魔獸殺し

 隠れ家に帰ると、二人は起きて待っていた。私は、城で見つけたことを二人に話し、すぐに第一王子の元へ帰ることを決めた。元々、情報収集をすることが目的でやってきたので、荷物はそれほどない。私の荷物も食料や水筒、地図、救急キットが入った袋だけだ。


「まいりましょう」


 魔導士のひとりが隠れ家の扉を開け外に出ると、もう一人の魔導士と私もそれに続いた。もう日の出が近い。東の空から少しずつ明るくなっている。私たちは黙って、国境へと繋がる道へと足を運んだ。砂浜は、歩きにくい。ひとりなら、変化して空を飛んでいくこともできるが……。


「おや? もうお帰りかい?」


 私たちの背後、海側から声がした。驚いて振り向くと、そこに一人の男が立っていた。異界こちらの兵士が身につけるような皮鎧に額あて、背中には幅三十センチはありそうな大剣を背負っている。長さは百五十センチ以上はあるだろう。あんなもの、振り回せるのか?

 それ以上に驚いたのは、気配を――吸血鬼の鋭敏な感覚でさえも――察知することができなかったことだ。何者だろう? 少なくとも味方ではあるまい。


「くっ!」


 魔導士ふたりは、振り向きながら詠唱を唱え始める。


「ふんっ!」


 男は、十メートル以上の距離を一気に詰め、大剣を横に一閃した。


「ぐわっ!」


 魔導士の腹から鮮血が飛び散る! もう一人の魔導士は、大剣が起こした風によって飛ばされ、地に倒れた。なんとか風に耐えた私は、腰のホルスターからテーザー銃を取りだし、相手に向けた。


「おっと!」


 剣の男は後方へと跳んだ。文字通り、。あれは、見たことがある。蓬莱村に来たスパイが移動する時に使っていた技だ。動画解析で、土属性と風属性を利用した移動法だと推測されている。画面越しで見るよりも、ずっとすばやく感じられる。


「知ってるぜ。意識を刈り取る道具だろ?」


 剣士は、にやりと笑ってみせる。余裕だな。

 私は、倒れて腹から血を流している魔導士を見た。苦しそうだが、まだ生きている。持っていた袋を、もうひとりの魔導士に投げた。


「下がって、救急キットを使ってください」


 使い方は一通り教えてあるし、ここは任せるしかない。ひとりくらいなら、変化して運ぶこともできるが、二人を抱えてここから無事に逃げることは難しい。そう判断して、男に正対した。男が、ほぅ、と呟く。


「あんたが相手をしてくれるのかい? 異界ニヴァナ人を切るのは初めてだよ」


 周囲が明るくなる。私にとって、少し不利だ。胸ポケットからサングラスを出して掛けると、少し明るさが和らぐ。吸血鬼にとって、紫外線は大敵だ。目の前の剣士よりも。


 さて、どうするか。

 時間を掛けるわけにはいかない。

 かといって、この距離からテーザーを撃っても当たるまい。近くに寄る必要がある……が、近寄りすぎてもいけない。テーザー銃やスタンガンを使うときには、対象に接触させるのは電極だけだ。でないと、自分も感電してしまう。羽交い締めにして首筋にスタンガンを当てる、なんて自殺行為だ。

 とりあえず、相手の動きを止めるしかない。


「なんだ、来ないのか? じゃぁ、こっちからいくぜ!」


 男がこちらに向かって飛び出してくる。速い! 半身になって避けると、相手の首に向かって手を伸ばす。が、男は空中で身体を捻り、切りつけてきた。間一髪、霧化して逃れる。そのまま、相手から数メートル離れた場所に実体化する。が。


「!」


 左手が、裂けた! 手の甲の中程から、ぱっくりとふたつに割れている。痛みは少し遅れてやってきた。


「ぐっ!」


 思わず声が漏れる。なぜだか分からないが、血は出ていない。咄嗟に、左手だけを霧にする。これは、初めての経験だ。吸血鬼化する前も含めて。霧化すれば、痛みは薄くなる。だからといって、全身切り刻まれるつもりはないが。


「へぇ? 異界ニヴァナにも化け物がいるってか」


 男が剣を構え直す。


「ちょうどよかった。俺の剣は、魔獸殺しビーストキラーってんだ。なんでも、異界から落ちてきた巨人の腕から造った剣、らしいぜ?」


 ホール2に存在するという “魔神剣”や“魂喰槍”のようなものか。異界こっちにもそんなものがあるとは……。私は、相手との間合いを計りながら、ゆっくりと右に移動する。相手もそれに合わせて動く。視界の隅に、王国の魔導士が仲間を引きずるようにして離れていくところが見えた。あれだけ離れれば、剣士が襲うにも時間がかかるはず。万が一、彼らを襲うのであれば、その隙を突くだけだ。


「少しは囓っているようだが、俺の前では無意味だぜ。なぁ、投降しろよ。したら命だけは助けてやるからよぉ」

「ペラペラと良く回る口だな」

「お? なんだ、帝国語もしゃべれるのかよ。……まぁ、いいや。ひとり残っていればいいだろ」


 剣士が大剣を腰だめにして、ぐっと下半身に力を入れるのがわかった。今だ!


「おおっ?!」


 剣士が驚くのも無理はない。目の前にいた男がいきなり消えれば、誰だって驚く。正確に言えば、消えたのではなく、のだ。剣士の影に触れることができる位置まで、移動した甲斐があったというものだ。


「どこに行きやがった!」

「ここだ」


 私は一気に剣士の足下まで移動すると、影の中から右腕だけを出し、テーザー銃を太ももに撃ち込んだ。ギャッともグォッともつかない、くぐもった悲鳴をあげて剣士は砂浜に倒れた。


「グガガガッ!」


 剣士は、身体を麻痺させながらも、影から抜け出た私を睨んでいる。が、もはや剣を握る力はないようだ。


「大剣を振り回すだけあって、タフですね。でも、少し眠っていてもらいましょう」


 エナジードレイン。

 ホール2の吸血鬼は、吸血鬼と呼ばれているけれど、血を吸うわけではない。相手の精神力をもらって自分のエネルギーにしている。


「なに……しや……がっ」


 命を奪わない程度に、精神エネルギーを奪い取ると、ようやく男は意識を失った。私は、私を傷つけた剣、魔獸殺しビーストキラーといったか? をじっと見つめる。できれば持ち帰って解析したい。後顧の憂いを断つなら、ここで破壊したい。が、どちらもやる手段も時間もない。ここは残念だが、放置していくしかない。とりあえず、切られた魔導士の応急処置をして、会談場所にいる阿佐見さんたちと合流しなければ。

 ふと、立ち止まって考える。


「そういえば、名前を聞いていなかったな」


 こういうときは、名を名乗り合うものじゃないのか? どうでもいいか。もう二度と会うこともないだろうし。

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