第四十一話 真意(二)
「貴殿の訪問の申し出を好機ととらえました。私がシレアと友好を強化したいとの旨は大臣以下、諸官にも前から述べている。その私の意向を汲んだ上で、貴殿がいらした際の初めの応対は任せる、と」
——そう言い渡して自由に泳がせた時に、彼らがどのように行動するか。
「それで殿下の暗殺ですか!?」
ロスが激昂して足を前に踏み出す。即座にカエルムがその前に腕を伸ばして制止した。
「やめろロス。一応、こちらが自由に動けるように保険をかけては下さったのだから」
確認の意を込めて、後ろを振り返った。二人より数歩下がって控えるクルックスが、それに気づいて姿勢を正した。それでもロスの怒りは収まらない。
「殺されかけといて、よくそんなことが仰れますね、殿下も」
「そう怒るな、死んでないし。私だけで対処できなくてもお前がいただろう」
「さもなくば近衛師団長が動いていました。従者殿がいらしたので、
「いえ、ご覧の通り私は何ともない。お役に立てたようなら良いですよ。結果としては上手く行きましたね」
二人のやり取りに力無く口を挟んだテハイザ王に対し、当のカエルムはさっぱりと笑った。
当人の許可もなく第三者を国王と偽り、加えて平和会談を望む隣国の王位後継者の暗殺未遂。どちらも罷免には十分な大罪である。それでも、王は浮かない顔をしたままだった。
「まあ、まだ分かりません。中には私を排して別の者を擁立しようなんて言う雰囲気がなくもない」
「ありえますね。しかもまだ、別の問題も残っているでしょう」
疲弊に満ちた王の表情にこれ以上の負担を加える危うさを読み取りながらも、カエルムは真剣な面持ちに戻った。テハイザ王も相手の意を得たと、居住まいを正す。
「天球儀のことですか」
「ええ、それからこの部屋であれば国王陛下も昨晩、水面の方をご覧になったはず」
テハイザ王が首を縦に振るのを見て、驚きの声をあげたのはクルックスだった。
「陛下? 水面がどうしたというのです」
「夜の光が消えた」
短く答え、碧い瞳が自分を見つめる視線から逃れるように視線を床へ落とす。
「しかし、私も思いつく限りの書を当たったが、手立てがないのです」
息を呑むクルックスに対し、テハイザ王は数秒、黙した。やがて指を組んだ自分の手を見つめながら、独り言のように話し出す。
「ですが、星々の動きは本当に頼りにできるのか、私には分からないのです……船乗りである我々テハイザの民は、確かにあの天球儀が示す天空の星辰と照らし合わせながら、東西南北の方位を基準に船を進めています。しかし止まることなく回る天球儀が示す星の位置は、その日ごとに微妙に変わっている」
王の視線は、カエルムたちの方に向けられてはいるものの、その瞳はどこか遠くを見ているようだった。
「空に光っている星とてそうです。太陽すら……沈んだ日がどこに行くのか、我々は知るよしもないでしょう。水平線に沈み、目には見えなくなる。だが翌朝にはまた日は昇っている。まるでまやかしのようじゃありませんか。人間の智を超えた天をどこまで信じればいいのか」
もしくは、人間の五感が知覚したものは本当に現実のものなのか。
月海暦の長い歴史を経て今の時代になっても、水平線の先の地図はまだ完全には出来ていない。いや、海の端のように見える水平線だが、船はどこまで行ってもその際に辿り着けないのだ。太陽がその一本の線の下に隠れてなお、存在を失わずにいるとしたら、果たして夜の間にどこにいっているのか。
途方もない疑問が、王の口から紡がれる。
「実際、ひとたび船を漕ぎ出し、何日もかけて遠く離れた島に行ってみれば……テハイザでは真南に見えたと思っていた星が、別の方向に見えたり、場所によっては見えない星すらある。四方というが、我々が自分の位置を中心に天と地を見ているだけでしょう。例えばここで南と言って指すところすら、誰が動かないと言えるのです」
常に動き続ける天からすれば、どんな場所でも一定ではないのかもしれない——もしかすると動いているのは自分たちの方であって、いま立っている地すら常に不確かな物なのかもしれない。そんな答えのない問いに対する諦念を、テハイザ王の虚ろな瞳が語っていた。
「しかしそれでも船乗りは、これまで天の
「ああ、それならばもう、無くても問題ないのです」
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