魔獸殺し
隠れ家に帰ると、二人は起きて待っていた。私は、城で見つけたことを二人に話し、すぐに第一王子の元へ帰ることを決めた。元々、情報収集をすることが目的でやってきたので、荷物はそれほどない。私の荷物も食料や水筒、地図、救急キットが入った袋だけだ。
「まいりましょう」
魔導士のひとりが隠れ家の扉を開け外に出ると、もう一人の魔導士と私もそれに続いた。もう日の出が近い。東の空から少しずつ明るくなっている。私たちは黙って、国境へと繋がる道へと足を運んだ。砂浜は、歩きにくい。ひとりなら、変化して空を飛んでいくこともできるが……。
「おや? もうお帰りかい?」
私たちの背後、海側から声がした。驚いて振り向くと、そこに一人の男が立っていた。
それ以上に驚いたのは、気配を――吸血鬼の鋭敏な感覚でさえも――察知することができなかったことだ。何者だろう? 少なくとも味方ではあるまい。
「くっ!」
魔導士ふたりは、振り向きながら詠唱を唱え始める。
「ふんっ!」
男は、十メートル以上の距離を一気に詰め、大剣を横に一閃した。
「ぐわっ!」
魔導士の腹から鮮血が飛び散る! もう一人の魔導士は、大剣が起こした風によって飛ばされ、地に倒れた。なんとか風に耐えた私は、腰のホルスターからテーザー銃を取りだし、相手に向けた。
「おっと!」
剣の男は後方へと跳んだ。文字通り、とんだ。あれは、見たことがある。蓬莱村に来たスパイが移動する時に使っていた技だ。動画解析で、土属性と風属性を利用した移動法だと推測されている。画面越しで見るよりも、ずっとすばやく感じられる。
「知ってるぜ。意識を刈り取る道具だろ?」
剣士は、にやりと笑ってみせる。余裕だな。
私は、倒れて腹から血を流している魔導士を見た。苦しそうだが、まだ生きている。持っていた袋を、もうひとりの魔導士に投げた。
「下がって、救急キットを使ってください」
使い方は一通り教えてあるし、ここは任せるしかない。ひとりくらいなら、変化して運ぶこともできるが、二人を抱えてここから無事に逃げることは難しい。そう判断して、男に正対した。男が、ほぅ、と呟く。
「あんたが相手をしてくれるのかい?
周囲が明るくなる。私にとって、少し不利だ。胸ポケットからサングラスを出して掛けると、少し明るさが和らぐ。吸血鬼にとって、紫外線は大敵だ。目の前の剣士よりも。
さて、どうするか。
時間を掛けるわけにはいかない。
かといって、この距離からテーザーを撃っても当たるまい。近くに寄る必要がある……が、近寄りすぎてもいけない。テーザー銃やスタンガンを使うときには、対象に接触させるのは電極だけだ。でないと、自分も感電してしまう。羽交い締めにして首筋にスタンガンを当てる、なんて自殺行為だ。
とりあえず、相手の動きを止めるしかない。
「なんだ、来ないのか? じゃぁ、こっちからいくぜ!」
男がこちらに向かって飛び出してくる。速い! 半身になって避けると、相手の首に向かって手を伸ばす。が、男は空中で身体を捻り、切りつけてきた。間一髪、霧化して逃れる。そのまま、相手から数メートル離れた場所に実体化する。が。
「!」
左手が、裂けた! 手の甲の中程から、ぱっくりとふたつに割れている。痛みは少し遅れてやってきた。
「ぐっ!」
思わず声が漏れる。なぜだか分からないが、血は出ていない。咄嗟に、左手だけを霧にする。これは、初めての経験だ。吸血鬼化する前も含めて。霧化すれば、痛みは薄くなる。だからといって、全身切り刻まれるつもりはないが。
「へぇ?
男が剣を構え直す。
「ちょうどよかった。俺の剣は、
ホール2に存在するという “魔神剣”や“魂喰槍”のようなものか。
「少しは囓っているようだが、俺の前では無意味だぜ。なぁ、投降しろよ。したら命だけは助けてやるからよぉ」
「ペラペラと良く回る口だな」
「お? なんだ、帝国語もしゃべれるのかよ。……まぁ、いいや。ひとり残っていればいいだろ」
剣士が大剣を腰だめにして、ぐっと下半身に力を入れるのがわかった。今だ!
「おおっ?!」
剣士が驚くのも無理はない。目の前にいた男がいきなり消えれば、誰だって驚く。正確に言えば、消えたのではなく、影に潜ったのだ。剣士の影に触れることができる位置まで、移動した甲斐があったというものだ。
「どこに行きやがった!」
「ここだ」
私は一気に剣士の足下まで移動すると、影の中から右腕だけを出し、テーザー銃を太ももに撃ち込んだ。ギャッともグォッともつかない、くぐもった悲鳴をあげて剣士は砂浜に倒れた。
「グガガガッ!」
剣士は、身体を麻痺させながらも、影から抜け出た私を睨んでいる。が、もはや剣を握る力はないようだ。
「大剣を振り回すだけあって、タフですね。でも、少し眠っていてもらいましょう」
エナジードレイン。
ホール2の吸血鬼は、吸血鬼と呼ばれているけれど、血を吸うわけではない。相手の精神力をもらって自分のエネルギーにしている。
「なに……しや……がっ」
命を奪わない程度に、精神エネルギーを奪い取ると、ようやく男は意識を失った。私は、私を傷つけた剣、
ふと、立ち止まって考える。
「そういえば、名前を聞いていなかったな」
こういうときは、名を名乗り合うものじゃないのか? どうでもいいか。もう二度と会うこともないだろうし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます