第十四話 思惑(二)

 相変わらずテハイザ側からは謁見について何の沙汰もないまま、朝食が供された。一人で食べるのも時間が惜しい。断る理由も見つからないだろうと考え、カエルムは従者の分も自分の客間に用意してくれるよう女官に頼み、ロスを呼ばせた。


 円卓にひかれた絹織りのクロスの上に並ぶ食事は、柿や葡萄、林檎といった旬の果物から、薄く切った肉の燻製や卵に青々とした野菜と、見るからに新鮮かつ質の良い品々が並ぶ。

 しかし美食を前に、ロスはナイフを取り上げながらも渋面を見せる。

「こんなにもてなされるのも変な気分ですよ。嫌がらせで毒とか入ってないですよねぇ」

 そう言って砂糖壺の中身をひと匙、カップの中に落とす。白く光る粒子がしゅわっと小気味良い音を出し、濃い茶の中に小さな泡を作って消えた。


「そんな尻尾の掴みやすいことをするほど愚鈍ではないだろう。これだけの品数を出してはどれを食べるかだって分からないんだ」

「全部に入れてたら手間も薬も無駄ですね。確かに。遠慮なくいただきますか」

 ロスは平皿に並んだ鹿肉の燻製をフォークの先に巻き付け、一口大のパンに乗せて口に運んだ。

「ん、美味です……で、姫様からの連絡は?」

「それを話すつもりで部屋に呼んだ」

 手に持った林檎の皮を器用に剥きながら、カエルムは声の調子を一段下げる。皿の脇にナイフを置くと、懐から書状を取り出しロスに手渡した。

「さっきスピカから受け取ったものだ。妹が昨日の夕方に出したものだと思う」 

 開けてもいいか、というロスの視線にうなずく。それを受けて、ロスは紅い紐を解き、書面に目を通した。

「……なるほど。一周忌ですか」

「ああ。母上が亡くなってからちょうどそのくらいだし、まだやってなかったからな」

「これなら市場を閉めるのはごく自然の成り行きですし、諸外国も口出しできないですね」


 先王の后、つまりカエルムの母は昨年に亡くなった。シレアにおいて一周忌の儀式は故人が亡くなった一年後、およそ一ヶ月の間のどこかで行う。王女が市場閉場の理由として挙げたのが、母后の魂を弔う儀式だったのだ。


「なかなかやりますね、姫様も」

「当たり前だろう、私の妹だ」

「……どう申し上げてどこを突っ込めばいいのか分からないんですけど」

「ん?」

「なんていうか……いや、無駄なのでやめておきます」

「なんだ、言いかけておいて」


 主人がすっとぼけた顔で剥き終えた林檎の半分を自分の皿に置きながら尋ねたが、面倒なのでロスは礼を言って話題を変えた。


「それはそうと、本当に本気で今日明日で片付けなければならなくなりましたね」


 一周忌の儀式にカエルムの列席は必須だ。諸外国に儀式挙行が伝えられているならなおさら、テハイザにとどまる事はできない。式次第を考えると、一番理想的には前日にあたる明日、最悪でも式当日である明後日の朝早くにはシレアへの帰途につかねばならない。


 ロスは書状を畳んでカエルムに返しながら、こめかみを押さえて呟いた。

「せめてこちらの様子を姫様に伝えることができれば、シレアでの動きもこっちに合わせてもらえるかもしれないですけど」

 ふぅ、吐息を吐き、ロスは頭から指を離した。

「こちらから書簡を飛ばせないっていうのは、歯痒いですね」

「それは言っても仕方ない。をこっちが破っては、向こうから何されても文句が言いにくくなるからな」


 国際間の厳格な取り決めの一つに、伝書鳩などを使った書簡の扱いがある。一つは、自国滞在中の他国からの客に宛てられた書簡は、どんな理由があろうと開封してはならない。これをやれば、訪問客の祖国の信頼を失うだけでなく国際的な立場の失墜に繋がる。


 もう一つは、他国訪問中の者が自らの国へ書簡を飛ばす場合、必ず訪問国の担当者隣席の元で書簡をしたため、飛ばさなければならない。


 これは各国の防衛や、情報保護のためだった。自国の状況が現実の時間軸でつぶさに漏らされてしまったら、それは漬け込む隙を与えるようなものだ。どのみち帰国すれば情報が伝わることも確かだが、帰国までの時間差があるのと無いのでは随分違う。したがって訪問客が自国へ送る書状の内容は全て、訪問先の担当者にその文面が見える状況で書くことになっている。

 そしてこの規定、つまり書簡において何も背信的行いはしない、というのは、国同士が互いに相手国を信じるという信頼関係を象徴することにもなっているのだ。


 食事をとる部屋の中には朝の光が入り、照明を点けずとも十分に明るい。窓の外では海が陽光を反射して波に沿った白い線を光らせていた。その光の線を漁船が遮り、船尾が桟橋からぐんぐんと離れていく。


「晴れますかね」

「いや」

 カエルムは林檎から目を離し、西の空を見やって目を細める。

「荒れそうだな」

 東の澄み切った空から領域を隔てるように、西の水平線の上には灰色の雲が幾重にも重なり、海面へ暗い陰を落としていた。その手前を小さな雲が目に見える速さで横切っていく。


 波が防波堤に打ち砕ける音が、窓を通って二人の部屋に満ちる。



 ロスはしばし食事の手を止め、どす黒い暗雲を見つめていた。とはいえ、じっと見ていたところで何か起こる訳でもないし、と再びナイフを取り上げたその時、窓とは反対側、つまり廊下の先から、床を打つ硬質な響きが近づくのを彼の耳が掴んだ。


「来ましたか」

「そのようだな」


 重い扉を開けて厳つめらしく述べたのは、屈強な体躯を持つ大男。二人が初めて会う顔だった。


「カエルム殿下にお話がございます。速やかに私とともにお越し願います」


 来たか、と視線を投げるロスにカエルムも眼だけで答える。ガウンを翻して踵を返した男の足音が、再び廊に鳴り響く。

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