2章2話 16:07 文芸部に勧誘されて、たった2人きりで活動することに(2)



「とはいえ、ボクは毎日10時に寝て、6時に起きている。体力もないし、冷え性、低血圧の傾向も強いが、それでも学校で倒れたことはないからいいではないか」


「あっ、ゴメン……、こっちが勝手に心配しただけだから、気に障ったなら謝るよ」

「いやいや、まさか。むしろ、ありがたいぐらいさ」


「ありがたい?」

「これでも、ボクにも自分が変人だという自覚程度はあってね。そのようなボクを心配してくれて、しかし、それに背いても、呆れたり、不快感を示したりしないところがさ」


 と、そこで月島さんは座卓の上に置いていたスマホを起動する。


「さて、時間がないわけではないが、かといって、キミの話が長引かない保証もない」

「――――」

「そろそろ本題に入ってもらうか」


 それはそのとおりだろう。

 時間は有限だし、早めに話が終われば、今日にでも本を貸してもらえるかもしれないし。


「今回俺がここにきたのは、心理学や哲学の調べ物をしたかったからだ」

「進学するにあたり、興味がある分野について知ろうと思った、ということかい?」


「いや、その……、正直、興味があったわけじゃないんだ。でも、必要だと思ったから、そういう内容についての本を、一度は読んでみるべきだ、って」

「そういうことなら協力は惜しまないよ。興味がある。あるいは必要がある。だから学ぶ。理系でも文系でも。スポーツでも芸術でも。果てはアニメやゲーム、鉄道やミリタリーなどの趣味に至るまで。それはどのような分野でも素晴らしいことだからね。もちろん、人に迷惑をかけないのは前提ではあるが」


「それで雪村ゆきむらのヤツに、行き当たりばったりで本を探すなら、月島さんを、みたいなことを言われた」

「なるほどね」


 月島さんは自分のカバンから水筒を取り出した。

 蓋と兼用のコップに注がれる麦茶。


 それをコク、コク、と意外と小動物っぽく喉を鳴らすように飲んでいく。

 そして一気飲みしてコップを座卓に置くと――、


「とはいえ、心理学にも様々なカテゴリーが存在する。恐らく、キミが聞いたことがありそうなモノだと――カウンセラーに必要不可欠な臨床心理学。他には、基礎心理学や応用心理学。さらに応用心理学の中には、ドラマでもテーマになることが多い印象を与える犯罪心理学。あぁ、それと、みんな大好き恋愛心理学――そこらへんだろう。当然、哲学も同様だ。さて、キミが知りたいのは具体的に、なにについての心理学や哲学だい?」


 なんて言えばいいのだろう?

 心理学のカテゴリーなんて、俺は本当に今言われた5つしか知らない。


 知識を得るために協力を求める。

 けれど、説明に必要な知識さえ、俺にはなかったようだ。


「あ~、重ね重ね、ゴメン。どうやら説明するのに適切な語彙ごいさえ、俺になかったようだ」

「それは悪いことではない。むしろ、ボクにはキミが聡明に思えてきた」


「あ、あぁ……、ありがと。お世辞でも嬉しいよ」

「帰宅したら、無知の知という言葉で検索してみるといい。さて、なら質問を変えてみようか」


「お願いします」

仙波せんばくんは、なぜ心理学なり哲学なりを、学ぼうと思ったんだい? その理由、動機がわかれば、キミが知りたいと考えている対象が、ボクにも多少は見えてくるはずさ」


 月島さん、本当に高校生かよ、ってぐらい落ち着きがあるな。

 なんかもう、達観しているような気さえする……。


「……あまり健全とは言えない話だけど、同年代の女の子と同棲することになって、家族として仲良くしたいと考えて……」


「確かにあまり公にすることではないが、双方の保護者、法定代理人の承諾があれば、法的に問題はないだろう。気にせずに、続きを」

「月島さんは、直感とはいえ、信じてくれるような気がするけど――」


「?」

「その女の子、アンドロイドなんだ」


 瞬間、文芸部が静寂に包まれる。

 月島さんは俺の目を見て顔を逸らさない。


 部室の外では普通に生徒が下校か、部活をしていて、車道では車だって走っている。

 だからこそ、部室内部の静寂が際立った。


 事実とはいえ、自分でも痛々しいことを言った自覚はある。

 恐る恐る月島さんの反応を窺うと――、


「――そうか、アンドロイドの女の子、ね」

「えっと……、その……」


「信じるよ、ボクは」

「えっ?」


「当然、協力を取りやめることもしない。それはボクの主義に反する」

「マジで!?」


 信じてくれたことが信じられなかった。

 月島さん、マジ天使!


 同年代の女の子と同棲することになったけど、その子はアンドロイドなんだ!

 なんて初対面の人に言われても、俺なら信じてあげられないと思うのに。


 なんて俺がビックリしていると、月島さんはクスクス、と、可憐に笑いながら言ってきた。


「キミの方から頼んできた協力じゃないか。なにをそんなに驚く必要があるんだい? そこは喜ぶところだろう?」

「本当にありがとう! それで、アンドロイドの女の子――望未のぞみと仲良くしようと思ったのは、今言ったとおりだ。けど、望未は、人工知能に感情を持たせる実験のために生まれた女の子だから……、その……」


「察するに、現段階では感情がない、ということかい?」

「あぁ、彼女を開発した人たちの1人はそう言っていた。でも――」


 続きが出てこなかった。

 しかし、別に思い付いていなかったからではない。

 思い付いていたことを、できるだけ的確に言葉にしたかっただけだ。


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