鳴動

第四十三話 鳴動(一)

 ロスは窓辺に駆け寄り、大鷲の脚から書簡を手早く取った。組紐から解放された鷲は、大きな羽ばたきとともに上空へ飛翔し、翼を翻すや北へ向けて悠々と飛んで行った。シレアの方角だ。

 カエルムはロスから書簡を受け取ると、無言で組紐を解いた。紙を閉じたところに押されているのは、緊急を示す印。

 書を開いたカエルムの顔に緊張が走った。テハイザ王に向けられた眼差しの険しさが、事態の深刻さを示している。


「どうやら、殿下の意を正しく汲まない者たちが血気にはやった行動を取ったようだ」


 書面を見せられたテハイザ王の青白い顔に怒りで赤みが刺し、震える唇から言葉が吐き捨てられた。


「……愚か者どもが……!」

「今すぐ国へ戻ります。彼らへの対応は……」

「貴殿の裁量にお任せします」


 テハイザ王は部屋の隅にある卓に近づくと羽根ペンを取り上げ何やら書きつけ、カエルムに手渡した。


「私の信書をお持ち下さい。他に誰か人をつけましょうか。とは言っても……実は現時点でこの城に私の信に足る者があまりいないのですが」


 気遣わしげに書から顔を上げたテハイザ王に、カエルムは片手を軽く振る。


「いえ、御厚意には感謝申し上げますが、問題ありません。シレアはそれほどやわではない」


 そう言ってカエルムは扉の方へ踵を返し、ロスもその後に続こうとした。

 ちょうどその時、いくつもの激しい足音が天井を打ち、叫び交わす男達の声が窓の外に聞こえ始めた。その中には、王の名を呼ぶ罵声が混じっている。

 ここは天球儀の部屋と同じ城の南端に位置する。真上は、露台だ。四人は息を呑んで天井を見上げる。


「殿下……!」


 クルックスが切羽詰まって叫んだ。すると続けて、三人が来た間口の向こうからも騒音が近づくのが冷えた空気を伝わってきた。テハイザ王が皮肉な笑いを漏らす。


「やはり、私の首を取りに来たかな」

「城内の味方が少ないと仰いましたね」


 カエルムは従者を直視し、決然と述べた。


「ロス、命令だ。お前は残れ」


 ロスの眼が驚きにしばたたいたのは一瞬だった。すぐに了承の意を示し、剣に手をかける。それを確認して自らも抜剣し間口に返そうとするカエルムを、クルックスが呼び止めた。


「カエルム様、そちらの入り口が塞がれるのは予想の通りです。外へは、窓から下へ……!」

「窓から?」


 言われて窓から頭を出して下を覗き見たカエルムは、なるほど、と納得の笑みを浮かべる。そして、改めてテハイザ王に向き直った。


「殿下、面倒なことになってはいますが、いずれにせよ天球儀と水面は元に戻さねばなりません。何としても」

「ええ……しかし、どうやって……」

「私にも確実なことは申し上げられません。しかし恐らく……神器が何らかの役に立つのだと、そんな気がしています」

「神器……が?」


 声音にまだ不安を残す王に、カエルムは自信ありげに頷いた。そして窓枠に手をかけるとふと動きを止め、少年のような悪戯っぽい笑いを浮かべてテハイザ王の方へ戻る。


「一つ、お願いがあります。シレアに向かった貴国のならず者の相手をする交換条件、ということにして」

「私に可能なことなら」

「これと同じような、テハイザの至宝、どんな小さな物でもいい。お譲り頂けないか」


 右手を掲げ、カエルムは指輪を示した。テハイザ王は意外そうにやや眼を丸めたが、すぐに自分の衣を留める小さな宝玉を外す。


「お持ちください。何かしら、役に立てば」


 掌に手渡されたのは碧玉と桜珊瑚を合わせた留め具。それを懐に入れ、カエルムは改めて窓辺に駆け寄った。


「本当にお一人で行かれるのですか?」


 背中に王の問いかけを受けて、カエルムは振り返った。端正な顔に惑いはなく、むしろ美しく笑っている。


「ええ、すぐに行かねば。私のが待っていますからね」


 にっこりとして述べると、紅葉の組紐が揺れる書簡を手に、窓の桟に足を掛ける。


「それではロス、あとよろしく」


 迷いもなく飛び降りるカエルムを見送りながら、ロスは主君の最後の言葉にいつものことながら呆れた。そして一つ、大仰に溜息をつくと、テハイザ王の前へ進み出る。


「それでは」


 片膝をついて、剣を床に垂直に立てる。


「シレア国国防団最高司令官兼、王家直属第一等衛士団指揮官長、ロス・プラエフェット、主君カエルム・ド・シレアの命の下、テハイザ国王殿下をお守り致します」


 こうべを下に向けたまま、今しがた露呈した主人のからかいに苦笑するしかない。


 ——「大事な女性ひと」って……あの妹馬鹿……


 安堵していいのかどうなのか。これがまたしても誤魔化しだったら、それはそれで問題だ。

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