんできてください。留守の間は、私が村を守っていますから、安心してください」
「ありがとうございます」と、ダニーさんは深く頭を下げて、笑いながら手を振り続けている詩をどこかへ引っ張っていった。やれやれ。
まぁ、蓬莱村も私の領地も、どちらの運営も順調だし、一週間くらいは何も起きないでしょう。――それが甘い考えだったと思い知らされるのは、わずか三日後のことだった。
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