第二十四話 友誼(三)

「シレア」


 その名を見た途端に、散漫しかけた集中力が戻る。変色して黄ばんだ紙の上だと、掠れて薄くなった文字は読みにくい。それでも、着けている指環が面に当たらないよう細心の注意を払いながら、紙の上にゆっくりと指を滑らせ、少し前の部分から一つ一つ、丁寧に言葉を辿っていく。

 記述の内容は、テハイザ国王がシレアの国王、王族と会合をしたということ、自国の海の見事さ、知の豊富さを語り、シレアの森の恵みの豊かさを知ったということだ。まだ貿易やら、シレアを南北に流れるシューザリエ大河を使った水運のことまで話は及んでいない。

 この時の日付について、正確なことは書いていない。しかし前後の記述やシレアに残る歴史書の記録から考えて、かなりの確率で、国交が樹立した当初のことだろう。カエルムの記憶するところではもう何百年と前の話のはずだ。


 国の歴史書にありがちなことだが、会合の記録の一部に儀式典礼のたぐいと同種の式次第に似た記述が見つかる。部分的に箇条書きになっており、いくつかの項目の下に具体的な細目が書き留められている。

 事務的な話や回りくどい表現が続く。その中で、とある一節がカエルムの目を引いた。


『山から美しき河の流れる国、その一の宝に、時を刻む標あり』


 間違いなく、王都シューザリーンに立つ鐘楼、時計台のことである。その存在がこの時代にはもう確認されていたことは、カエルムも自国の歴史書で知っていた。問題は次の文だ。


『時の標を持つ国、森の恵みにより栄える。これもまた、国の宝となりて、人々の営みを助けん。彼の国、それをもって技を磨き、木々は匠の技によりて美麗なる形に生まれ変わらん』


 シレア国の名産のうち、木工製品は古くからの伝統工芸である。ここに書いてある匠の技とは、森の恵みから生まれる物であることからして、間違いなくシレアの木を使った何かだろう。そして、王族に伝わる国の神器。それに関わる物も……。

 カエルムは続きを求めて頁をめくった。


『天の標を持つ国、自らに与えられたもう海の美しき宝玉によって、類稀なる形をつくる。やはりこれを一の宝とす。光かえし煌めくたま、国の境を越えて人の眼を驚かせること一度ならず』


 ここにあるのもやはり、テハイザの誇る工芸技術についてのことだ。このテハイザ城の内外装飾を飾る貝細工や珊瑚の装飾がその筆頭である。「国の境を超えて」とあるのは、海を知らない古くのシレア国民が初めて貝などを目にし、さらにそれを精巧に加工するテハイザの技術に感嘆したことを記すのだろう。シレアの技がテハイザを驚かせたと書いていないのは、自国寄りの技術によくある話だ。


『天と時、ところを示し、流れを示す標を持つ両の国、その宝に託し、互いの信の証とす。ここに両の国の友交始まる』


『友の国を潤す清き水、我が国と絆結びてその至る所を知る。山より流れ出でてその向かうところを定めん。地の乾きを癒し流れ止まらず』


『数多ありしその向かうところの一に、友の国あり。きたれ、海へ』


 これは、シューザリエ大河を用いての貿易につながる一文だろうか。国交樹立以降の通商関係や運搬のための河川の利用などについては、カエルムも自国の歴史書で知っているところだ。その端緒を示す文か?


 しかし、そこでシレアについての記述は一度途絶え、話題は再び国内の政治や行事に関するものへ変わってしまっていた。

 カエルムは、重い表紙をゆっくりと元の位置へ戻し、自信も瞼を閉じた。


 ——なるほど、大体分かった。

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