第三話 入城(三)

 老人について門をくぐると、その向こうは壁の外とは対照的に、家屋や商店のひしめく城下町が広がっていた。道は石畳で整備され、両脇には貝殻を模した彫りのある街灯が等間隔に立っている。

 検問所を出たところから土地は海に向かって緩やかに傾斜し、赤い煉瓦の屋根が一面に並ぶ様が見下ろせる。空と海の青色と煉瓦の朱色が美しいコントラストを成し、まるで一枚の絵のようだ。


「相変わらず栄えていますね。住人も多いようですし、何より活気が感じられます」

 人混みを進みながら、カエルムはお世辞ではなく正直な感想を述べた。市場が開かれている時でさえ、自国のシレアにこれほどの人の出はないだろう。

「殿下は我が国にいらした事がおありか」

「ええ、まだ子供の時分に父に連れられて参りました。初めて見る海に感動したものです」

 二人のやりとりを聞いているロスは、あくまで慇懃な老人の態度に、王子の訪問くらい重鎮なら部下に知らしめとけよ、と舌打ちしたくなる。一方カエルムの態度はロスの心境とは真逆だ。相手を苛立たせるのではと思うほど、にこやかな笑顔を崩さない。


 遠目から見る町人には会話が聞こえないのだろう。すらりとした長身の若い美男が歓談していると思ってか、好奇の眼——特に女性の——がそこかしこから感じられた。

 ロスはそんな娘たちの様子を観察しつつ、落ち着かない気分で主人の後方について歩いていた。表情が良すぎて余計に周りの注目を集めてどうするよ、とか、殿下も何か言い返せばいいのに、とか喉元まで出てくる文句を噛み殺しながら。


「ところで、記憶違いではないと思いたいのですが、貴殿は先代のテハイザ王の頃から王室の教育長殿であられたとお見受け致しますが」

 確か、先王より十は年上だったはずで、全ての会議に出席していた。ここまで老けた感じは、カエルムが訪問した当時にはまだ無かったが。

「そんな昔のことを。今は大臣の位にございます」

「それは失礼。ご栄転でしたか」

 不機嫌そうな大臣の訂正に、さらりと返答する。権力の好きそうな人間らしく、その素っ気ない応対に、大臣は眉間の皺をさらに深くした。


 街の向こうに、民家と同じ朱色の屋根を被った細い尖塔を持つ、白壁の美しい城が見えてくる。テハイザ王宮だ。海に面した崖の端にそびえる高層の城で、広い海を彼方まで見渡せるように、大海からの侵攻にいち早く気づくようにと、何代も前に作られたという。

「失礼ながら、テハイザ王宮はあのような位置にあって危険はないのですか。地震や嵐の影響を一番に受けそうですが」

「昔の賢人の知恵でございます。城の堅固さは、他のどの国にも負けますまい。基盤と壁面の物理的構造ゆえ、かなりの揺れでも傾きさえしません。まあこの構造は、客人に易々と教えられるものではありませんが」

 大臣は意地悪く口角を上げて鼻で笑う。そんなことをしたところで殿下には無駄だ、とロスは呆れるのだが。


 城の壁には、何やら太陽の光を反射して光るものが窓を囲んで嵌められている。

「あの光る物は?」

 目を凝らして見ると、きらめくそれは角度によって色を変えるようだ。大臣は素っ気ない答えを返した。

「貝細工です」

「なるほど。そういえば貝細工はテハイザ伝統工芸の一つでしたね」

 建築にも用いられているとは、と感心する。先の自分の嫌味が通じないのが面白くないのか、大臣はそれを無視してすたすたと歩き続けた。


 二人のやり取りを後ろから見ていたロスは、そっと王子に近づいて耳打ちした。

「この人、本当に王に会わせてくれるんでしょうか……」

「一応、謁見願いは出したし返答も受けたがどうだろうな」

「言い訳なんていくらでもつきますよ。今は良くても、夏の嵐は酷かったらしいし、対処でそれどころじゃないとか言って一瞬しか会わせてもらえないとか」

「しかし門の前で呆けているわけにもいかなかっただろう」

「だって物騒ですよ?」

 気付かれないよう、ロスは視線だけで周囲を窺う。

「ああ、その事か」


 カエルムも気がついている。道行く町人に混じって、剣呑な空気を隠しきれていない男達が二、三人、検問所から一定の距離を置きつつ、ずっと三人をつけてきている。大方、大臣の命令で動く兵だろう。


「こちらが下手に動かなければ良いだけだ。こういうのは先に手を出した方がまずい。喧嘩の一大法則だろう」

 大真面目な最後の一言に、喧嘩じゃねえ、と突っ込みたいのをロスはぐっと我慢した。あまり王子との話を長引かせて大臣に変に勘ぐられるのも面倒臭い。



 城が目と鼻の先になると、街道に面して並んでいた商店が無くなる。道の左右には形を整え刈られた低木が植えられ、その列が城門まで続いていた。

 城門の前には水路が渡っており、街からの道と城とを完全に隔てていた。これでは、目の前にあるのに城には入れない。


 城の鉄門は重く閉ざされていたが、大臣が顎をしゃくると、ギギィと鈍い音を立てて鉄門がこちら側に向かってゆっくりとこちらへ倒れてくる。どこか上の階から見ているのだろう。

 倒れた門は、道と城の場内との間の橋となる。門の先端は鎖で両脇の柱の上部と繋がれて、用済みとなれば再び扉を引き上げる仕組みだろう。

 大臣はその橋の上に踏み出し、振り返って公式の礼を取った。


「ようこそテハイザ王宮へ、シレアの王子」

 居直った摂政の皺深い顔に、明らかな敵意が浮かぶ。

「とは言え、王を含め城の者が歓待するかは、わたくしには責任もてませぬ。この城はテハイザの王宮。貴方を入れようとしない扉もありましょう」

 あんたが一番、歓待してねぇ……。口には出せないのでロスは睨みつけるだけにした。


 その時だ。


 城の内部から大臣を呼びながら男が一人駆けてきた。その顔には驚愕と動揺の露わで、こちらに駆け寄ると客人に礼を取るでもなく、大臣に何事か耳打ちする。


 途端に、大臣の瞳孔が見開かれた。


 こちらに向き直った老人の発する次の言葉は、カエルムもロスも、予想しないものだった。


「残念ながら我が城は、客人を丁重にもてなす状況ではなくなったようです。まさか隣国との珍しい機会が、良くないしるしの前触れでないと願いますがね」

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