友誼
第二十二話 友誼(一)
「そういえば、ロスは城の中はまだあまり見ていなかったな」
スピカの言葉に促されて窓の外の様子を見守っていたカエルムが、不意にロスの後頭部に呼びかけた。
「さきほど、貴国の大臣から城の中の散策も許してもらいましたのでね。昨日、私は少しだけ城内を案内してもらいましたが、彼はまだこの素晴らしい建築の中を十分に見学していない」
「城の中も気になりますけど、自分としては城から見える風景も——特に海の様子とか」
自分の発言を引き継いだ従者に、カエルムが
「実際、テハイザ城は海の上に城が立っているように見えるのでしょう。説話も海と城の接点のようなものを話している」
「建築様式としては非常に興味深いですね。この書庫で本を読んでいるのも自分としては楽しいのですけれど、何せ日が暮れては……」
「ああ、むしろ暗くならないうちに一度、見せてもらったらどうだ。
他にも読んでみたいものがあるし、と、カエルムは顔を斜めに上げて四方を取り囲む本棚をぐるりと眺め回す。主旨はロスにもすぐに解った。
「じゃあ自分だけでも案内、頼んでいいですか。貴方かスピカかどちらかに」
「クルックスでいいですよ。そうですね、じゃ……」
「あたし行くわよ」
言葉の続きを遮られたにもかかわらず、特に気分を害した様子もなく、クルックスはスピカに笑顔を向けた。
「だそうです。スピカは歩くのが速いから、御覧になりたいところで適当に止まってくださいね。僕は書庫に残ります。殿下がお読みになりたいものを御自身で出すには、難儀な場所ですから」
そう会話が続く中で、すでにカエルムは再び書物の頁をめくる作業に戻っていた。「じゃあ行きますが」、とロスは書見台を前にして腰を下ろした主人の方へ歩み寄る。カエルムは、自分の意図通りに間近に来たロスの耳だけに聞こえるよう囁いた。
「海面が城に接しているところの中で、やや奇妙な箇所がある。様子を見てきてくれないか。何か、シレアの地下水に似たものを感じる」
「地下水に?」
ロスの声音に警戒が滲み出る。カエルムは小さく首肯した。
「ただの勘だがな。あと、城の内部構造も記憶できるところまで」
「御意」
無邪気に城の中の案内計画を話すスピカの声に隠れ、他の二人には耳に聞き取れないほどの小声でカエルムが囁いた。僅かな仕草で了承の意を伝え、ロスは主人の元から身を引き、間口まで来てスピカを招いた。
すぐに扉のところまで走り寄ったスピカは、嬉しそうにロスの袖を引っ張る。
「どこへ行く? 何が見たい?」
くいくい、とスピカが結構な力で引くので前のめりがちになりながら、ロスは返答を求めて主人を見た。
「城の自慢の場所とかがいいんじゃないか。天球儀があった部屋の位置なら、別の階層でも海もよく見えそうだけれど、違いますか」
「ええ、あの部屋は最上階ですから特によく見えます。でも仰る通り、下の階層から見る海もいいですよ。今日は
話を振られ、クルックスはにこやかに、特に含みも見せずに答えた。
「昨日、殿下をご案内した露台もあそこの部屋の縦の並びです」
カエルムはロスに合図をした。行け、と。ロスはそれをみとめ、袖を持ったままのスピカの指をやんわり離すと、代わりにその手を繋いで書庫の扉を押し開ける。
「それじゃ、そこの見晴らしのいいところっていうのにまず、案内してもらいます。いいかな?」
「この天気だと、海は綺麗に見えないかもしれないわよ?」
スピカは不服そうに眉を吊り上げる。だがここで引き下がると目的を達せられない。
「シレアじゃ海自体が珍しいから、荒れ狂う波っていうのも見てもいいと思うよ。よろしく頼めるかい?」
んー、と思案顔のスピカの顔を覗き込むと、渋々ながらもスピカは頷いた。綺麗なものが好きなのだろう。その辺りの不満は行きすがら、適当に好みの場所を聞いて気を紛らわしてやればいい。
「では、行って来ます。殿下はずっとここに?」
「しばらくはな。ここに帰って来てもいいし、先に客間に戻っても構わない」
承知した旨を述べ、ロスはスピカの手を繋いだまま廊下に出た。立ち去り際にスピカもクルックスを振り返って手を振る。
扉が閉まった後も、楽しそうに話すスピカの声がしばらく部屋の中まで聞こえ、やがて遠ざかって小さく消えていった。
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