伝承

第十九話 伝承(一)

「それが一番詳しい歴史書です。この島へ祖先が移住してきた頃のこと——今振り返ってみれば伝説的で信憑性は疑われますが——そんな時のことから書いてあります」


 クルックスに言われて、カエルムは大見出しを見ながら適当に頁を開く。確かにはじめの方には建国の儀、土地整備、最初の築城などのことが短く書かれ、後、つまり現在に近づくほど記述は具体的になってきている。


「天球儀そのものを扱ったり、あれの機構についての研究書などは?」

「ここには置いていないですね。そういうものが実際にあるかも僕には分かりませんが……」


 さすがに国家機密か。半ば予想していた答えではあったが、もしあれば、同じく不思議な時計台を持つシレアとの関係が掴めると期待していただけに、カエルムには惜しいものだった。それでも、これだけの書物が揃う場所なら、ほかに手掛かりはいくらでもあるはずだ。


「それではこの国の祭りの謂れとか、何か心躍るような奇跡が起こったりする、そんな昔話はありますか? 国でもそういう本が割と好きでして。北方国の神話なんかも集めてたりするのです。ぜひ南方のも知りたい」

「あ、あたしが好きなのあるよ」

 間髪入れずスピカが嬉々とした声をあげ、窓の脇の本棚に駆け寄ると、ひょいひょいと梯子を登って迷わず一冊の本を取り出した。向きを変えて服の裾を揺らし、元気よく床に飛び降りる。

 小さな手に持っているのは、美しく幻想的な表紙絵が革装丁に縫いとられた書物だ。作者名は無い。


 銀糸で綴られている題名は『古伝万象譚』。


 重たそうに革表紙を捲り、スピカが初めの頁を見せる。海に浮かぶ帆船と星座が描かれた表紙が表れた。


「船乗りさんのお話とか、それからお星様のこととか、すごく好き。あとはこれまでの王様の不思議なお話なんかも入っているの」


 本の大きさがスピカの身体を隠してしまうほどなので、まるで本を持っているのか本が乗っかっているのか分からない無理な姿勢になる。近くにいたロスは、スピカが開いたままの状態で書物を持ち上げてやった。


 書かれた文字の間隔は、専門書とは違い随分とゆったりしている。そこまで学術書に慣れていない者でも読める類に属するものだ。作者名が無いのは口承を綴ったものだからか。

 いずれにせよ、祭りや伝説は時として史書以上に史実を語ることがある。


「それにしても二人とも、随分とここの書庫には詳しいみたいだ」

 手にした書物を長机に置きながら、ロスが尋ねた。縦に並ぶ本棚から丈の低い燭台を運んできたクルックスが苦笑いする。

「時間が余ると来てましたので。最近はここでゆっくり書物を読む人も城には少なかったから、一人になるにはいい場所です。落ち着きますよ」

「一人じゃないでしょ」

「ああ、スピカも一緒に。読み書きを覚えるには教材も多いし」

 違う違う、とスピカが首を振ってむくれる。

「兄さんも一緒よ。ひどいの。夜に二人で来ると、読みたい本があるから邪魔が来ないようにってあたしを廊下に見張りに立たせるのよ」

 ねぇ、ねぇ、と恨みがましそうにちらちらと見られて、クルックスはきまり悪く顔を逸らし、綿が入った支えを机の下から取り出した。

「お読みになるでしょう?」

 そう言うと、クルックスは二人の答えを待たず、綿入れの上に国事史を置いた。分厚い書を平らに開くと綴じの部分に亀裂が入る可能性があるので、それを防ぐ措置だ。頷いてカエルムは史書の頁をめくった。焼けて燻んだ色の上、虫喰いや黴、染みもところどころ出来てしまっているが、保存状態としては比較的良好だ。


 目次はない。恐らく、古代の伝承が最初にまとめて書き留められ、そのあとは歴代の記録係か何かが随時書き足していっていたのだろう。


『星と波と石に導かれし。舟、月明かりを追うて、祖はこの地に降り立ち給へり』


『波、光湛えて揺れ、その指すところに星辰の交わり。此処に石を築き、城成る』


 建国の様子に関する記述は非常に短い。その内容も固有名詞などの具体性に欠ける上、それぞれの出来事が起きた間の話を端折はしょりすぎていて、作り話と似た一種の胡散臭さもある。ただ、虚偽と一蹴することも出来ない。

 テハイザは南方から移住した民族だと伝えられている。それが歴史上、何時頃いつごろのことかは定かではないが、少なくともこの史書が綴られる時代にまで、自国民の祖について確実に伝承されていたようだ。また隣国のシレアとテハイザそれぞれの王都はかなり距離が近い。古来から国の中心であったのはこの二都だ。しかし生活形態をはじめとして、地理的な距離だけで考えては不自然なほどに文化的に大きな隔たりがある。ここからしても、テハイザが元々移民族だったという説は否定し難い。


 だとすれば、国初めについての短い記述も本当のところを語っている可能性が低くない。


 カエルムは慎重に指を当て、頁をさらに捲る。少し触れるだけで紙片が紙の隅の部分からはらりと剥がれ落ちてしまうのだ。読み進めるのが遅れて多少、じれったいが、それでも退色した顔料の中に天球儀を示す語がないか、文字の間を辿る。


 かなりの枚数をいったところに、それは初めて現れた。


『天のしるべの指すところ、石の示しにたがわず。淀みなきその流転、星の行き来と同じくして、月の満ち欠けを知らしめる。此の球を以てして国の暦定められり。ところちなみ、月海暦とす』

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